つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: TJB200312KS.

特集:下田臨海実験センター設立70周年記念

関口 晃一 筑波大学名誉教授

(元生物科学系長、動物系統分類学)

 わたしが下田へ行ったのは、たしか昭和14年(1939)の春だと 思いますが、その頃以来のことなので、随分古いおつきあいとい うことになります。その間に、岡山から下田臨海実験所にカブト ガニを送ってもらって、人工授精をしたのですが、始めのうちは うまくいく時と、まるでだめな時とあって、10年ぐらいたって 漸く、「これなら間違いない」というところまでいったわけです。

 その頃、何とかアメリカカブトガニと日本のカブトガニを比較してみたいと考えました。たまたま日米共同研究の話がもち上がり、2回にわたって渡米することができ、両者の違いをかなりはっきりさせることができました。一方、その時アメリカに来ていたインドの学者と知り合い、彼の誘いで、翌年の春、インドのカブトガニを見に行きました。その旅行をしている間に、タイの学者と、さらにはインドネシアや中国の人たちとも交流ができるようになり、そのようなアジア各地やアメリカの人々の協力で、下田の臨海実験所の水槽に世界中の生きたカブトガニを集めることができました。世界中といっても4種しかいないのですが、それでも、その4種類を生きたまま手にすることは、当時としては、かなり画期的なことでした。

 ところで、これらのカブトガニを飼っているうちに、「よし、ひとつ4種類の間で人工授精をして、合いの子を作ってやれ」という気になりました。実は、そんなことは殆ど不可能であろうと私自身内心では考えていたのですが、実際にやってみると、組合せによってはそれができたのでした。繰り返し試みた結果から、4種類の類縁関係が推定できたわけですが、ここから引き出された類縁関係は、形態的な視点から定説とされてきた従来の類縁関係とはかなり異なるものでした。その後、血統の生化学的な研究などからも同様な結果が得られることが分かって来ました。

下田臨海実験所の水槽で飼育されていたカブトガニの仲間の4種類(雄の例)

 こうした研究はたくさんの人々の協力と、下田の実験所のようないろいろな条件が整った場所がなければ実行は不可能なことだと思います。実は、私はカブトガニの研究だけではなく、下田では限りなく多様な海の生物の世界を本当に楽しみながら学ばせてもらいました。そうした意味で、私は大変恵まれていたと感謝しています。

 今、生物学は極端な一極分化が進んでいるといわれています。一方の分野は、直接目に見えた役にはたたないことが多いためか、とかく影の薄い存在となり、研究者も遠慮しているような所があると思います。しかし、今日の華やかな生物学の基礎になっているのは、実は、古くから多くの人々によって続けられてきた地味な研究の集積であることを忘れてはならないと思います。今後の若い人々の中から、目前のことに捕らわれずに、遠い将来を見つめて、じっくりと仕事を進める人がたくさん出ることを望みたいと思います。

Contributed by Taketeru Kuramoto, Received October 21, 2003, Revised version received October 28, 2003.

©2003 筑波大学生物学類