つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 96     (C) 2003 筑波大学生物学類

生殖医療と遺伝子工学への関心について

江渡 義信 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:Darryl Macer (筑波大学 生物科学系)

 

<導入>近年、体外受精や代理母による出産などが、ここ日本でも次第に身近なものになりつつある。また、最近メディアを賑わすクローン人間の誕生は、新しい不妊治療のひとつとして注目される可能性がある。出生前診断やES細胞の実用化への試みなど、出生前のヒト胚をめぐる問題や、遺伝子治療との応用による人体の改変など、遺伝学的な生殖医療技術は急速に実用化へ向け進歩し続ける一方、人権をめぐる倫理的な議論を提起している。しかし、それらの情報は、内容の専門性から、一般的に認知されているとは言いがたい。この調査では、生殖医療技術に対する一般市民の態度を知ることを目的としたものである。

<方法>上記のため、「バイオテクノロジーと生命倫理に関する調査」を、アンケートを使いインタビュー形式で実施した。回答は、つくば市内の公園などで、一般の方々から得た。最終的に、インタビューを行った約半数の、47人の方から回答をいただくことができた。

<結果>問1、2、3では、いくつかのキーワードについてたずねた。問1「理解の程度」では、全体的に浸透しつつあるが「ES細胞」について「まったくない」と答えた人が59%存在した。問2で「研究する価値」についてたずね、「コンピューター」:87%、「体外受精」:85%、「代理母」:49%、「遺伝子工学」:74%、「ES細胞」:32%、「クローン技術」:51%の人が「はい」を選択した。問3「不安の有無」については、「いいえ(まったく不安がない)」と答えた人は、「コンピューター」:47%、「体外受精」:32%、「代理母」:23%、「遺伝子工学」:23%、「ES細胞」:28%、「クローン技術」:6%であった。問4で、問1、2、3の回答の情報は、主にテレビ・新聞などのメディアからであった。

問5では、筋ジストロフィーなど深刻な遺伝病に対する胎児への遺伝子テスト、および遺伝子工学によってヒトの寿命を50年延ばすことについて質問した。問5,1、遺伝子テストについては、b:「社会的な有益さ」に関し、54%の人がそれを認める一方で、c:「社会的な危険性」を46%の人が認めた。d:「道徳的に許容可能か」との質問には、「非常に/そう思う」28%に対し、「あまり/全然思わない」36%と意見が分かれ、36%もの人が「わからない」を選んだ。e:「奨めるべきか」でも、同様の結果であったが、dに比べ「非常に/そう思う」を選んだ人は43%と増えた。問5、2「遺伝子工学によってヒトの寿命を50年延ばすこと」について同様の質問したところ、c「危険性」では63%、d「道徳的な許容」で53%の人が「非常に/そう思う」を選択し、その結果、e「奨めるべきか」で65%の人が「あまり/全然思わない」を選ぶなど、全体的に否定的であった。また、問5、1および2の設問b・c・d・eを通して「わからない」を選ぶ人が常に25%前後(15〜36%)存在した。

問6では、遺伝子操作、生殖医療技術分野の4つの倫理的課題に対する人々の態度をたずねた。a「遺伝子操作で作られた動植物は、農薬の使用量を減らす」、d「不妊治療のため体外受精/代理母を用いる」の2問に対しては、賛成が多数を占めた。b「4ヶ月未満の胎児の中絶」に関しては「大いに/賛成」28%に「絶対/反対」37%であったが、 c「先天性異常がある胎児の4ヶ月未満の中絶」では、「大いに/賛成」が46%で、「絶対/反対」24%の約2倍であった。問7では、様々なケースでのヒトの遺伝子操作についてたずねた。a「致命的な病気の治療」で93%、b「致命的な病気を子供に遺伝させない」で89%の人が「大いに/賛成」とこれを支持したのに対し、c「子供に遺伝する身体的特徴の向上」では18%、d「子供に遺伝する知能の向上」では13%であった。

<結論>生殖医療・遺伝子工学に対しては、一般的に名前レベルの浸透は進んでいるが、多数の人がその応用に多少とも不安を感じていることがわかった。胎児への筋ジストロフィーなどの出生前診断については、その危険性と有益さから、賛否が二分された。遺伝子工学による寿命の延長は、広く議論されていない現状があるが、多くの人々が危険性を感じこれを支持しなかった。生殖医療・遺伝子治療のケースでは、不妊治療や病気の治療のための導入は受け入れられるが、個人の恣意的(と考えられる)な目的のための利用は認められにくいことが、現在認められる中絶への反対の多さからも理解できる。