つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 112     (C) 2003 筑波大学生物学類

Forkhead転写因子の脱アセチル化に関する研究

石川  恵 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:八神 健一 (筑波大学 基礎医学系)


 

<導入・目的>

 Forkhead転写因子は、DNA結合モチーフとしてフォークヘッドドメインを有する転写因子ファミリーである。このうちFKHRは生体内において、糖新生、酸化ストレス応答、細胞周期、アポトーシスなどに関与する遺伝子の発現を制御している。例えば糖新生は、空腹状態が長時間続き血中のグルコース濃度が低下したときに肝臓において乳酸、アミノ酸、グリセロールなどの糖以外の物質からグルコースを作り、脳や赤血球などの組織にグルコースを供給する機構であるが、FKHRはこの糖新生の律速酵素であるG-6-P (glucose-6-phosphatase)などの発現を正に制御している。またFKHRは通常核内に存在しているが、インスリン刺激によりPKB/Aktを介してリン酸化され、局在が核から細胞質へと変化し、転写が負に制御されることが知られている。一方、当研究室において、FKHRのフォークヘッドドメインが転写コアクチベーターであるCBP(CREB-binding protein)によってアセチル化修飾を受け、その結果、DNA結合能が低下し、転写が抑制されることが明らかにされた。がん抑制因子として知られる転写因子p53をはじめ、アセチル化される転写因子は他にもいくつか知られているが、FKHRとは異なり、その多くはアセチル化によって転写が活性化される。一方、脱アセチル化に関与する因子としては、ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase)が知られている。ヒストン脱アセチル化酵素はヒストンを脱アセチル化し、近年、この酵素が、ヒストンだけでなく転写因子にも作用して脱アセチル化を行うことにより、その転写活性を変化させることがいくつか報告されてきた。最近の例では、p53がヒストン脱アセチル化酵素によって脱アセチル化され、その結果、転写が抑制されることが明らかにされている。このように転写因子のアセチル化・脱アセチル化は転写の制御に深く関わっていると考えられる。しかしながら、アセチル化修飾を受けたFKHRがどのようにして脱アセチル化されるのか、その機構はいまだ解明されていない。

そこで本研究では、転写因子FKHRの脱アセチル化に関与するヒストン脱アセチル化酵素の同定を目的とし、実験を行った。

<結果>

in vivo / in vitroにおける結合実験の結果、転写因子FKHRが核内において既知のヒストン脱アセチル化酵素と結合することが確認された。さらにこのヒストン脱アセチル化酵素がFKHRのどの部分と結合するのかを調べたところ、FKHRのDNA結合モチーフであるフォークヘッドドメインを含む領域と結合することがわかった。また、FKHRに対するこの酵素の脱アセチル化活性を調べるためにin  vitroにおける脱アセチル化反応実験を行った。その結果、FKHRにおいてアセチル化されることがわかっているフォークヘッドドメインの3つのリジン残基がこの酵素によって脱アセチル化されることが確認できた。

<今後の予定>

 既知のヒストン脱アセチル化酵素によるFKHRの脱アセチル化が確認されたことにより、今後はこの脱アセチル化がFKHRの転写活性にどのような変化をもたらし、またその変化が細胞の生理活性に対しどのような影響を与えるのか、詳しく調べていきたいと考えている。