つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 51     (C) 2003 筑波大学生物学類

網膜色素上皮細胞の眼球内移植技術による網膜再生関連遺伝子の機能評価系の確立

海野  進 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:千葉 親文 (筑波大学 生物科学系)


 一般に、ほとんどの脊椎動物では、網膜を含む中枢神経組織は障害を受けると再生することはないと考えられている。しかし、イモリなど一部の有尾両生類では、眼球から人為的に神経性網膜を完全に除去しても、残った網膜色素上皮(RPE)細胞を起源として、網膜を再生することができる。眼球から神経性網膜を手術により除去する(retinectomy)と、RPE細胞がメラニン顆粒を捨てつつ増殖し、網膜神経前駆細胞(網膜神経幹細胞)を生み出す。そこから網膜を構成するすべての神経細胞やグリア細胞が分化する。それぞれの神経細胞は分化に伴い互いにシナプスを形成し、最終的に光応答を回復する。こうした有尾両生類の網膜再生については、これまで形態学や生理学の手法で研究がなされてきたが、その分子メカニズムについては明らかにされてはいない。網膜再生のメカニズムが明らかになれば、我々の中枢神経組織を機能再生させようとする試みに対しても、有用な情報を提供できると考えられる。

 近年、分子生物学の手法を用いて、網膜再生の分子メカニズムを解き明らかそうとする研究が始まっている。しかし、イモリにおいては、有効な遺伝子・分子機能評価系が確立していないのが現状である。そのため、再生に関連して発現する未知の遺伝子の生理機能を解析することが困難である。我々はすでに、単離培養条件下のRPE細胞にGFPレポータータンパク質を発現させることに成功している。もし生体内のRPE細胞に遺伝子を導入し、発現する遺伝子・分子の生理機能を制御することができれば、再生関連遺伝子・分子の機能評価が可能になると考えられる。そこで本研究では、生体内のRPE細胞への遺伝子導入を試み、それらを起源として網膜を再生させる新たな実験系の確立を目指した。

 まず、組織中のRPE細胞にどの程度、遺伝子を発現させられるか調べた。今回、レポーター遺伝子としてGFP遺伝子を用いた。成体アカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)から摘出した眼球を赤道面に沿って切開し、きょう膜側半分の組織(eye-cup)を作製し、さらにPBS中で神経性網膜を剥離することで、RPE細胞層が露出したeye-cup(eye-cup R-)を作製した。この組織を、様々なベクター-導入試薬混合溶液に移し、インキュベートした。導入試薬を培養液(10%牛胎児血清、60%L-15培地)に置換した後、そのまま25℃,で10日間培養した。導入後、GFPの発現を蛍光顕微鏡下で調べることで導入率を算出した。その結果、eye-cup中に存在する約3000個のRPE細胞のうち、3〜10個の細胞(約0.1〜0.3%)がGFPを発現することが分かった。

 続いて、生体の眼球内に直接ベクター‐導入試薬混合溶液を注入して遺伝子導入を試みた。角膜に小さな穴をあけ、瞳孔から注射針を神経性網膜とRPE細胞層との間に刺入し、マイクロポンプを用いて溶液を注入した。しかし、この方法では、残念ながらRPE細胞にGFPを発現させることはできなかった。

 そこで、in vitroで遺伝子導入を施したRPE細胞を、他固体の眼球内に移植してみてはどうかと考えた。イモリを充分に麻酔した後、実体顕微鏡下で眼球を切開し、レンズと神経性網膜を取り除いた後、遺伝子導入を施したRPE組織を脈絡膜ごと眼腔内に移植した。移植後、イモリを約2ヶ月間22℃で飼育した後、眼球を摘出し、凍結切片を作製した。その結果、移植したRPE細胞が生着し、宿主のRPE細胞とともに一枚の網膜を再生することが分かった。また、抗GFP抗体を用いて調べたところ、再生網膜中にGFPを発現する細胞が散在して存在することが分かった。このことは、遺伝子導入を施したRPE細胞を起源として網膜細胞が分化したことを示唆している。また、導入率の低さを考慮すると、これらの細胞がクローンである可能性も考えられる。

 本研究により、網膜再生関連遺伝子・分子の機能評価系がほぼ確立したと考えられる。今後、例数を増やし、遺伝子機能を評価するためのコントロールとして、RPE細胞から網膜神経細胞が分化するまでの細胞系譜を明らかにするとともに、再生時期特異的遺伝子(同研究室の星野により単離が進んでいる)の機能を明らかにしたいと考えている。