つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 67     (C) 2003 筑波大学生物学類

冷温帯生態系の各遷移段階における土壌呼吸動態の変化

大江 悠介 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:林  一六 (筑波大学 生物科学系)


 

背景

炭素は生物にとってエネルギーの担体となり得ると同時に,近年の地球温暖化問題でも大きく取り上げられている通りCOの形で温暖化にも寄与していることから,その地球規模での循環には大きな関心が集まっている.生態系における炭素循環において、植物が大気からCOを光合成で固定した炭素を従属栄養生物と植物自身が呼吸により再び大気中へと放出するという主要な流れがある.これまで地上部における炭素に関しては多くの研究がなされてきたが,地下部土壌の炭素動態についての知見はまだ少ない.土壌での炭素動態は植物の根の呼吸と微生物の有機物分解によってCOとして大気へ放出されることが知られている.この現象を土壌呼吸と呼び、これと地上部の光合成による生産量のバランスが生態系全体での炭素収支に大きな影響を与える.従って、土壌-大気間の炭素収支の研究は重要であり、急務であるといえる.さらに、生態系の炭素吸収機能は植生と気候によって大きく変わるとされており、炭素循環は植生の属性との関係も併せて考慮されるべきである.本研究では炭素吸収能力が大きいと考えられている冷温帯生態系においてこれまでほとんど注目されていなかった土壌呼吸と植生遷移との関連に注目し、その気候帯に属する植生の遷移段階の違いが土壌呼吸にどのような変化をもたらすのかを調査、考察した.

 

方法

長野県にある筑波大学菅平高原実験センターにおいて遷移ステージに沿って土壌呼吸を測定しその比較を行った.測定はススキ草原、アカマツ林、ミズナラ林の各植生において密閉法で、冬季はFickの拡散モデルを使って月2〜3回行った.測定時には土壌水分を測定するとともに深さ5cm及び10cm土壌温度を30分ごとに連続測定した.ススキ草原とアカマツ林については2000年5月〜2001年8月まで、ミズナラ林については2002年5月〜同11月までのデータを用いて月別土壌呼吸量の推定を行った.

 

結果と考察

いずれの遷移段階においても土壌呼吸速度は地温と高い正の相関があった.しかし,土壌水分に関しては低い正の相関かまたは相関が見られなかった.密閉法で測定した土壌呼吸の瞬間値と連続測定した地温の値から推定した2002年の月別土壌呼吸量はいずれの遷移段階でも7月に最大土壌呼吸量が確認され、ススキ草原、アカマツ林、ミズナラ林でそれぞれ366.9gCO/m2、381.5gCO/m2、354.8gCO/m2の値となった.それぞれの生態系の地温-土壌呼吸速度の関係式を比較すると、土壌呼吸の温度依存性や反応速度に関してはそれほど大きな差は無かった.一方で、地温に関しては日中においてはサイト間で約2℃の差があったことに加えて日変化のパターンの違いあったことを考慮すると、各遷移段階における地温の違いが結果的に土壌呼吸量の違いをもたらしたといえる.今後は現在設置中のオープントップチャンバーシステムを使った土壌呼吸の連続測定をするとともに、土壌呼吸と環境要因の関連性についてさらに詳細な調査をする予定である.