つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 83     (C) 2003 筑波大学生物学類

繊毛虫テトラヒメナにおける新規アクチン関連蛋白質(Arp)の同定と機能解析

加藤  舞 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:沼田  治 (筑波大学 生物科学系)


 

 アクチン関連蛋白質(Arp)はアクチンに20〜50%のアミノ酸配列の相同性を示す蛋白質で、配列の類似性からArp1、Arp2、Arp3などのサブグループに分類されている。これらは、小胞輸送や有糸分裂、クロマチンリモデリングなどにおいて重要な役割を果たしていることが知られている。また、Arp2とArp3は球状の複合体を作ってアクチンのネットワーク形成の核として働いている。最近のゲノムプロジェクトの進展などから様々な生物で多種のArpが同定されてきているが、個々の機能についてはまだほとんど分かっていない。

 繊毛虫テトラヒメナは遺伝子操作性が非常に高いため、遺伝子ノックアウト等による機能解析が可能である。また、これまでの研究により多くのアクチン結合蛋白質が同定され、その生化学的、細胞学的解析が進んでいる。これらの理由から、本研究ではテトラヒメナを用いて、これまで繊毛虫類で全く発見されていなかった3種のArpの同定と機能解析を行った。このうちテトラヒメナArp2とArp3については、Arp2/3複合体として存在するか否かも含め、アクチンフィラメントのダイナミクスとの関係について今後さらに追究していきたい。

 

1.テトラヒメナArpsの探索・同定

 まず、テトラヒメナアクチンのアミノ酸配列を用いて、公開されているテトラヒメナESTデータベースのホモロジー検索を行った。この結果、Arp2に類似の配列が1配列、Arp3に類似のものが22配列、アクチンに類似の配列が3配列見つかった。これらのcDNAの全長を得るため、EST配列をもとに作製したプライマーを用いてRT-PCRを行い、cDNA配列のクローニング、シークエンスを行った。複数のEST配列が得られたArp3とアクチンでは、これらの配列が同一の遺伝子由来と思われたため、コンセンサス配列をもとに全長を増幅した。その結果、3種全てのArpについて、全アミノ酸コード領域を含むほぼ全長のcDNAを得ることが出来た。

 Arp2に類似の配列はテトラヒメナArp2(tArp2)、Arp3に類似の配列はテトラヒメナArp3(tArp3)とした。アクチンに類似であった配列は既存のグループに属さない新しいタイプのArpであり、鞭毛虫トリパノソーマArpに弱い類似性を示した。この配列はテトラヒメナArp(tArp)とした。

 

2.蛍光抗体法による局在の観察

 tArp2、tArp3、tArpの細胞内における機能を調べるために、まず、蛍光抗体法により細胞内での局在を調査した。アクチン、tArp2、tArp3、tArpの間で互いに類似性を示さない9〜14アミノ酸からなる配列をもとにした合成ペプチドを抗原として、ウサギのポリクローナル抗体を作成した。これを用いて、対数増殖期のテトラヒメナの細胞を観察した。

 これまでのところ、tArpは繊毛に、tArp2は収縮胞開口部と繊毛に局在する可能性が示唆された。tArp3抗体では細胞質にドット状の染色が見られ、特定のオルガネラへの局在は確認できなかった。この様な染色パターンはアクチン抗体を用いた染色においてもよく観察される。

 

3.繊毛再生過程におけるtArp mRNAの発現

 tArpと分子系統的に近縁であると思われる鞭毛虫トリパノソーマのArpは、トリパノソーマの鞭毛全長にわたって局在していると報告されている。また、蛍光抗体法による観察からtArpも繊毛に局在すると思われた。そこで、テトラヒメナの繊毛形成とtArp遺伝子の発現の間になんらかの関係があるかを調べるため、繊毛再生過程におけるtArpmRNA発現量の変化をノザンブロットで解析した。

 tArpmRNA発現量は、脱繊毛後0分〜20分で顕著に増加した。これは、繊毛ダイニンの構成成分であるアクチンのmRNA量の増加よりも早く、そして顕著である。このことから、tArpは繊毛の構成要素としてではなく、繊毛形成機構に関与しているのではないかと予想された。