つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 61     (C) 2003 筑波大学生物学類

ニンジン、シロイヌナズナを用いた体細胞不定胚形成系の開発

川原 教雅 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 佐藤  忍 (筑波大学 生物科学系)


【背景】

 『植物細胞1つ1つは、生存さえしていれば、適切な条件下、特定の刺激によって1個の植物体に再生する能力を潜在的に有する』という分化全能性説が、1902年、Haberlandt によって提唱された。これは、全ての細胞には生存に必要な全ての遺伝情報が含まれ、一度特定の機能を持つように分化した分化した細胞であっても脱分化、再分化することで胚発生を開始し、新たな個体へと発達できるとするものである。この説は、体細胞不定胚形成の実証などによって支持されている。しかしながら、一度分化した体細胞がどのような機構によって脱分化、再分化を起こすかについてはほとんど明らかにされていない。また、その解明のために必要となる有効な実験系も十分に確立されているとは言い難い。そこで、本研究では、将来的にはこの機構を分子レベルで解明することを目指し、新たな実験系の開発を目的としている。
 確立を目指す実験系は、モデル植物であるシロイヌナズナの葉肉細胞プロトプラストを用いた不定胚誘導系である。シロイヌナズナでは、分化した体細胞である葉肉細胞由来のプロトプラストを単離・培養することにより、胚様体(胚に類似した構造)が形成されたという報告があるが、その形成率は数%と非常に低く、また、発生の途中段階である球状胚までしか発達しない。そこで、本研究では、高頻度で不定胚が形成される、または成熟胚が形成される条件を検討することとした。この系においては、プロトプラスト単離操作時にかかる浸透圧によるストレスが不定胚形成を引き起こしていると考えられるため、浸透圧ストレスと不定胚形成の関わりに着目した。
 茎頂部を用いたストレス不定胚誘導系はニンジンにおいて初めて確立された系であり、かつ、ニンジンは古くから分化全能性研究のモデル材料として用いられてきたため、多くの知見が蓄積している。これまでの研究から、同一の浸透圧であっても浸透圧調節物質の種類によって不定胚形成率に違いがあることが明らかとなっている。そこで、まず始めに、ニンジンを用いて不定胚形成を促進する浸透圧調節物質の探索を行うこととした。

ニンジンのクローンの作り方
図. ニンジンのストレス不定胚誘導系と茎頂部にできた不定胚

【実験内容】

 ニンジン茎頂部を用いた浸透圧ストレス不定胚誘導系では、現在までに様々な物質が浸透圧ストレス物質として検討され、糖類、特にショ糖が強い不定胚誘導効果を示すことが明らかとなっている。この結果を参考に、無機塩類ではなく、植物体内に多量に存在する糖類が強い不定胚誘導効果を持つと推測した。そこで今回は、胚を保護するために植物自身が合成し、かつ、胚を内包する種子に大量に蓄積されると考えられているラフィノース属オリゴ糖(RFO)を浸透圧調節物質として用いることを検討した。
プロトプラストを用いた不定胚誘導系を確立するため、胚様体を誘導する既存のプロトプラスト培養系を再現する必要がある。そこで、シロイヌナズナのC24およびCol-0、2種の野生型を用い、プロトプラストの単離・培養を試みた。

【結果と考察】

ニンジンの系では、弱いながらもRFOによる不定胚誘導促進効果が認められた。RFOは溶解度が低く、今回の実験ではRFOとショ糖を混ぜて浸透圧ストレスをかけたため、その効果が弱かったのではないかと考えており、数種のRFOを組み合わせて用いることで高い促進効果が見られることを期待している。また、RFOは、乾燥・低温などのストレスに対する耐性を得るために体内に蓄積される物質(適合溶質)としての機能も有することが知られており、不定胚形成を誘導(分化全能性発現)するためのストレス処理時に、処理に伴う間接的な悪影響から細胞を保護する適合溶質としての作用が働き、その結果として、RFOによる不定胚形成の促進が見られた可能性もある。
シロイヌナズナのプロトプラスト培養は未だ成功しておらず、すでに報告されている実験の再現がとれていない。このプロトプラスト培養系は操作技術の習熟が必要であり、技術の向上に努めている。既存の方法によってプロトプラストの培養・胚様体の形成が認められた後、RFO等の不定胚誘導効果の高い浸透圧調整物質を用いて培養系の改良を進めたいと考えている。