キュウリ切断胚軸の組織癒合に関与する根導管液因子の解析

牛腸　ゆり子 （筑波大学 生物学類 ４年）　　指導教官：佐藤　　忍 （筑波大学 生物科学系)

＜背景＞

　高等植物では、通常、一旦分離した細胞同士が、動物細胞のように再び接着することはない。しかし、雌しべ形成時の心皮の結合や、傷害・接ぎ木などによる組織癒合時などには、例外的に観察することができる。この様な後生的な細胞接着は、植物の形態形成にきわめて重要な現象であるにもかかわらず、そのメカニズムの解明がほとんど行われていないのが現状である。

　キュウリ胚軸を用いた以前の研究において、皮層の組織癒合には、葉の産生する植物ホルモンの一種であるジベレリンが関与していることが示された（Asahina et al. , 2002）。

　一方、根を切除すると「切断面上下の細胞の入り組み」が観察されなくなることも示された。この「細胞の入り組み」は、組織癒合部の細胞伸長・細胞壁成分の変化によって生じる現象であり、根から供給される導管液中に含まれる無機イオンが関与していることが予想されているが、詳細は明らかになっていない。このような現象が根導管液を通じて供給される因子によって制御されているのであれば、組織癒合に対して地上部、地下部の器官が、それぞれ異なったステージの現象に作用していると考えられることから、非常に興味深い。

　そこで本研究では、根導管液を通じて供給される組織癒合に関与する因子の同定、およびその生理作用の解明を目的とした。

＜方法＞

播種後７日目のキュウリの根を切断し、苗条を成分調整した液体培地の入ったチューブに移した。この植物体の胚軸をかみそりを用いて水平方向に半分程度切断し、そのまま７日間培養した。その後、切断部周辺の胚軸を切り出して固定し、テクノビット樹脂に包埋し、切片を作製した。この切片を、光学顕微鏡を用いて観察し、培地成分が皮層の組織癒合に与える影響を検討した。

＜結果＞

　根を切除した個体を蒸留水の入ったチューブで７日間培養した場合、切断面の上下組織の間に壁状の構造（以下分離膜と呼ぶ）がみられ、細胞の入り組みが阻害されていた。一方、カボチャ根導管液（以下導管液）、Murashige & Skoog（ＭＳ）培地を処理した場合、分離膜の形成がおさえられ、上下組織の細胞は入り組んでいた。

　この分離膜は、カロースを含む構造であることが、アニリンブルー染色によって示された。このことから、この構造は傷害を受けたときに形成された物質が、中に閉じこめられたものではないかと考えられる。

　上下組織の細胞が入り組み、組織が癒合するためには、この分離膜が分解されるか否かが重要と考えられた。この分離膜が、どの程度分解されず残っているかを数値化して比較するために、以下の実験をおこなった。

　組織切片の写真における皮層の組織癒合部全体の長さと、癒合部のうち分離膜が残っている部分の長さをキルビメーターで測定した。組織癒合部の長さを１として、それに対する分離膜の割合「分離膜の残存率」を算出したところ、蒸留水では0.86、導管液では0.29、MS培地では0.49、となり、導管液とMS培地を与えた場合、分離膜の形成が抑えられることが示された。

　このことから、導管液に含まれる何らかの成分が、分離膜の分解に関与していることが考えられた。また、ＭＳ培地でも導管液と同様の効果が得られたことから、成分の調節が容易であるＭＳ培地を用いて、分離膜の分解に関与する根導管液因子の推定を試みた。

　MS培地の成分を、栄養塩類であるマクロ成分、有機成分であるオーガニック成分、無機物質群であるミクロ成分、Fe-EDTA成分に分け、同様の実験を行ったところ、ＭＳミクロ成分のみを与えた場合も、ＭＳ培地そのものを与えた場合と同程度の分離膜分解効果が得られた。そのほかの成分では、このような効果はみられなかった。

　そこで、ＭＳミクロ成分の構成成分に注目して分離膜残存率への影響を検討した。MSミクロの構成成分でもあり、細胞壁に影響を与えると予想されたホウ素を、ＭＳ培地に含まれる濃度と同程度与えたが、明確な効果は示されなかった。このことから、少なくともホウ素が単独で分離膜分解の因子としてはたらくのではなく、複数の無機物質が共存することによって作用することが予想された。