つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 68     (C) 2003 筑波大学生物学類

ヨシによる底泥からの窒素除去に関する研究

桜井 俊輔 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:鞠子  茂 (筑波大学 生物科学系)


背景

 河川や湖の窒素・リンの増加による富栄養化は、深刻な水質の悪化を引き起こす。そのため、各地で水質浄化の対策が行われている。植物を用いた浄化もそうした対策の1つである。だが、多くの費用や人手が必要な、植物刈り取りによる原因物質の除去が主で、生物的な反応の脱窒による浄化への効果はあまり考慮されていない。
 脱窒は嫌気的な条件下で硝酸が窒素に変換される反応である。しかし、基質である硝酸が酸化的な条件下で生成されるため、実際には酸化的な所と還元的な所が接する場所で盛んに脱窒は起こっている。河川や湖の土壌では表面のみが酸化的でそれより深い部分は還元的なため、脱窒が盛んな場所は土壌の表層部分だけである。しかし、抽水植物がある場合、発達した通気組織を通じて地下部に供給される酸素が大量に地下部から漏れ出すため、根圏に酸化と還元の境界部位が形成される。さらに灌水土壌においては、土壌と大気の間のガス交換の多くは植物体を介して行われるため、抽水植物は土壌での窒素ガスの蓄積が抑えるのに役立っていると考えられる。これらの植物の作用によって、脱窒反応が根圏の至る所で効率よく起こり、河川や湖の生物的な浄化作用が向上すると考えられる。
 そこで本研究では、マスフローを行う代表的な抽水植物の一つであるヨシ(Phragmites australis)を用いて、抽水植物が窒素除去に与える影響を調べた。ここで、マスフローとは、若いshootの内外の温度差・湿度差により生じる圧力によって起こるガスの流れ(若いshoot → 地下部 → 枯死shoot)のことである。実験では、植物の吸収による窒素除去量と脱窒による窒素除去量をそれぞれ測定し、比較した。さらに、脱窒による窒素除去に対する、ヨシの窒素ガスフラックスの寄与を検討した。


方法

 ヨシの窒素除去に対する効果を推定するために、コンテナを用いた栽培実験を行った。ヨシの密度が異なる3つの区画(高密度区、低密度区、無植生区)を作成した。区画ごとに7月から12月までの植物の吸収による窒素除去量と脱窒による窒素除去量を測定した。植物の吸収による窒素除去量は植物の乾燥重と窒素含有率から求めた。脱窒による窒素除去量はコンテナからは気体以外での窒素出入りが無いと仮定し、以下の式から求めた。
  実験開始時の土壌・植物の窒素量 = 実験終了時の土壌・植物の窒素量 + 脱窒による窒素除去量
さらに、土壌の脱窒に関わる状態を調べるため酸化還元電位を測定した。
 また、マスフローによるガスフラックスと、若いshoot内と枯死shoot内での窒素ガス濃度差から、昼間の植物体を介した窒素ガスフラックスを求めた。これと同時にマスフローによるガスフラックスに関係のあるshoot内外の温度差・湿度差(VPD)も測定した。


結果・考察

 酸化還元電位については植物のある区画(高密度区、低密度区)の方が無植生区より100mVほど高く、抽水植物によって土壌中に酸化的な部位が形成されていることが明らかとなった。したがって、植物が存在すれば、灌水土壌中でも脱窒が盛んに行われている可能性がある。間接的に求めた脱窒による窒素除去量の結果では、窒素の減少が見られたのは高密度区のみであり(8%減少)、低密度区と無植生区では減少が見られなかった。植物による窒素吸収量は実際に刈り取りによって持ち出すことを考えた場合、有効な除去量は地上部に含まれる窒素量である。そのため、地上部の窒素量を求めると、9月には土壌の窒素の4%ほどであったが、12月には1%以下になっていた。これより、高密度区での脱窒による窒素除去量は植物の吸収による窒素除去量に比べても、決して少なくないことが分かる。
 マスフローによるガスフラックスは、最大で1日あたり約2.5 l/potであった。VPDと高い相関を示したことから、若いshootに生じる圧力は主に、湿度差によるものであるといえる。しかし、若いshootと枯死shootの間の窒素ガスの濃度差がごくわずかであったため、植物体を介した窒素フラックスは正確に定量ができなかった。そのため、植物体を介した窒素ガスフラックスの測定には、より精度の高いガスの分析が必要である。ただ、マスフローを行っていない明け方の植物体内の窒素ガス濃度は大気より高かったことから、生成した窒素ガスの植物体を通した放出は起こっていた。