つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 54     (C) 2003 筑波大学生物学類

caged細胞内シグナル伝達物質を用いたgap結合の機能解析

杉山 未来 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:斎藤 建彦 (筑波大学 生物科学系)


[導入・目的]

gap結合は細胞間コミュニケーション経路の1つであり、隣接する細胞同士はその二枚の細胞膜を貫くチャネルを介してイオンや化学物質の細胞間移動をする事ができる。当研究室では、イモリ網膜の発生・再生系、及びニワトリ網膜発生過程におけるgap結合について研究が行われており、gap結合を構成するサブユニットであるコネキシンの発現が、発生・再生過程において変化することがわかっている。このことは、gap結合が網膜の再生.発生過程において何らかの機能をもつことを示唆している。私はこのgap結合をどのようなシグナル伝達物質が通り、またそれらがどのように制御されているかについて興味を持ち、caged化合物を用いて実験を行った。

caged化合物は生理活性物質を化学修飾して活性をなくした物質で、紫外光を照射することでその保護基をはずし、これにより必要な物質を局所的に遊離させること(uncage)ができる。そこで、私はcaged化合物を用いて細胞内にシグナル伝達物質を遊離させ、そのgap結合を介した動態をカルシウム測光により解析するという実験系の確立を目的とした。

[材料.方法]

1.標本

 先行研究において、イモリやニワトリの色素上皮細胞ならびに発生初期網膜では多くのgap結合の存在が確認されていることから、以下の標本を用いた。

・ 発生5日胚のニワトリ網膜細胞の単離培養標本               ・ 発生4.5日胚のニワトリ色素上皮細胞の単離培養標本

・ ニワトリ発生網膜のスライス標本                     ・ ニワトリ発生網膜のホールマウント標本

・ イモリ正常網膜のスライス標本                      ・ イモリ正常網膜のホールマウント標本

2.試薬

caged化合物は、cagedカルシウムとしてo-nitrophenyl EGTA, AMcaged IP3としてD-myo-inositol 1,4,5-triphosphate, P4(5)-(1-(2- nitrophenyl)ethyl) ester, tr is(triethylammonium salt) を用いた。また、蛍光カルシウム指示薬としてfluo-3,AMを用いた。

3.caged化合物と蛍光指示薬の細胞内への導入

@cagedカルシウム

試料をo-nitrophenyl EGTA, AM 10μMfluo-3,AM 10μMPluronic F127 0.04%を生理食塩水に溶かした溶液に入れ、室温または37度・6080分間ロードした後、生理食塩水で洗い30分おいた。

Acaged IP3

cagedIP3の細胞透過体は市販されていないので、細胞内電極による圧、あるいは電流による注入を行った。

4.レーザーフォトリシスによるcaged化合物のuncageおよびカルシウム測光

 レーザーフォトリシスシステムおよびレシオシステム(浜松ホトニクス)を用い、選択した位置にYAGレーザーで355nm波長を46ns照射し、励起波長400490nm、蛍光波長535nmfluo-3の蛍光を測定しカルシウムイオン量の変化をリアルタイムで解析した。

5.gap結合阻害剤の投与

 gap結合の阻害剤であるオクタノール 100μMを、約1分間還流投与した。

 [結果・考察]

cagedカルシウムを種々の標本に取り込ませ、細胞内へのカルシウムの放出と広がりを測定した。その結果、使用した全ての標本でcagedカルシウムのレーザー照射によるuncageに成功し、細胞内カルシウムイオンの上昇が観察された。最もよくuncageされたのはニワトリの色素上皮細胞の培養標本だったので、これを用いさらに遊離カルシウムイオンが周囲の細胞に広がるかどうか調べた。その結果、カルシウムイオンはゆっくりと周囲の細胞へ拡散し、この広がりはgap結合の阻害剤によって抑えられることがわかった。この時、最高で257.6ミクロン、およそ細胞3,4個分の距離までカルシウムの広がりが見られた。またレーザーを照射した細胞からの距離を、カルシウムイオンの濃度変化を表す値であるレシオ値のピークの時間差で割ったものをイオンの広がる速度とした時、レーザー照射した細胞からの距離がおよそ細胞1,2個分であった5つの細胞においての平均速度は4.5ミクロン/秒であった。以上の結果から、培養色素上皮細胞間のgap結合はカルシウムイオンを通すことがわかり、カルシウムイオンがgap結合を介した細胞間のシグナル伝達物質として働きうることが判明した。

今回スライス標本やホールマウント標本では、レーザー光を連続して照射しないとuncageが起こらず、またカルシウムイオン量の上昇も低かった。これはおそらく、試料とチャンバーの底面の間に隙間が出来てしまうため、試料に照射されるレーザー光の強度がuncageを行うのに十分でなかったためと考えられる。

caged IP3については、現在細胞内への安定した注入法を模索している。

[展望]

今後はカルシウム以外のcagedシグナル伝達物質を利用することで、gap結合を介した細胞間伝達の解析をすすめたい。また、今回uncageのあまりうまくいかなかったスライスやホールマウント標本において、ロード後培養をし接着させるなどによりuncageの効率をあげ、発生・再生網膜におけるgap結合がどのようなシグナル伝達物質を通し、また制御しているのかについて調べていきたいと考えている。さらに、このcagedシグナル伝達物質を用いた実験系をパッチクランプ法などと組み合わせれば、伝達物質による電気的反応を調べることが可能でありgap結合の解析が進むと思う。