つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 97     (C) 2003 筑波大学生物学類

生命倫理と日本における人工妊娠中絶

高橋 正行 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:ダリル・メイサー (筑波大学 生物科学系)


序論:人工妊娠中絶は、生命倫理における一つの分野である。が、私たちはこのような道徳上の深刻な問題に対して明確な答えを出せず、その結果として異なる意見を持つ相手に対して納得のいく良い説明すらできないままである。同時に、これらの事柄の解決法は、世界各国の文化、及び宗教によって様々である。この研究は、私たちの命の重要性を見つめるという意味でも興味深く、研究を進めることによって、そのジレンマに苦しむ人々に対しての助言も可能となる。

結果:今日、人工妊娠中絶は世界中の多くの国で合法化されている。しかし、この研究で、日本人の行う中絶の割合が他の先進国に比べ高いということが見いだされた。例えば日本では、性教育を受ける良い機会もほとんどなく、事実として、今日でも多くの日本人はそれについての誤った知識を持ったままである。もちろん、そのような現状がなぜ長い間改善されないままであるかという理由もある。

初めに、私は日本人の中絶の背景を調査し、以下の国と比較した(アメリカ、ロシア、フィリピン、韓国、ルーマニア、シンガポール、スリランカ、タイ及びイギリス)。比較は、性教育や有効な避妊法の普及について行ったものである。日本では、中絶を経験した多くの女性は寺社に出向き、水子を通してその胎児に対し祈りを捧げている。水子は、中絶を行った女性の精神的回復に大きな役割を果たしているのである。

さて、昨年末から私たちの研究室では、日本の全国各地で無作為にアンケート調査を行い、一般市民の方々の意見もいただいている。このアンケートでは、人工妊娠中絶について3つの質問をし、結果は以下に示す通りであった(現在は293通。今も尚この調査は続けられている。)。1:妊婦は、胎児が4ヶ月未満であれば妊娠中絶できる(はい24.0%いいえ37.0%分からない39.0%)。2;妊婦は、胎児に先天性異常がある場合、4ヶ月未満であれば妊娠中絶できる(はい48.4%いいえ14.8%分からない36.8%)。3:女性にとって、中絶をする権利があると思いますか?(はい56.6%いいえ7.5%分からない35.9%)また、遺伝病であるダウン症の胎児を中絶することについてどう思いますか?

宗教の違い、すなわち無神論者(34.3%)及び仏教徒(54.5%)の意見の違いの比較検討も行った。だが、これらの2つのグループには特に大きな差が見られなかった。

しかし、キリスト教徒の反応は、上記の二つのグループと異なるものであったが、相対的に数が少なかった(15人)。また、「仏教徒である」及び「無神論者である」と答えた人は、ダウン症の子供を産むかどうかという問に対しても似たような反応を示した。「中絶を選ぶ」と答えた人の理由としては、「それが女性の意思による」、「女性の権利である」、「政府からの援助が少なく経済的に厳しい」、「また世話が大変で親子ともども不幸である」というものであった。彼らは、遺伝的疾患を持つ子供に対して多くの否定的な意見を抱いている。しかし、「産むかどうかはその疾患について十分な知識を得たうえで判断しなければならない」という人もいる。

反対意見としては、「そのような子を持つ母親を知っていて、お互い幸せそうであるから」というものが挙げられる。このような意見は、遺伝的な重病を持つ子供を育てることに肯定的である。だが、全体としては否定的な意見が目立った。

結論:アンケートの結果から、多くの日本人は遺伝的疾患を持つ子供を産み、育てることに否定的であり、半数の人々が、これらの問題に自身の明確な意見を持っていないことが明らかとなった。