田中 礼 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教官:有波 忠雄 (筑波大学 基礎医学系)
【目的】統合失調症は主として思春期、青年期に発症し、種々の程度の残遺障害を残す一群の疾患であり、思考、情動、行動などに関わる症候が様々な組み合わせで現れる。症状は陽性症状(厳格や妄想、緊張病様の行動、思考の滅裂、奇妙な行動などの産出性の症状)と陰性症状(感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如、快感消失、注意力の低下など、欠陥あるいは欠損性の症状)に分けられる。一般人口における罹病危険率はおよそ0.8%、有病率は0.3%と頻度が高い。統合失調症の病因としては遺伝要因、自己免疫ウイルス学的機序、頭部外傷、その他の環境要因などの説があるが、最も有力とされているのが遺伝要因である。しかし、統合失調症の遺伝様式は単純ではなく、複数の遺伝子と環境因子が関与している多因子遺伝病であると推測されている。統合失調症の病態は不明であるが、もっとも有力な仮説のひとつにNMDA受容体の機能低下がある。その受容体のサブユニットのひとつであるNR2サブユニットをコードしているGRIN2A遺伝子(glutamate receptor,iontropic,N-methyl-D-aspartate,subunit
2A;NMDAR2A)は統合失調症の有力な候補遺伝子である。GRIN2Aは16番染色体上に位置しており、大きさは6,293bp、14個のエキソンを含んでいる。しかし、コード領域はすでに検索され、関連する変異がないことが報告されている。この遺伝子の5’領域には10〜35個のTGの反復配列が存在し、転写活性に影響する可能性がある。本研究ではこの多型と統合失調症の関連を解明することを目的とした。
【方法】統合失調症患者の兄弟を含む中国人の家族101家系を対象とし、TGマイクロサテライト多型について、GeneScanで遺伝子型を決定し、伝達不平衡テスト(transmission
disequilibrium test: TDT)で連鎖不平衡を調べた。
【結果・考察】
表 GRIN2A遺伝子5’TG多型と統合失調症のTDT
Allele |
(TG反復数) |
Trans |
Not
Trans |
P-value |
1 |
(18) |
1 |
0 |
1.000
|
2 |
(19) |
1 |
1 |
1.000
|
3 |
(20) |
12 |
8 |
0.503
|
4 |
(21) |
9 |
14 |
0.405
|
5 |
(22) |
14 |
15 |
1.000
|
6 |
(23) |
18 |
24 |
0.441
|
7 |
(24) |
17 |
22 |
0.522
|
8 |
(25) |
34 |
39 |
0.640
|
9 |
(26) |
19 |
22 |
0.755
|
10 |
(27) |
29 |
11 |
0.006
|
11 |
(28) |
13 |
8 |
0.383
|
12 |
(29) |
3 |
3 |
1.000
|
13 |
(30) |
1 |
5 |
0.219
|
14 |
(31) |
2 |
0 |
0.500
|
15 |
(32) |
0 |
2 |
0.500
|
16 |
(33) |
1 |
0 |
1.000
|
伝達不平衡検定の結果、TGの繰り返しを27個もつアレルが有意に多く患者に伝達されていた。しかし、他のアレルは有意ではなく、また、反復数に関しても一定の傾向は見られなかった。
本研究はGRIN2Aが統合失調症と関連していることを示唆している。可能性のひとつとしては27回反復配列がとくに転写活性の低下にかかわっていることである。さらに、27回反復アレルと連鎖不平衡の真の関連変異が存在し、それが遺伝子発現にかかわっている可能性も残っている。いずれが正しいかはin vivo, in
vitroの実験が必要である。
【結論】
GRIN2A遺伝子は統合失調症の発症脆弱性の遺伝要因のひとつである。