つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 53     (C) 2003 筑波大学生物学類

ニワトリ色素上皮細胞の単離培養条件下における電位依存性イオンチャネルの発現と発達

千葉 泰博 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:斎藤 建彦 (筑波大学 生物科学系)



(導入・目的)

一般に中枢神経系は再生不可能と言われている。しかし、多くの脊椎動物では、その胚発生の初期において神経性網膜に損傷を受けると、周囲の細胞が増殖して失われた神経回路を修復・再生することができる。Park & Hollenberg1991)は、ニワトリ初期胚の眼球から網膜を完全に除去した後、塩基性繊維芽細胞成長因子(FGF2)を染み込ませたペレットを眼球内に挿入すると、網膜色素上皮(RPE)細胞層から網膜が再構築されることを報告している。また、当研究室の先行研究により、ニワトリ初期胚の眼球から取り出したRPE細胞層をFGF2存在下において浮遊培養すると、形態学的および生理学的に発生網膜と相同の組織を形成することが明らかとなっている。そこで、単離培養条件下においても、RPE細胞から神経細胞への形態学的・生理学的な分化転換現象は見られるかという点に注目して本研究を進めた。今回、神経細胞への分化転換は、電位依存性のNaチャネルやCa2+チャネルの発現をもって指標とした。

(方法)

1)RPE細胞の単離培養

ニワトリ初期胚(孵卵4.5日)から眼球を摘出し、RPE細胞単層とした。取り出したRPE細胞を0.25%トリプシン溶液で37.0℃・15分間処理し、ピペッティングによって個々の細胞にばらした。コラーゲンコートを施したカバーガラス上に細胞をまき、30分間静置・接着させた。培養液中にFGF2を100ng/mlの濃度で加え、37.0℃・5%CO2濃度において培養した。培養液の交換は3日に1回、全量を交換するものとした。

2)パッチクランプ法による電位依存性イオンチャネルの解析

RPE細胞を接着させたカバーガラスを記録用チャンバーに置き、ワセリンによって固定した後、ホールセル・パッチクランプ法を用いて細胞の電気的膜特性の解析を行った。このとき、必要に応じてEDTA処理を施し(5~15分間)細胞をばらして記録を行いやすくした。はじめに細胞膜を−70mVに電位固定し、−90mVから+50mVまでの10mVステップの電位固定を行った際の電流応答を記録した。なお、電極抵抗は8MΩ程度とした。電位依存性のNa電流やCa2+電流を顕在化するため、電位依存性Kチャネルの活性化による外向き電流はTetraethyl ammonium chlorideTEA)および4-Amino pyridine(4-AP)で阻害した。また、電位依存性Naチャネルの阻害剤としてTetrodotoxinTTX)を、電位依存性Ca2+チャネルの阻害剤としてNicardipineを含んだ細胞外溶液をそれぞれ灌流することにより、電流の解析を行った。

(結果・考察)

FGF2存在下でRPE細胞を培養すると、細胞は培養2日目頃から分裂・増殖を繰り返してしだいに色素を失い、細胞体から細長い突起を伸長させるといった形態学的な変化を見せた。これらの細胞からは電位依存性の一過性内向き電流が観測された。この電流は、外液のNaイオンを零にするか、TTXを含んだ細胞外溶液を灌流することによって消失したため、電位依存性Na電流であることが明らかになった。この電位依存性Na電流の発現率は培養1週間前後まで徐々に増加し、その後減少傾向が見られた。また、培養経過に伴ってNa電流量の増加が認められた。

一方、この培養細胞からは電位依存性の持続性内向き電流も観測された。この電流は、Nafree溶液およびTTXによって消失することはなかったが、Nicardipineを含んだ細胞外溶液を灌流することにより消失した。このことから、この持続性内向き電流は電位依存性Ca2+電流であることが明らかになった。これら両電流成分の発現率と最大Na+電流量平均を以下に示す。

培養日数

13DIV

69DIV

1215DIV

Na電流発現率

39.0

56.8

28.3

最大Na電流量平均

116.6A

162.8A

245.5A

Ca2+電流発現率

34.2

40.9%

28.3%

最大Ca2+電流量平均

64.6pA

104.63pA

158.0pA

 

以上のことから、ニワトリRPE細胞は単離培養条件下においても、形態的および機能的に神経細胞様の性質を発現することが明らかになった。これらと同様の結果は、ヒト(Wen et al., 1994)やラット(Botchkin and Matthews, 1994)およびイモリ(Sakai and Saito, 1994)のRPE細胞においても確かめられている。RPE細胞を神経化へと向かわせる因子は何なのか。そのひとつとしてFGF2の可能性が示唆されている。今回の実験においても、FGF2非存在下の培養における細胞からは電流は観察されなかった。また、先行研究によりギャップ結合の消失と神経細胞の分化との間に何らかの関係があることも示唆されている。培養系は生体内に比べると、細胞・組織の外部環境のコントロールが容易である。今後は培養系を用いて、それら神経化への因子の探索や働きについて解明していきたいと考えている。