つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 114     (C) 2003 筑波大学生物学類

心重量変異マウスの探索とその遺伝背景

塚原 千恵子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:八神 健一 (筑波大学 基礎医学系)   杉山 文博 (筑波大学 基礎医学系)


【目的と背景】心臓血管疾病はここ20年のうちに全世界において最も一般的な死亡原因となることが予想されている。心臓血管疾病はしばしば高血圧に見られる圧負荷や、弁膜症に見られる容量負荷の結果として心室壁組織に生ずるストレス上昇と関連し発症することが知られている。心臓における心室壁ストレス上昇は心臓肥大の引き金となる大きな要因である。病的な心臓肥大は最終的に左心室の拡張、心筋細胞の壊死、間質性線維の増加および心不全などを生ずる代償性不全へと導く。心室の肥大はこれらストレスに対し代償的に生ずるものであり、どんな分子機構が関与するかは興味深い。最近、phosphoinositide3-kinase(PI3K)シグナル伝達系の関連遺伝子を用いたgenotype drivenアプローチ(遺伝子導入マウスや遺伝子ノックアウトマウスの作製)によりこのシグナル伝達系が心臓肥大に関わることが報告され、心臓肥大の分子機構が少しずつ明らかにされてきている。私たちの研究室では心臓血管系の量的な形質を支配している遺伝子座(量的形質遺伝子座、QTL)の解析を進めている。現在までにマウスの血圧を支配するQTL7個を同定した(Bpq1~Bpq7)。さらに心拍を支配するQTL3個(Hrq1~3)、心臓重量を支配するQTL1個(Hwq1)を同定してきており、心臓血管系QTLの解析に近交系マウスの使用が有用であることを証明された。そこで私は左心室のサイズを支配する分子機構をphonotype-drivenアプローチにて解明するため、左心室重量QTL解析に必要な近交系マウスを選択し、選択した2種近交系間のF2子孫について左心室重量、血圧、心拍数の分布状態を検討した。

【方法】近交系マウスおよびその子孫マウスは動物資源センターにて繁殖され、10週令にて血圧・心拍、12週令にて左心室重量の測定を行った。血圧・心拍はマウスの尾部を用いた非観血式血圧測定機にて、連続5日間にわたり計100回以上の測定を行い、その平均を各個体の血圧とした。血圧測定後12週齡の時点で安楽死させ心臓を摘出し、実体顕微鏡下で左心室のみ分離し重量を測定し、体重で補正した(Left Ventricular Weight index)。組織学的な解析は分離した左心室をホルマリン固定しパラフィン包埋後、薄切した切片をヘマトキシレン.エオジンおよびマッソン染色した。

 

【結果と考察】

合計13系統の近交系マウスについて心臓血管形質を検査した。最も小さな左心室indexを示した系統がC3H/HeJ(C3H)であり最も高いindexを示したのがDBA/2J(DBA)であった。その他系統は前述した両系統間にて連続的な分布を示しLVWが多遺伝子に支配されている可能性が示唆された。DBA/2Jの左心室組織像は顕著な線維化等の異常所見は見られなかった。しかしながらDBAの左心室 indexはC3Hと比較すると2SDを大きく超える値であった。 この結果はC3HとDBA間の子孫を用いたQTL解析により左心室サイズを支配する遺伝子座の同定に可能であることが示唆された。そこでF1子孫を作成し左心室indexを計測した結果、C3H/HeJとDBA/2Jの両系統の中間に見られた。そこでF1個体同士の交配により150個体のF2子孫を作成し、左心室index、血圧、心拍を解析した。左心室indexを含め各形質とも量的形質に対する度数(個体数)のヒストグラムは正規分布を示した。
 以上より、左心室サイズは多遺伝子によって支配されており、かつC3H/HeJとDBA/2J子孫は左心室重量QTL解析に有用であることがわかった。

【今後の予定】心臓サイズと連鎖する遺伝子のゲノムワイドな探索を行う予定である。