つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 81     (C) 2003 筑波大学生物学類

発生・細胞分化に関わる遺伝子発現はいつ・どのような転写因子によって調節されているのか?

〜細胞性粘菌(Dictyostelium discoidium)の発生・分化を制御する転写因子遺伝子の解析〜

中野 雅史 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:田仲 可昌 (筑波大学 生物科学系)


導入

 細胞性粘菌の生活史は、単細胞生物として行動する時期(増殖期)と多細胞体制をとって発生分化する時期(発生分化期)に分かれており、この二つの状態は可逆的である。この半数体からなる多細胞体は、わずか2種類の細胞型(胞子と柄細胞)でのみ構成されているので、単細胞から多細胞への進化の背景にあるゲノムの進化と遺伝子システムを知る上で興味深い。

目的

 転写因子は遺伝子発現の制御という重要な役割を担っている調節因子であり、遺伝子の時間的・空間的制御を必須とする多細胞生物の発生において中心的な役割を果たしている。しかしながら、発生・細胞分化に関わる遺伝子発現がいつ・どのような転写因子によって調節されているのかは不明な点がおおい。

 本研究室ではこの細胞性粘菌のゲノム解析によって得られた転写因子候補遺伝子に注目してこの生物の発生をモデルとした多細胞体形成機構に関する研究が進行している。先行研究により、転写制御に関与すると考えられる約50個の遺伝子を粘菌のcDNAおよびゲノムデータベースから拾いだし、当研究室で開発されたPCRだけで遺伝子破壊用コンストラクトを作成する方法を用いて、すでにいくつかの破壊株が作製され、転写因子の多細胞体形成における遺伝子調節の詳細な解析が始まろうとしている。

 本研究では、得られた破壊株の発生過程や細胞分化パターンを詳細に調べ、破壊株が得られている転写因子候補遺伝子1つ1つについて、空間的・時間的発現プロファイルを明らかにし、このプロファイルが突然変異や実験操作による細胞分化過程の撹乱でどのような影響を受けるか調べ、発生・細胞分化に関わる遺伝子の発現がいつ・どのように調節されているのかを明らかにすることを目的とした。

実験方法

・各々の破壊株を飢餓状態におき、多細胞体形成過程を観察する。

・上記の観察を行った結果、表現型が野生株と変わらない破壊株には多細胞体に時間的・空間的に特異的に発現する以下に記した細胞型特異的な遺伝子(cell type specific marker)のプロモーター配列を持つlacZまたはgfpのマーカーコンストラクト(Neo耐性)をエレクトロポレーション法を用いて変異細胞に導入し、細胞の分化パターンの時間的変化を観察する。

プロモーター

発現場所

ecmA

prestalkA領域

ecmB

prestalkB領域

ecmO

prestalkO領域

ecmAO

prestalkAO領域

pspA

prespore領域

act15

多細胞全体

Current Opinion in Microbiology 2000,3;625-630より引用

現状〔2003.1.17現在〕

 細胞性粘菌の多細胞体形成過程を観察したところ、G-BOX binding factor(GBF)の破壊株以外ではマウンドでの発生停止のような劇的な表現型が見られ、正常な子実体を形成しなかった。しかし、例えばhomeobox-containing protein Wariaiの破壊株のような外見上、野生株と同様に発生するが予定柄細胞領域の割合が異なるなどの変異体が存在する株もあるので、引き続き、先行研究で得られた破壊株の表現型を観察を行う予定である。