つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 43     (C) 2003 筑波大学生物学類

サメ嗅細胞におけるアミノ酸応答

福原 聡子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:中谷  敬 (筑波大学 生物科学系)


T導入
 嗅細胞の生理機構の研究は脊椎動物では広く行われ、匂い物質に対するレセプターをもつ細胞、およびその細胞内でのシグナルトランスダクションはほぼ解明されている。
 しかし、サメを含む軟骨魚類の生理的研究は嗅覚をはじめほとんどなされていない。形態的な研究では、おもに電子顕微鏡による研究から、サメの嗅組織と脊椎動物の嗅組織とのあいだに構造的に違いがあることが示唆されている。そこで私たちは生理的な面からサメの嗅覚について研究すべく、嗅細胞に対しての構造的な研究と、アミノ酸に対する応答を電気的に記録、観察した。


U方法
材料はいずれもトラザメ(Scyliorhinus torazam)の成体(40〜50cm)を用いた
○構造的研究
ホルモアルデヒドによって固定した嗅上皮をパラフィンで包合、厚さ7μmの切片を切りマイヤーのヘマトキシリンとエオシンで染色したものを観察した
○電気生理的研究
低温麻酔後断頭して嗅上皮を取り出し、50mM、20mM、10mM、5mM、2mMのL-Glutamateで刺激し、その際発生する電位をEOG法で記録した。またGlycine、Arginine、Cysteinについても同様の方法で実験を行った。さらに揮発性のオドラントに関しても実験を行った。

V結果、考察

上の図をクリックすると拡大図がご覧になれます

1 サメ嗅上皮の切片

2 50mM Glutamateに対する嗅細胞群の応答


○構造的研究

図1はロゼット状になった嗅上皮の一部である。嗅上皮はロゼット状の構造を採用することにより表面積を増大し、匂い物質とのbinding効率を上げることに成功している。
また組織を観察すると、中央を神経線維の束が走っているのがわかる。表面に並ぶ細胞にはcilliaを持つものが観察され、microvillusのある細胞がその細胞の間に存在し、さらに支持細胞と続き嗅細胞の層構造を形作っている。
先行の嗅神経からの逆行染色(niikura)ではmicrovillusのある細胞が染色された。そのためトラザメの嗅上皮では、哺乳類がcilliaのある細胞で匂い物質を感知しているのとは異なり、microvillusのある細胞がレセプターを持っていると考えられる。


○電気生理的研究

図2に示したのは50mMのGlutamateに対する嗅細胞群の応答である。横軸には時間(s)を示してある。匂い刺激は2秒間与えた。
刺激を受けた細胞群は約9μVの電位変化を起こし、約1秒で回復に転じた。実験の結果、この反応は濃度依存的におこり、ほかのアミノ酸でも同様の性質がみられることがわかった。

一般に哺乳類ではアミノ酸に対する匂い応答は起こらない。アミノ酸を受容しているのは味覚である。しかしトラザメではアミノ酸を匂いとして受容することが明らかに示された。
一方、哺乳類が匂い反応をしめす揮発性のオドラントに関して行った実験では電位の変化が観察されなかった。つまりサメ嗅細胞ではオドラントは匂いとして感知しない可能性が示唆されたのだ。

これらのことからトラザメは哺乳類とはまったく違ったレセプター群を持っていると考えられる。

W今後の展望

○哺乳類では味覚として感知しているアミノ酸を嗅細胞で受容しているなら、サメは味覚では何を受容しているのか。
○硬骨魚の嗅覚との比較。類似点、相違点はあるのか。
○サメ嗅細胞は哺乳類と異なった性質をしめす。ではその生理機構、特に細胞内でのシグナルトランスダクションはどうなっているのか。