松尾 一平 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教官:山岡 裕一 (筑波大学 農林学系)
緒言
2001年9月、埼玉県児玉郡神川町で栽培されていたキク科の園芸植物、宿根アスター(Aster sp.)品種ホワイトクィーンに初めてさび病が発生した。夏胞子世代の形態的特徴から、本菌はColeosporium属さび菌の一種と考えられるが、種の同定には至っていない。本研究では、光学顕微鏡ならびに走査型電子顕微鏡を用いた形態観察によって本菌の同定を行うこと、および夏胞子の接種試験によりその寄生性を明らかにすることを目的とした。
材料および方法
形態観察では、2001年11月および2002年10月に埼玉県児玉郡神川町および児玉町で採集した宿根アスター上の夏胞子・冬胞子世代の標本2点を供試した。さらに、Aster属植物またはSolidago属植物を宿主とするColeosporium属さび菌の標本34点も供試した。光学顕微鏡を用いて夏胞子、冬胞子、担子器および担子胞子の形態観察と大きさの計測を行い、走査型電子顕微鏡を用いて夏胞子の表面構造の観察と、そのいぼの密度の計測を行った。
2001年11月に埼玉県児玉郡神川町で採集した本菌の夏胞子を接種源として、宿根アスターに加え、Solidago属植物およびC. asterumの夏胞子・冬胞子世代の宿主であるAster属植物とKalimeris属の8種を用いて接種試験を行った。また、本菌のほかに、イナカギク上のC. asterumおよびセイタカアワダチソウ(Solidago altissima)とアキノキリンソウ(S. virga-aurea var. asiatica)上のColeosporium属菌の夏胞子も接種源として、宿根アスターおよびその近縁植物に接種した。
宿根アスターの圃場におけるさび菌の発生状況、および圃場周辺に分布するAster属、Kalimeris属、Solidago属植物とその上のさび菌の発生状況を調査する目的で、2002年4月から12月にかけて計6回埼玉県児玉郡神川町周辺で現地調査を行った。
結果および考察
本菌の形態観察の結果は、Aster属およびSolidago属植物に寄生する日本産Coleosporium属菌3種の記載と共に表1に示した。Kaneko(1981)の日本産Coleosporium属菌のモノグラフの中にはこの種も含め、本菌の形態的特徴と一致する種はなかったが、担子器の基部の空細胞の存在と夏胞子表面のいぼの密度を除けばColeosporium sp. Sに最も類似していた。アキノキリンソウおよびセイタカアワダチソウ上のColeosporium属菌の標本を観察した結果、夏胞子および冬胞子の形態はColeosporium sp. Sより、むしろ宿根アスター上のColeosporium sp.と類似していた。
本菌の夏胞子を用いた接種試験ではSolidago属植物に感染したが、Aster属およびKalimeris属植物には感染しなかった。しかし、イナカギク上のC.
asterumおよびセイタカアワダチソウとアキノキリンソウ上のColeosporium属菌の夏胞子は宿根アスターに感染しなかった。
2002年、埼玉県児玉郡神川町の宿根アスターの圃場において、初めて宿根アスターの圃場でさび菌が発生したのは10月であった。周辺にはセイタカアワダチソウが繁茂しており、10月から12月の現地調査では、その葉上でColeosporium属さび菌の夏胞子および冬胞子を採集した。加えて、圃場から南東4kmに位置するアカマツ-ヤマツツジ群集において、アキノキリンソウ上でもColeosporium属さび菌の夏胞子が採集された。これらの夏胞子および冬胞子の形態は宿根アスター上のColeosporium sp.と類似した。
本研究から、宿根アスター上のColeosporium sp.は既知の日本産Coleosporium属菌の中に形態的に一致する種がなく、同定にはColeosporium sp. Sを含め近縁種とのさらに詳細な比較が必要である。また、本菌の夏胞子はSolidago属植物に寄生することが明らかとなり、圃場周辺のSolidago属植物に伝播することが考えられた。
表1Aster属およびSolidago属植物に寄生する日本産Coleosporium属菌の形態的比較 |
|
||||
形態的特徴 |
宿根アスター上の |
Coleosporium sp. S*.** |
C. asterum* |
C. pini-asteris* |
|
Coleosporium属菌 |
|
||||
夏胞子の大きさ(μm) |
17-31×16-22 |
20-34×16-24 |
20-32×14-24 |
20-34×16-24 |
|
夏胞子のいぼの密度(個数/100μu) |
56-132 |
28-40 |
25-45 |
25-35 |
|
冬胞子の大きさ(μm) |
62-90×16-26 |
50-93×25-35 |
45-90×19-30 |
49-110×16-25 |
|
担子器の大きさ(μm) |
50-80×20-24 |
61-100×21-33 |
45-98×18-30 |
52-82×17-25 |
|
担子器基部の空細胞の有無 |
あり |
なし |
なし |
あり |
|
担子胞子の大きさ(μm) |
22-26×12-16 |
21-30×13-18 |
16-24×14-21 |
17-22×15-18 |
|
担子胞子の形態 |
楕円形 |
楕円形 |
球形 |
球形 |
|
* Kameko(1981)の記載 |
|
|
|||
** Solidago属植物(セイタカアワダチソウおよびアキノキリンソウ)上に寄生するColeosporium属菌の1種であるが、 現在まで種名の決定に至っていないため、ここではColeosporium sp. Sと呼ぶ |
|
||||
|