つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 55     (C) 2003 筑波大学生物学類

フナムシ心臓に対するドーパミン効果の発生過程における変化

宮本 洋志 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 山岸  宏 (筑波大学 生物科学系)


<目的>
 甲殻類等脚目のフナムシ(Ligia exotica)の心臓拍動は、そのペースメーカーが幼体期に心筋から心臓神経節に転移することにより、筋原性から神経原性に転換する。このことは、神経性および液性の心臓調節機構が、標的であるペースメーカーの転移に伴って変化していることを示唆する。
 ドーパミンは十脚類の囲心腔器官から分泌される神経ホルモンの一種で、十脚類の心臓拍動に促進効果を及ぼすことが知られている。ドーパミンがフナムシ成体の神経原性心臓に促進性効果を生じることが報告されているが、幼体の筋原性心臓に対する効果については十分な解析は行われていない。そこで、フナムシの心臓拍動に対するドーパミンの効果が、発生過程のペースメーカー転移によってどのように変化するのかを調べた。

<材料と方法>
 孵化後0日から40日のフナムシ幼体および未成熟成体(体長約3〜5mm)を材料とした。実験には、腹甲と心臓以外の内臓および頭部を除去して、背甲に付着した状態の半摘出心臓標本を用いた。腹側を上にしてチェンバーに固定し、心筋にガラス管微小電極を刺入して細胞内記録を行った。誘導した信号は前置増幅器を介してオシロスコープでモニターし、同時にペンレコーダーおよびデータレコーダーで記録した。また、瞬時心拍計に接続し、心臓拍動(活動電位)の瞬時頻度(beats/min)を測定した。標本は常に生理的塩類溶液で灌流し、刺激はドーパミンを溶かした溶液(10-9〜10-4M)を30秒間灌流することによって行った。

<結果>
 ドーパミンはフナムシの心臓拍動に対して、初期幼体においては負の変時性効果を、後期幼体以後においては正の変時性効果をそれぞれ示した。前者では10-7M、後者では10-8Mから効果が現れ、いずれの場合もその大きさは濃度依存的に増大し、10-4Mで心拍頻度は、初期幼体では平均で約16%減少、後期幼体では約30%増加した。 また、ドーパミン投与によって、心筋活動電位のプラトー相が増大し、活動電位の持続時間が延長するのが観察された。

<考察>
 心臓拍動に対するドーパミンの効果が幼体期に変化することは、これがペースメーカー転移に伴うものであることを示唆する。すなわち、ドーパミンは心筋の自発活動に対しては負の変時性効果を、心臓神経節の自発活動に対しては正の変時性効果を示すと考えられる。また、ドーパミン投与によって心筋活動電位のプラトー相が増大したことから、ドーパミンは心筋の収縮に対して正の変力性効果をもたらしていると考えられる。