つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 91     (C) 2003 筑波大学生物学類

ストローマ細胞株を用いる造血系細胞の三次元培養

森田 美沙 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:大島 宣雄 (筑波大学 基礎医学系)


[緒言]
 白血病などの重篤な血液疾患を治療するための骨髄移植や臍帯血移植を効果的に行うためには、できるだけ多くの造血幹細胞を移植する必要がある。そのため、造血幹細細胞移植への応用を目的として、生体外の培養系において造血幹細胞を増幅するための研究が近年活発に行われている。しかし、これらの多くは単層培養によるものであり、三次元培養が造血幹細胞の増幅に及ぼす影響についてはあまり検討されていない。そこで本研究では、多孔質樹脂を担体とする三次元培養系において、造血系細胞を効率的に短期間で増幅できるシステムを構築することを目的として、ストローマ細胞株が造血系細胞の増幅に及ぼす効果について検討した。これらの実験において、ストローマ細胞株の培養期間や担体に固定化した状態で凍結保存したストローマ細胞株が造血系細胞の増幅に及ぼす影響について調べた。

[実験方法]
 ストローマ細胞は、マウス胎仔11日目の背側大動脈血管内皮細胞由来の細胞株であるDAS (dorsal aorta derived-stromal) 104-8 を用いた。また造血系細胞として、胎生14日目のマウスの胎仔肝臓細胞を使用した。培養には、ウシ血清は添加されているがサイトカインなどは加えないDMEM-H (high glucose Dulbecco’s modified Eagle’s medium) を用いた。三次元培養の担体として、一辺2mm の立方体状に細切した多孔質のpolyvinyl formal (PVF) 樹脂 (平均孔径130 mm) をコラーゲンコートして用い、細胞のPVF 樹脂への播種は遠心操作により行った。培養は、まずストローマ細胞株を担体に播種して3、7、10日間培養することによりストローマ層を形成したのち、マウス胎仔肝臓細胞を再播種してさらに2 週間週間培養した。一部の実験では、ストローマ層を形成したPVF 樹脂を担体ごと凍結保存しておき、解凍後に胎仔肝臓細胞を再播種した。培養細胞の解析については、DNA 測定法による細胞数の計測とフローサイトメトリー (FACS) による造血系細胞の解析を行った。なお対照として、骨髄細胞由来のストローマ層に胎仔肝臓細胞を再播種する実験を行った。

[結果および考察]
 まず、三次元培養系におけるDAS 104-8株の増殖能について検討したところ、DAS 104-8 株は三次元培養系において良好に増殖し、7〜10日でほぼ一定の細胞密度に達した。次に、ストローマ細胞層の培養期間が造血系細胞の増殖に及ぼす効果について調べた結果、7日間培養したDAS 104-8 細胞株に胎仔肝臓細胞を再播種した条件において最も高密度に細胞を維持することができ、このときの細胞密度は骨髄細胞由来のストローマ層を用いた場合よりもはるかに高かった。これらの実験において、造血前駆細胞の指標であるc-Kit 陽性細胞と造血幹細胞の指標であるCD34 陽性細胞は、ストローマ細胞株の培養日数に関係なく良好に増幅され、2週間の培養によりc-Kit 陽性細胞は約3倍、CD34 陽性細胞は約5倍に増幅された。これらの増幅効率は、骨髄細胞由来のストローマ層を用いた場合とほぼ同等の値であった。
 生体外での造血幹細胞の増幅に要する期間を短縮し得る試みとして、担体に固定化した状態で凍結保存したDAS 104-8 ストローマ細胞層を用いてマウス胎仔肝臓細胞の再播種実験を行った。その結果、凍結していないストローマ層を用いた場合には再播種後7日目を境に全細胞密度が減少したのに対して、凍結したストローマ層を用いた場合には再播種後7日目以降も細胞は高密度に維持されていた。また、造血系細胞の増幅効率については、c-Kit 陽性細胞は約20倍、CD34 陽性細胞は約35倍であり、凍結していないストローマ層や凍結した骨髄由来ストローマ層を用いた場合よりもはるかに良好な値が得られた。
 以上の結果から、DAS 104-8 細胞株は骨髄細胞由来ストローマ細胞と同等以上に造血系細胞の増幅を支持でき、しかも固定化凍結保存したDAS 104-8 細胞株を用いた場合には、凍結しないときに比べて造血系細胞の増幅効率が低下することなく、むしろ改善されることがわかった。従って、本研究で用いた三次元培養法を造血系細胞の効率的な体外増幅システムの構築に応用できる可能性が確かめられた。