つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 69     (C) 2003 筑波大学生物学類

放棄田におけるN2O fluxとそれに植物体が与える影響

八代 裕一郎 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:鞠子  茂 (筑波大学 生物科学系)


(背景と目的)

 現在、地球温暖化が深刻化していることから、その原因物質である温室効果ガスの生態系からの放出・吸収の定量化が求められている。温室効果ガスのうち主要なものは二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素(N2O)の三つであるが、亜酸化窒素(N2O)の研究例は乏しく生態系レベルでのN2O収支もよく分かっていない。N2Oは二酸化炭素の300倍程度の温室効果能を持ち成層圏でのオゾン層破壊の一因となっているため、生態系からのN2O収支を表すN2O fluxの定量化が急がれている。

N2Oは施肥の行われている農業生態系からの放出が大きい。各農業生態系をターゲットとした研究が始められているが、現在の日本で急増している放棄田の研究は非常に少ない。しかし放棄されて一年目の水田は乾燥化するだけでなく、稲や湿生植物に代わり陸生の植物の侵入が開始されるため土壌環境が劇的に変化し、N2O生成の主な原因である土壌微生物の種組成や生理的機能、そしてN2Oの生成量が変化する。これらの変化は土壌からのN2Oの拡散を促進しfluxを変化させると考えられるため、放棄田におけるN2Oflux研究は非常に重要である。実験系において植物の蒸散によりN2Oが土壌から輸送されることが報告されており、野外においても拡散だけでなく植物の蒸散によってN2Oが大気へ輸送されている可能性が示唆されている。したがって放棄田へ侵入してくる植物がN2O fluxに与える影響を明らかにすることが重要である。

そこで、本研究では放棄田においてのN2O fluxの季節変化を調査するとともに、野外において植物体がN2O fluxに与える影響を明らかにすることを目的とする。

 

(方法)

 つくば市にある放棄されてから一年目の水田を対象として、透明アクリルチャンバーを用いた循環型の密閉法で、N2O fluxを測定した。N2O fluxの日変化や季節変化を調査するとともに、植物の有無によってN2O fluxがどのように変化するかを調査した。また、放棄田の優占種であるセイタカアワダチソウ(Solidago altissima)について、実際に植物体からN2Oが放出されているかどうかを確かめるために調査を行った。

 

(結果と考察)

 一年目の放棄田は水田に比べて、大きなN2O放出fluxが確認された。放棄田におけるN2O放出fluxの季節変化は、春から徐々に大きくなり、秋に最大に達した。その後は冬に向けて減少して行った。日変化では植物を含む区画で昼のfluxが朝・夜に比べて大きかった。植物を含まない区画では、fluxの日変化は見られなかった。また、植物体を含む区画では含まない区画に比べてN2O放出fluxが有意に大きかった。そして、fluxと土壌水分との相関が見られ、植物体自身からのN2O放出も確認されたため、野外においても蒸散によるN2Oの輸送があることが推察される。

今後の課題として、N2O fluxを測定する際には植物体を通して放出されるN2Oを考慮することが重要である。植物体からのN2O放出量が土壌からのそれに対してどの程度の大きさなのかを明らかにするとともに、放棄田の土壌組成別に詳しくfluxを調査する必要がある。