つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 79     (C) 2003 筑波大学生物学類

細胞性粘菌Polysphondylium pallidum の枝分かれ構造の形成に関わる遺伝子の解析

与那覇 紘子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:田仲 可昌 (筑波大学 生物科学系)


<目的>

 多くの生物の体制には単純な形態の繰り返し構造が見られるが、細胞性粘菌Polysphondylium pallidum (以下P.p)の子実体も車軸上の規則的に繰り返した枝分かれ構造を持っている。さらにP.pの子実体は柄と胞子のわずか2種類の細胞からなり単純である。この生物で枝分かれ構造の形成機構を解析する事は、多くの生物に見られる繰り返し構造の獲得機構解明に何らかの知見をもたらすと期待される。繰り返し構造の獲得機構を解明する為には、挿入突然変異法により枝分かれに異常のある変異体を作製して、その表現型の原因となっている遺伝子を単離し、解析することが有効であると考えられる。細胞性粘菌ではREMI法(Restriction Enzyme Mediated Integration;適当な制限酵素で処理したプラスミドDNAを、同じ認識配列を持った制限酵素と共に細胞内に導入する方法)と呼ばれる挿入突然変異作製法が確立している。私が所属する研究室の先行研究で、REMI法を用いて枝分かれを形成しない突然変異体PPLIが得られた。この変異の原因遺伝子が枝分かれ構造の形成に重要だと思われ、先行研究でこの変異体ではゲノムDNAが長い領域にわたって欠失していることがわかっており、この欠失領域の中に原因遺伝子があると推察されている。本研究では、この変異株の原因遺伝子を明らかにし解析する為、まずは欠失領域の単離および配列決定を行い、その中に含まれる各ORFの破壊株を作製し原因遺伝子の同定を行う事にした。

 

<方法>

 欠失領域は、ベクター挿入部の両側からインバースPCRを行い、それを繰り返して最終的に全欠失領域を単離し、塩基配列を決定することにした。次に変異の原因遺伝子を同定する為には、欠失領域内に見つかったORFの破壊株作製し、形質転換体の表現型を観察する。PPLIの表現型に一致すれば、原因遺伝子であると考えられる。インバースPCRの手順を以下に示す。

(1) 既知領域の配列をプローブとして野生株でサザンブロット解析を行い(まず最初はP.p のベクター挿入部分をはさむ両側の配列)欠失領域の制限酵素地図を作成する。

(2) 得られた結果を参考にして、適当な制限酵素で野生株のゲノムDNAを処理し、環状化する。

(3) 既知領域でプライマーを設計し、対応する(2)のDNAを鋳型にPCRを行う。PCR産物を大腸菌でクローニングする。

(4) プラスミドDNAを抽出し、塩基配列を決定する。

(5) 配列決定を再び(3)から繰り返す。制限酵素地図内にインバースPCRに適した制限酵素部位が無くなったら再び(1)から繰り返す。

 

<結果・考察>

 約20kb(共同実験のデータを合わせると40kb)の領域をクローニングしたが全長を単離できず、当初の「長い領域が欠失している」という仮定に疑問が生じた。そこで、今まで単離した領域の配列(変異体の欠失領域内と思われる配列)内のプローブを用いて野生株と変異体でサザン解析を行ったところ、両方でバンドが検出された。この結果から変異株で欠失は起こっていないことがわかった。また、ベクター挿入部をはさんで、つまり欠失領域と非欠失領域にまたがる制限酵素のバンドが塩基配列決定の結果から予想される長さと一致しており、欠失領域を単離する段階での誤りではないこともわかった。しかし野生株と変異株のサザンブロット結果を比較すると、欠失領域と非欠失領域にまたがる制限酵素のバンドが一致しなかった。この原因として、「REMI法で変異体を作製した際、ベクターの片側あるいは両側に余計な断片も挿入された」という可能性が考えられる。

現在、原因遺伝子は挿入断片とその切断点付近にあると仮定しその領域の塩基配列の決定に取り組んでいる。

今後は、挿入部位の配列を調べ、ORFを明らかにし変異体でノザンブロット解析を行い、発現していないものについてはORF破壊株を作製し表現型の確認を行い、原因遺伝子を同定する予定である。