つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200406MM.

限りある地球を子孫に伝えていくために

水谷 守博(静岡県農業水産部こめ室)

 私は現在、静岡県庁の農業水産部こめ室に所属しています。「こめ室」といっても、「お米を貯蔵する部屋」ではなくて、基本的には水田農業に関する行政を担っているところです。その中でも私は、主に麦・大豆の生産振興と、菜の花資源循環システムに関する担当をしています。

 こめ室というわりには、米とは関係なさそうな仕事だなと思われた方も多いでしょうが、こめ室の中にはお米関係の仕事をやっているスタッフもいます。私は休耕田等を有効に活用した農業についての担当といったところです。菜の花もその休耕田等の遊休農地を活用した作物振興の一環ですが、農業の面からだけでは「菜の花資源循環システム」については説明できないので、環境・教育等を含めた広い視点で考えていただきたいと思います。

 この「菜の花資源循環システム」とは、下記の図にあるように、@休耕田等で菜の花を栽培し、A農業教育や環境教育の場として活用する、B収穫した実から搾られる菜種油を食用に利用する、C家庭等から廃食油を回収する、D廃食油を精製して軽油に代わるバイオディーゼル燃料に変換する、E自動車や農業用機械にバイオディーゼル燃料を利用し再び畑を耕して菜の花を栽培するという、地域内で作った資源がその地域内で循環するような社会の確立(もちろん100%の循環型社会というのは不可能だと思いますが)を目指すシステムのことです。


出展:菜の花プロジェクトネットワーク資源循環サイクルの絵より

 この絵にある菜の花プロジェクトは、もともと滋賀県で琵琶湖の水質汚濁を解決しようと始まった廃食油の回収運動が、紆余曲折を経てこの資源循環型社会の推進というかたちになり、全国で活動が広がってきたものです。静岡県では、「菜の花資源循環システム」という名前でこの取組を推進しています。

 絵を見てもわかるように、いろいろな構成要素が集まって一つの大きな輪ができているわけですが、これら全体を一人(一団体)の力ですべてやるということは非常に難しいことです。現在活動しているグループの多くは、その地域の環境を守ろうという志を持つ同士が、自分の得意分野にて行動を起こし、互いに協力し合いながら大きな循環の輪をつくっています。

 自分たちの住む街だからこそ、損得勘定抜きで未来の子供たちへきれいな地域を残していきたい。そんな気持ちが集まってこのシステムが動いています。便利だから多少の犠牲は仕方ないという時代は終わり、もう一度、近所づきあいの面から考え直し、地域同士でまとまって、末永く人類が暮らしていくための地球環境というものについて考えていかなければならない時期が来ているのではないでしょうか?

 とはいったものの、やはり努力の結果が目に見えにくいと人間は「何も自分がやる必要はないだろう、誰かがやればいい」という考えに陥りがちです。不景気のなか、金にならないことを積極的に行うことは非常に大変です。受験勉強世代?で育った私には、小学校から高校までの間、地域の輪とか自分の地域の環境ことなど、考えたこともありませんでした。そんな私が言うのもなんですが、この菜の花を取り巻く循環型社会の構築については環境教育にも使える格好の題材でもあるのではないかと思います。実際に菜の花プロジェクトを環境教育の題材として活用している学校もあります。

 静岡県内でも、とある農業高校で菜の花資源循環システム全体を教材とした環境教育に取り組んでいます。菜種の栽培から収穫までを合わせて、菜の花資源循環システムを題材に循環型社会について学び、中でも菜種油の搾油と食用利用による食育、廃食油からのバイオディーゼル燃料精製と活用という授業の中で生徒が学んだことを、今度は生徒たち自ら先生役になって小学生に教えるという小学校連携事業を行っています。

 その小学校連携事業では高校生たちが、生き生きとした顔つきで小学生に授業をしているとともに、小学生は高校生という、お兄さんお姉さんという、先生より年齢の近い身近な存在からいろいろなことを教えてもらい、楽しそうに授業や実験などに取り組んでいました。日常と違うことをやった思い出は記憶に残りやすいのではないでしょうか。また、高校生にしても、自ら教えることで新たな疑問や興味が出てくるほか、人に教えるということは、そのことについて理解をしていることが必要で、己の自信にもつながっていくのではないかと思います。

 去る、4月17日には菜の花学会「楽会」inだいとう(正式な学会ではありませんが、楽しみながら環境についてみんなで学んでいこうというコンセプトで「楽会」という文字がついています。)を静岡県内で開催しました。そのシンポジウムの中の一幕に静岡県内外の高校生たちによる、菜の花に関する環境学習事例を発表するリレートークの場を設けました。

 そこで、高校生たちは学習したこと、それを踏まえて経験したことを紹介しつつ、これから自分たちの地域はどのように変わっていくべきか、どのように変えていきたいのかということについて、自らの考えを発表し、会場の聴衆者にこれらの地域の環境について、一緒に考えていきませんかと訴えかけました。自分たちのやっていることを素直な気持ちで正しいことと思い、誇りを持って発表している彼らの姿を見て、講演を聞きに来た大人たちが、高校生たちからいろいろなことを教えられているという印象が残っています。

 無限の地球ではなく、限りある地球で暮らしている以上、環境について考えていくのは必要不可欠なことだと思います。これからの次代を担う子供たちが、地域の将来について真剣に考え、地域は子供たちに負けることなく、ともに地域の未来を作っていくことで、たとえ子供たちが一時的にその地域を離れたとしても、またそこに戻って、次世代の子供たちと地域の未来を考えていけるような地域づくりが重要です。そのためには、もう一度地域の連携を見直し、農業・環境・教育等の広い分野でのつながりと協力が必要ではないでしょうか。

Communicated by Hiroshi Matsumoto, Received July 9, 2004.

©2004 筑波大学生物学類