つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200406MS.

培養細胞も提供中です

菅原 真由美(理化学研究所バイオリソースセンター 実験植物開発室)

 実験植物開発室は、マウス及びシロイヌナズナ等の動植物個体、ヒトおよび動植物の細胞株と遺伝子DNA等のバイオリソースを収集し、 高度な品質管理のもとで保存するとともに国内外の研究者にそれらのリソース及びその特性に関する情報を提供する事業を行う事を目的に設立された理化学研究所バイオリソースセンターのリソース基盤開発部の1部門で、植物種子、植物遺伝子材料、及び植物培養細胞の 収集、保存、検査、提供業務、生物遺伝資源の新規作成、有効利用するための技術開発を行っています。

 培養細胞は分化した植物の組織から得られます。組織を無菌的に切り出して適当なホルモン条件で培養すると、脱分化して培養細胞となります。適切な条件を整えれば、理論上は培養細胞の状態で半永久的に増殖し、1個の細胞から完全な個体を再生させる事が可能です。
1)均質な材料が得られやすい
2)維持、培養するのに場所を取らない
3)個体と異なり、材料を得るために必要な時間が短い
4)環境条件のコントロールが容易である
5)薬剤やその他の処理を均一に行いやすい
という特徴から、特定の遺伝子を導入した形質転換体を作出しての細胞生理学的研究や、有用な細胞のみを大量に培養する事による効率の良い色素や二次代謝産物の研究、生産に用いられています。

●細胞株の維持・保存

 平成8年度より理研ジーンバンク植物細胞開発銀行より提供をおこなっていた植物培養細胞は、現在、実験植物開発銀行から提供を行っています。当室で保存している細胞株数は32株で、うち、提供可能な株は30株です(平成16年6月現在)。シロイヌナズナだけではなく、イネ、タバコ、ヨウシュヤマゴボウ、ゴマなど様々な植物の培養細胞を保有しています。ほとんどの株は寒天培地での培養ですが、実際に使用する場合には懸濁培養の状態が多いと考えられる株と寒天培地での培養が難しい株は懸濁培養の状態です。すべての細胞株は環境をコントロールした培養室とチャンバーで培養され、継代によって維持されています。

実験植物開発室で保有している細胞株
植物名 株数
アスパラガス 4株
イネ 2株
キンセンカ 1株
ゴマ 3株
シロイヌナズナ 1株
スイカ 1株
タバコ 2株
ツルニチニチソウ 1株
トマト 1株
ニチニチソウ 2株
ニンジン 1株
ハッカ 1株
ヒャクニチソウ 1株
ブドウ 2株
ヘチマ 3株
ホウレンソウ 3株
ヨウシュヤマゴボウ 3株

●細胞株の提供・情報の提供

 細胞株の提供は、種子および遺伝子の提供と並ぶ主たる業務の一つです。ユーザーのリクエストに応じて細胞株を提供しています。平成15年度には20件ほどリクエストがありました。今年度も既に15件ほど提供を行っています。中でも特にリクエストが多い株はBY2(タバコ)、T87(シロイヌナズナ)で、この2株で細胞株全提供数の8割ほどを占めています。
 実験植物開発室での提供業務を開始して1年が経過し、幅広いユーザーからのリクエストが見られるようになってきました。当室からの提供を受けて、初めて培養細胞を取り扱う方もいらっしゃるようです。これに伴って培養や継代に関する問い合わせも増加しています。従来はメール等で個別に対応していましたが、作業や手法に関する事柄は実際に見たり体験していただけばより確実です。今後は、培養や維持についての初歩的な内容の研修を行なうことでノウハウや情報を提供し、将来的にはさらに応用的な内容の研修を行う事で、培養細胞を用いた研究に貢献できればと考えています。

●新規細胞株および細胞株保存法の開発

 現在シロイヌナズナ培養細胞系で良く用いられているのは野生種であるコロンビア種のT87ですが、個体を用いた系ではその他の野生種も使われています。個体の系での知見の深化のために同野生種の培養細胞系の確立は有効と考えられるので、シロイヌナズナ野生種の新規培養細胞系の作成を行っています。
 また、同室の個体を扱うチームと連携しての変異体の培養細胞系の作成に着手しています。個体では正常に発生、成長する事が不可能と思われる変異体でも、培養細胞系では増殖を続ける事が可能な場合があるのです。培養細胞系を確立する事ができれば、十分な材料を用いて研究を行う事が可能になるでしょう。


 細胞の保存、と言うと「凍結してしまえばよいのではないか」と思う方も多いと思います。残念ながら、植物細胞はその構造が原因で水の結晶化によるダメージが大きく凍結耐性が低いのです。従って現在は、すべての株をカルスまたは懸濁培養の状態で継代移植によって維持しています。人の手で取り扱っている以上、どんなに丁寧に取り扱ったとしてもコンタミネーションや培地の不備によって株が失われてしまうという危険性がありますし、培養機器の事故も起きないとも限りません。また、常に増殖させながら維持している事になりますから、長期培養による変異も避けられない問題です。という点では、形質の安定した材料の供給という目的に対して、継代培養のみによる維持は適当とは言えません。この事は培養細胞系が研究に使われた当初から懸念されており、凍結保存についての研究がなされていますが、実用的なプロトコルは確立されていません。リソースセンターに期待される役割を果たすためにも、今後も研究が必要とされる分野です。


 実験植物開発室では培養細胞の他にも遺伝子と種子も提供しています。
 遺伝子材料は、理研ゲノム科学総合研究センター(GSC) から寄託を受けたシロイヌナズナ完全長cDNAクローン(RAFL clone)をはじめとして、理研植物科学研究センターより寄託を受けたタバコBY-2培養細胞ESTクローン、基礎生物学研究所より寄託を受けたヒメツリガネゴケ完全長cDNAクローン、理研ジーンバンク植物細胞開発銀行が取り扱っていたクローンがあります。また種子は、GSC植物ゲノム機能情報研究グループより寄託を受けたトランスポゾンタグラインとBRCまたはGSC植物ゲノム機能情報研究グループにおいて作成したアクティベーションタグラインに加えて、宮城教育大の仙台シロイヌナズナ種子保存センター(SASSC)の事業を受け継ぎ、同センターが保有していたシロイヌナズナ野生株および近縁種の種子の提供も開始しました。平成16年1月現在、種子、遺伝子、培養細胞合わせて、保有するリソースは8万個を越えております。皆様の役に立つリソースが見つかるかもしれません。ご興味のある方は、是非一度サイトをご覧下さい。
 実験植物開発室サイト
http://www.brc.riken.go.jp/lab/epd/index.html

Communicated by Hiroshi Matsumoto, Received July 9, 2004.

©2004 筑波大学生物学類