つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200406SS.

農薬メーカーの研究業務に携わって感じること

白倉 伸一(バイエルクロップサイエンス)

 地球規模で環境問題が大きく取り上げられる中、農業環境、特に農薬の使用と安全性に対する評価は益々厳しくなり、その使用を最小限にとどめようとする世の中の動きは明らかである。この時代に、新たな農薬を生み出し世に送り出そうと日々職務に勤しむ自分の社会的使命とは何なのか、ふと頭を過ぎることがある。そんな時、自分には複数の顔があることに気づく。環境科学研究科を修了し少なからず環境問題に対して関心を有するにわか環境論者としての自分。食に人並み以上の関心をもった一消費者としての自分。農薬業界に身を置き会社の利益を追求する企業人としての自分。さらに、農薬という生理活性物質の探索を通して生物(植物)の多様性に興味を抱く研究者としての自分である。そして、いつも勝ち残る自分の顔は何か。言うまでも無く、企業人として会社の利益を考える自分である。サラリーマンである以上当然といえばそれまでだが、そこに自分なりに意味付けもしている。確かに、会社の利益は重要な要素だが、そこには、必ず「人々の食糧を供給するために厳しい自然(病害虫・雑草)と戦う農業生産者を少しでも重労働から開放し、高い生産性とより快適な作業環境を提供する」という必須付帯条件がある。勿論、消費者にとって毎日口にする食物には選択の余地があるようで無いのが現実であり、それだけに、農薬、GM作物を問わず食の安全は厳しく評価されるべきものであると思う。現在、いずれの農薬メーカーにとっても、生産者と消費者のどちらの立場・要求をも理解しこれを満たす農薬あるいは農業用製品の研究・開発は必須である。世界市場が約250億ドルと、さして大きくはなく大きな成長も望めないマーケットの中でしのぎをけずる農薬業界の現状は厳しいが、「筑波大学で生物学と環境科学を学んだからこそできること」を少しでも意識しながら仕事に従事できればと思う。

Communicated by Hiroshi Matsumoto, Received July 9, 2004.

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