つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200510JH.

特集:学園祭FDフォーラム

「FDフォーラム」に参加して:究極の授業評価と教育改革

林  純一(筑波大学 生命環境科学研究科)

 双峰祭が始まった平成17年10月8日、全学学類・専門学群代表者会議、教育課程専門委員会(委員長:荒川万利恵)が学園祭企画として主催した「FDフォーラム」に、学群教育室長の立場から参加させていただいた。一般参加者の数は少なかったが、さまざまな視点から学生と真剣な討論をする大変よい機会に恵まれ、この分野で最先端を走る生物学類にとっても、大学全体にとっても今後の取り組みの参考となる建設的なフォーラムであった。そこで今回のフォーラムの論点を個人的に総括してみた。

1:教育改善の一つとしての授業改善

 大学教育の最も大きな魅力は卒業研究である。高校までは既存の知識の中から決められた内容を正確に理解することが最も大切な教育目標であった。しかし筑波大学のような大学院大学では、興味ある学問分野の決定とその分野における「問題発見・問題解決型学力」の養成、つまりまだ誰も発見していない問題を研究テーマに決め、それをいかに解決できるかが重要になる。そういう意味では筑波大学教員に求められているのは、いかにして質の高い卒業研究を学生に提供し適切に遂行させることができるかという点に集約される。したがって、教育改善の最重要課題は、いかにして優れた研究ができる人材を教員として採用し、その教員を育成するかにかかってくる(1)。

 4年生や大学院生になるとこのことを認識できるようになるが、高校を卒業したばかりの1年生にはまだ無理である。確かに、授業は予備校の教師の方が分かりやすい。当然である。なぜなら筑波大学では予備校のように授業のやり方の善し悪しを基準にして教員を採用したり、教員を評価したりしていないからである。しかし、1年生にしてみれば授業改善をしてほしいという要求はあって当然だろう。彼等の勉強の意欲を削ぐことなく、逆に彼等の好奇心を刺激して卒業研究の入り口まで誘導することもやはり大切なのである。研究業績が評価されて採用された教員に対し、きちんとした授業ができるように教育するのは学生の役目でもある。そしてそのための一つの手段が学生による授業評価ということになる。

2:授業評価のためのTWINSの威力:労力や経費の節約と匿名性

 学生による授業評価を教員の教育評価の一つにしようという考えは、大学院大学には全く馴染まない。授業評価は教員の授業改善(FD)につなげるべきで、そのためには点数式ではなく記述式、つまりその授業の評価すべき点と改善すべき点を記入してもらうことがポイントとなる。紙媒体の場合、この記述を集計するのに多大な労力と時間を要する。また筆跡が残るため匿名性確保に問題が残り、完全に自由な記述を期待することも難しい。これらの問題を一気に解決したのがTWINSを用いた電子回答である。

 電子回答の唯一の弱点は回答率で、紙媒体が9割を越すのに、2割の確保がやっとである。理由の第一は強制力がないという点にある。紙媒体の場合でも、授業中の記入ではなく、後日所定の場所に提出するような方式をとるとやはり回答率は悪くなる。しかし、強制して回答率を上げてもクオリティーの悪いジャンクコメントが増えるだけで意味がないという意見はフロアーからも出されていた。個人的な経験でいうと2割の回答率で十分に授業改善は可能である。

3:公表は必要か?

 TWINSの回答率の悪さの原因の一つに、評価した受講生に結果が公表されないことが学生から指摘された。その通りである。しかし、受講生に公表した場合のリスク、つまり個人情報の流出を考えるとこの問題は簡単に解決できそうもない。せめて、公表するしないの選択は当該教員の裁量に任せるべきではないだろうか。個人的には今後教員を採用する際、自分の授業評価の公表を積極的に進める点を採否の重要なポイントの一つにすべきではないかと思っている。

 ただし、宇都宮先生がこの議論の中で指摘されたように、生物学類は授業評価の結果を世間に完全公開している(2)。それにもかかわらず回答率は2割を越えていない。したがって評価結果を学生に公表しても回答率が格段に上昇するとは期待できそうもない。この問題に関する学生たちの意見を聞いているうちに、どうやら低回答率という問題の本質は他にあるらしいことが浮き彫りになってきた。

4:学生が授業評価したことの利益は何か?

 自分が受講したすべての授業に対する授業評価を完了するためには2-3時間はかかる。このようなコストに対する受講生のメリットが無いというのだ。確かに、授業評価による授業改善は次に学年の受講生が享受することになり自分には何もかえってこない。「物事に対して真摯な批判や評価をする能力は社会に出てからは特に重要だ」と説明しても分かってもらえるのは難しい。今すぐに自分の利益としてフィードバックがほしいのである。もっともなことである。

 学生のこのような「近視眼的要求」に答えるためには、自分の行った評価がすぐに自分の利益としてフィードバックされるようなシステムを構築しなければならない。TWINSはこの要求に見事に対応しつつある。それが生物学類で本格的実施が始まった「リアルタイムの双方向性授業評価」である。つまりその授業のすべてが終了してから、つまり学期が終わってから評価するのではなく、一回分の授業が終わる毎に評価するのである。そうすれば次の学年ではなく、次の週の授業に自分の利益として還元されることになる。

5:リアルタイム双方向性の意外な収穫

 生物学類で実施しているこのシステムは、「自分に還元される授業評価」という成果とは異なった思いもよらぬ別の成果を達成しつつあるようだ。授業評価としての機能以外に、授業で理解できなかった点を質問することで、担当教員からその回答を次の授業、またはTWINS上で得られることが期待できるのである。その結果、疑問点が解決しないまま次の授業が進んでいくという悪循環を避けることができる。運用次第によっては、これはもう評価というカテゴリーを越えた究極の授業形態かも知れない。

 もちろん、疑問点があればパソコンを通して聞くのではなく、直接担当教員に聞けばすむことなのである。その方がはるかに健全であり、教員と学生双方の信頼関係も構築されやすいはずである。しかし、学生達にそのような要求をしても、大勢の学生の前で質問して恥じをかきたくないという力が働いてしまい、疑問点はそのまま放置されがちである。TWINS上であればもう遠慮する必要は無い。個人的にはこのようなドライな関係が良いとは決して思わないが、このシステムで多くの学生たちの理解度が進むのであれば大変な収穫になるし教員のFDにも貢献できる。

6:今後の展望

 TWINSという“仏”に“魂”を入れるのは私たち教員と学生であり、その運用に私たちの英知が問われている。これまでは教員側から一方的に授業評価を学生に押し付けてきた傾向がある。今回の「FDフォーラム」では多くの学生からさまざまな意見が出されたことから、この事実をきちんと受け止め今後の授業評価のあり方に反映させていきたいと考えている。

 今年度は、共通科目の授業評価はTWINSを活用して実施されているが、各学群・学類の専門科目の授業評価は各々の教育組織の個性を十分に発揮できる方向で実施されている。したがって必ずしもすべての教育組織がTWINSを活用しているとは限らない。しかし、TWINSは年々進化を遂げ、画一な授業評価ではなく、各学類の個性に応じたさまざまなオプションが可能にっている。紙を使って授業評価していると笑われる時代がもうすぐそこまで来ている。

 われわれはもはや授業評価“ごとき”に労力を使うべきではない。今後の持続性も考えると授業評価はTWINSにまかせ、もっと別の教育改革(1)にわれわれの英知を結集すべきではないだろうか。

参考文献
  1. 林 純一 生物学類の新たな挑戦 筑波フォーラム 70:22-28, 2005
  2. 林 純一 教育改革の実験 つくば生物ジャーナル 3:320-321, 2004
Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received October 12, 2005. Revised version received October 14, 2005.

©2005 筑波大学生物学類