つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200503JH.

特集:卒業

平成16年度卒業式、生物学類卒業生への祝辞

林  純一(筑波大学 生命環境科学研究科、生物学類長)

 81名の生物学類卒業生の皆様、卒業おめでとう。私たちが提供したカリキュラムを途中で投げ出さず、きちんとけじめを付けこの場にいることに対し心から敬意を表したい。

 生物学類は例年、全学でもトップクラスの「満足度」と「卒業率」を誇っている。生物学類の満足度や卒業率が常に全学のトップクラスであり続けることは、まさに皆さんの努力のたまもので、生物学類担当教職員にとって、また生物学類のカリキュラムの評価としても大変名誉なことは言うまでもない。また生物学類生の80%以上は大学院への進学者であり、やはり全学で最も高い進学率を誇っている。進学によってプロの研究者を目指すだけでなく、場合によっては自分をゆっくり見つめ直す時間に使うこともできる。しかし、進学者といえども2年後、又は5年後には社会に出ることになる。

 社会に出ると、これまでのような教育組織にはない激しい生存競争に身をさらすことになる。そこにはびっくりするような「非情な原理」が存在している。これまで家庭や学校で重要視されてきた「平等の原則」は時として、とりわけ権力や金の前には全く力を持たない場面に必ず遭遇するはずである。道理ではなく、理不尽なことがまかり通る世界である。またこれまでのように何が正解で、何が正しくないかという明確な線引き、善悪の線引きは存在せず、市場原理のみが一人歩きしている。このことにはしなやかに対応していただきたい。

 社会に出ると、これまで以上に思い通り行かないことに出くわす。逆境を乗り越える能力も社会では極めて重要となる。皆さんは1年間の卒業研究で何を学んだだろうか?おそらく、自分が予想した通りの結果が出ないという現実ではないだろうか。当然だろう。サイエンスの世界は失敗の繰り返しで、状況証拠から立てた作業仮説がことごとくはずれて残ったのは絶望だけという経験をしてもらうこと、そして絶望からいかにはい上がるかを鍛錬することこそ卒業研究の主たる目的だったのである。この経験は社会でもきっと役に立つはずである。

 ただし、そうはいっても仕事の内容に興味がなかったり、その分野の能力がないのに無理をすることだけは何としても避けたいものである。つまり、社会に出てからのもう一つの一番大きな問題は、自分が選んだ職業が自分の興味と能力にあっているかどうかと言うことである。生物学類生ならもう認識していることと思うが、ゲノム時代に入ったことで、遺伝子に関する研究の進歩は著しく、最近の多くの研究からわれわれの姿形はもちろんであるが、個性や能力の大部分も遺伝子によって決められていることが明らかになりつつある。たとえばノーベル賞学者や金メダリストのサルまねをして同じ教育やトレーニングを受けても、各自が持っている遺伝子が違う以上ほとんど役に立たない。つまりその成果は個人によって千差万別なのである。自分がもっている最も優れた遺伝子を有効に活用できる分野で、最も適切な教育を受けながら仕事をしていくことが理想である。問題はどの分野なら自分がもつ最も優れた遺伝子が活躍できるかである。自分が座っている運転席が飛行機なのか、電車なのか、車なのか、自転車なのか、船なのか?私たちにはわからない。もしかするとトラックの運転席に座っているのに重い荷物を運ばずに空を飛ぼうとしていないのか?肌が黒いのに無理して白くなろうとしていないだろうか?ここで言いたいのは自分の能力のある部分に重大な欠陥を見いだしても、みんなに遅れをとらないように無理してほしくないと言うことである。能力のほとんどは遺伝子に支配されている。この遺伝子の差はどうしようもなく、無い物ねだりしてもしょうがない。何があっても絶望せず、自然体で最大限の努力をした上で、その後は自分の遺伝子のせいにしていただきたい。

 今皆さんにお渡しした卒業証書は、皆さんが社会の中にあるさまざまなハードルから決して逃げずに、皆さん自身の英知を持ってクリアできることを証明しているのである。万が一自信をなくした時や漂流を始めた時は、是非この卒業式の原点に立ち返り、青春時代の自分の努力の結晶である生物学類卒業証書を眺め、もう一度自信を取り戻して出発し直してほしい。

 最後に一つお願いがある。生物学類の後輩のために、皆さんの人生の節目節目に「つくば生物ジャーナル」に原稿を寄せてほしい。皆さんが筑波大学生物学類卒業生として社会に出て、過去に生物学類で自らが受けた教育を振り返った時、「評価できる点」「改善すべき点」などがあればこのジャーナルに投稿してほしい。かつて、同じ筑波大学生物学類のカリキュラムを刷り込まれた先輩たちが、社会に出てから生物学類をどのように評価しているのか、在学生はもちろん私たちとしても是非知りたいところである。もちろん卒業生からのエッセイも大歓迎である。成功物語である必要は全くない。小さな感動、大きな挫折からの少しの回復なども投稿していただきたい。私たちはこのジャーナルをコアにして、生物学類担当教職員、生物学類生、退官教官、卒業生が一体となり、希望を胸に入学してきた生物学類新入生に充分な満足感を持って卒業してもらうことの助けになるよう最大限の努力していきたいと考えている。皆さんには卒業後も私たち生物学類との関係を断ち切ることなく、連携して生物学類の発展にも積極的に関与するようお願いすると同時に、教職員一同、皆さんの今後の活躍とますますの発展を心からお祈りしている。

Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received March 31, 2005. Revised version received April 13, 2005.

©2005 筑波大学生物学類