つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200503TH.

特集:卒業

生物学マニアのススメ

芳賀 拓真(生物学類 4年生)

マニアとは何たるか

 マニア [mania]
  @: 熱狂。熱中。夢中。
  A: 一つのことに異常に熱中する人。
 マニアック [maniac]
  一つのことに常軌を逸するほど熱中しているありさま。

 これは広辞苑からの引用である。
 読者の皆様は、「君はマニアだね」とか「君はマニアックだ」などということを言われたことがあるだろうか。もし、そのような経験をお持ちの方がいれば、その時どのように感じたであろうか。
 私は小学校の時から、私を形容する単語として「マニア」を引き合いに出されることが多かった。確かに軟体動物への執着と、解体屋で大地に返る寸前の車を引き取ってきて修理して乗るという性癖は、マニアの類であるといわれても否定はできない。だが、マニアと言われて決していい気分はしないのだ。それはたぶん、マニアという単語に極めて強いマイナスのイメージを感じるからであろう。「個性が強い」ということや「極度にアカデミック」というプラスの意味合いでマニアという形容を使うこともあるが、マイナスのイメージの前ではプラスの意味合いも霞んでしまう。
 前出の広辞苑において、マニアックという単語の使用例として「マニアックな会員が多い」という文例が記載されていた。この文例を他の単語で言い換えるならば、「常識外れの会員が多い」などとすると一般的なイメージにより適合するのではないだろうか。それだけ、これらのマニア、マニアックという単語にはマイナスのイメージが付きまとい、また同時にその単語で形容されてしまう人物は、やんわりと危険視される傾向があると思われる。それぞれの単語の解説のなかで示される、「異常」、「常軌を逸する」という表現は、マイナスのイメージを浮かび上がらせるに充分であろう。

マニアは有利である

 しかしながら、マニアはその「マニアックさ」を発揮する分野において、大きなポテンシャルを持っていると私は考えている。一般的なマイナスのイメージの影に隠れてしまうが故に、そのポテルシャルの価値は過小評価されているに違いない。マニアはマニアックさを発揮する分野に異常に熱中しているのであるから、知識が非常に豊富であろうし、注ぎ込む情熱も計り知れず、かつ負けず嫌いである。その熱中する分野においては他人の追随を許さない。いわば敵なしである。ある分野において多くの知識を身に付けており、実行力も備わっているのであるから、それだけ有利なのである。
 勉学や研究を進めるうえでもマニアは有利だろう。勉学に異常に熱中する。研究に異常に熱中する。それは興味の対象をより深く追求することを可能とし、学問を進めるのにおおきなプラスの財産となるに違いない。

マニアの分別

 学問の分野においても有利な条件をもつであろうマニアであるが、注意するべきことがあるのを忘れてはならない。あることに常軌を逸するほど熱中するのはよい。だが、あくまで常軌を逸する「ほど」であり、本当に常軌を逸してはならない。もし常軌を逸してしまったならば…あとは想像がつくだろう。常軌を逸してしまったからそこ、マイナスのイメージがもたらされるのである。
 ひとより多く獲得した知識は、マニアックさを発揮する分野「以外」の知識とあいまって、ようやく使うに耐える知識となる。専門分野外の知識と専門知識を統合することによって理解は深まり、ばらばらであった思考が有機的に繋がり、次々と新たな興味が湧いてくる。同時に、分野外の知識はマニアックな知識をより深く理解することの助けともなる。マニアックな知識だけを吸収したのでは、ごく狭い範囲からだけしか物事を議論できない、つまらないマニアに終わってしまうのである。専門分野外のさまざまな知識なくしてマニアは身を立てることはできない。
 今、自分は本当に常軌を逸していないか、物事の分別はつくか、周囲が見えているかを意識しつつ熱中すれば、マニアと呼ばれても何ら怖くはない。あなたは、ただ人より熱中し過ぎているだけなのだから。そしてなにより、同時に身を立てることのできる知識を備えているのだから。もはや、つまらないマニアに留まっているはずはないのだから。

生物学類のマニアたち

 生物学類生の多くは皆、少なからず隠れマニアであると私は感じる。私は生物学類のAC入試一期生として入学し、生物学徒として学んできたが、少なくともAC入試合格者は皆、個性が強くマニアックである。あるタクサ、もしくはある生物学分野において、抜きん出た知識と情熱を持っている学生が多い。いわば多くが生物学マニアである、といっても過言ではないと思う。
 つまり、身近にマニアが多数存在するわけであるが、彼らからは多くの刺激を受ける。その知識量、その情熱その実行力には驚嘆するべきものがあり、自らのモチベーションを強く刺激し、ますます努力しなくてはならないという衝動を駆り立ててくれる。互いの学習意欲を盛り立て、活発な議論を展開する素晴らしい機会を設けてくれるのである。こうした学類内の生物学マニア、もしくは隠れマニアたちは、キャンパスライフを活性化する良い刺激材料となっていることは間違いない。

生物学マニアのススメ

 筑波大学は、生物学マニアにとって好適な条件を具えている。実験カリキュラムは充実しているし、講義の幅も広い。加えて、先生方の士気も高い。さらには、キャンパスの周囲に各種の研究所が林立していることもおおきな強みである。学問に注ぐ情熱と実行力しだいで、興味の深淵へとアプローチすることが可能なのである。学内のみならず積極的に学外へも足を運ぶことで、新たな進路を開拓することができる。刺激的でマニアックな学友とともに4年間、情熱と実行力のおもむくまま切磋琢磨した暁には、他者の追随を許さない熱心な生物学徒として、実践と要求に耐える確かな知識を身に付けることができるだろう。筑波大とつくば市の恵まれた環境を生かし、興味の向くまま、勉強・研究生活に専念してみてはどうだろうか。

さいごに

 今、満開の桜を見下ろすことのできる国立科学博物館新宿分館の5階の院生室にて、この(過激な)文章を書いています。私が入学してから早や4年、あっという間に大学生活は終わってしまいました。年を追うごとに一年が過ぎるのが加速度的に早くなり、4年次の一年は僅か数ヶ月しか経っていないように感じられます。そして気が付いてみるともう修士課程。しかし、熱心で個性的な多くの学友とともに過ごした日々は鮮明に思い出されます。自主ゼミでの熱い議論、数日徹夜の実験などは勿論のこと、講義の代返が発覚した時のショックや飲み会でのハプニングなどは昨日のことに蘇ってきます。思い返せば私は小学校のときから軟体動物のことばかり考えていて、思考の中心は軟体動物という毎日でした。要は貝マニアです。しかしながら、学部で学んでさまざまな知識を吸収するにつれ、そしてさまざまな価値観をもつ学生や研究者に触れるにつれ、ひょっとしたらマニアは研究上でも有利なのではないか、単語から連想される評価に臆する必要はないのではないかと考えるようになりました。ある分野に熱中できることは研究上でも有利な材料だと思います。生物学類は自身の興味をより深く掘り下げることのできる環境が、ハード・ソフトの両面においてよく整備されています。なにもマニアになれ、と薦めているわけではありません。しかしながら、マニアックな興味をもっと突き詰めても悪くはない。マニアと呼ばれてもそれはそれで良いのではないでしょうか。恥ずかしがることは無い、いや、寧ろマニアは有利なはずです。情熱と実行力を前面に出して、時には激しく熱中して、自身の興味を深く追求していってください。ただ、自分の状況が把握できなくならないように、あくまで常軌を逸しない程度に、の話ですが…
 将来、生物学類を卒業した熱心な生物学徒が、各方面で中心となって活躍されることを期待して止みません。


深海調査 SALOMON 2 に参加したときのスナップ。左端が筆者。
積極的に活動すれば、時には思いもしない幸運に巡り会うことがある。

Communicated by Hiroaki Sugita, Received April 23, 2005.

©2005 筑波大学生物学類