つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200504SS.

特集:入学

新たに生物学類の学生となった皆さんへ

佐藤  忍(筑波大学 生命環境科学研究科、生物学類長)

生物学の時代

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。我々、生物学類の教職員一同は、皆さんを心から歓迎します。皆さんは、「生物学の時代」といわれる今、この学類の一員となりました。メンデルの遺伝法則が認められて1世紀、ワトソン・クリックによるDNA二重らせん構造の解明から半世紀が経った今、微生物をはじめとして人間やイネなどの高等生物のゲノム全塩基配列がほぼ解明されたのです。このような時代が来ることを、私はつい10年ほど前には夢にも想像しませんでした。この技術革新によってもたらされた偉業により、生物学はポストゲノムと呼ばれる新しい時代を迎えています。つまり、ゲノムに書き込まれた「生命の設計図」を読み解くことに研究者たちが血道を上げる、何世紀に一度しか訪れないエキサイティングな生命科学研究が進行しているのです。皆さんを始め我々はこのタイミングにその現場に居合わすことができたのです。なんと幸運なことでしょう。

 このような研究の進展を受け、今や生物学・生命科学は時代の花形学問の一つとなり、新聞やテレビに生命科学に関連するニュースが毎日のように流れています。再生医療、狂牛病、遺伝子組み換え作物などの先端分野に加え、生物多様性や生態系にかかわる外来生物や地球温暖化なども大きな社会問題となっています。国際的にもカルタヘナ議定書、京都議定書を日本も批准し、その履行を迫られているのが現代社会です。このような生物学の知識を有していることが社会問題の正しい理解に必須である時代がやってこようとは、私が学生の頃には思いもよりませんでした。かつて高校生の私が生物学科に進学したいと教師に申し出た時、親が呼ばれて将来どうするつもりか問われたなどということは、今の皆さんには想像もできないのではないでしょうか。当時、生物学は天皇陛下が御専門とされる学問、実社会から遠い学問だったのです。

生物学類の使命

 このような時代にあって、我々筑波大学生物学類では、どのような人材を養成しようとしているのでしょうか。全国の国立大学法人にあって筑波大学は、通常ならば理学部(筑波大学の自然学類)の一部である生物学科を独立させ、学部に相当する生物学類を有しています。専任の教員約50名、1学年約90名の学生を擁し、基礎的な生物学から、農学・医学との学際領域にわたる主専攻・コースにおいて、多様な生物学教育を展開しています。また、毎年卒業生の8〜9割が大学院へ進学する、大学院重点化を果たした筑波大学を代表するきわめて研究志向の高い学類です。このような生物学類では、以下の2つの目標を掲げています。

 まず第1は、生命科学の先端研究に従事する研究者の養成です。本学の生命科学系の大学院に進学し、4年次の卒業研究を発展させ、あるいは新たな研究テーマに挑戦して修士さらには博士の学位を取得した後に、様々な大学や研究機関、企業の研究所において生命科学の研究の最前線を切り開いていってもらいたいと思っています。そして、いつかは本学の生物学類において後輩の指導と育成に当たって欲しいと思います。

 第2には、生物学・生き物のすばらしさを社会に伝える人材の養成です。筑波大学は東京教育大学の伝統を引き継いでいます。最先端の研究に従事する一方、中学校・高等学校の生物学の教師として生物学教育に携わる人材の養成も重視しています。現代生物学は日進月歩です。絶えず進化していく生物学を理解しその感動を生徒に伝えることのできる教師の養成が必要です。また、先端研究の内容を一般市民にわかりやすく伝えることのできる人材、つまりサイエンスライターやサイエンスコミュニケーター、博物館学芸員などの養成も重要です。これらの人材は、コミュニケーション能力に長けていると同時に高度な専門性を備えていなければなりません。学類のみならず大学院を通しての一貫した教育課程が必要なゆえんです。

 これらの人材を養成するために、我々生物学類の教員はできる限り最高の教育プログラムを提供するように努力しています。TWINSを活用した授業評価・アンケートを毎学期実施し、学生の声に教員が即座に答えるコーナーを用意して、学生と教員の間のコミュニケーションを重視しています。そして何よりも、筑波大学生物学類の出身者としての「誇り」を持った学生を育てたいと切望しているのです。

学生たれ!

 そこで皆さんにも努力をしていただきたいと思います。せっかく大変な受験勉強を乗り切り、今こそ大好きな生物学の勉強を思いっきりやりたいと思っている皆さんに、立派な大学生として以下の3点を心がけて欲しいと思います。

1)学問をせよ。高校までやってきた勉強とは違います。今までの勉強では、教科書や教師の言うことにいちいち疑問を抱いていては始まりませんでした。そういった過程は必要です。しかし、大学生となった今、教員の言葉や教科書を鵜呑みにせず、なぜそのようになるのか、その根拠は何なのかを考えることが重要です。現代生物学は生ものです。1年前の常識は今通用しないかもしれません。自分で専門書をひもとき、考え、教員にぶつける、これこそが学問です。

2)自己主張をせよ。自分勝手なことを主張せよと言っているのではありません。私もそうですが、日本人はプレゼンテーションが苦手です。英語が苦手だから国際学会での発表や論文がうまくないだけではありません。普段から、物事を論理的に考え、それを人に分かり易く説明する、また人の話に対して的確な質問や意見を述べる、そのような訓練が不足しているのです。そのためにはまず自分の考えを持たなければなりません。そのうえで、自分の考えを論理的に説明し、主張する能力を磨きましょう。

3)社会人たれ。多くの皆さんは、親の庇護から離れて学生宿舎やアパートに入っていることと思います。社会にも注意を払わなければ生きていくこともままなりません。先にも述べたように、現代社会には生命科学に関連する社会問題がたくさんあります。生物学を最高学府である大学で学んでいる皆さんは、メディアを通してそれらの諸問題に対して見識を深め、自分としての考えを持っていなければなりません。また、大学という教育機関の最高峰に属する皆さんは、教育に関する諸問題にも注意を払う必要があります。国立大学は1年前に法人化されました。この歴史的大変革によって、大学教育はどうなっていくのでしょうか。基礎学問が軽視されるようなことが起きないでしょうか。また、中学生や高校生の理科離れや教科内容の問題はどうなっていくのでしょうか。大学において生物学を学ぶ皆さんは、少なくともこれらの生命科学や学校教育に関連する社会問題に対して、絶えず注意を払い、自分としての考えを醸造していきましょう。

 以上の3点を実行する人は立派な「学生」です。今日から皆さんは自分達のことを生徒などと呼ばず、学生と呼んでください。そして、筑波大学生物学類で生物学を学んでいる学生として、自覚と誇りをもち、受け身ではない主体的な存在となってください。

世界に誇れる生物学類を目指して

 大学における教員の役割は、教育と研究です。皆さんと授業やセミナーで顔を合わせている教員は、研究室に帰れば大学院生達と協力して各々の研究分野で最先端の研究にしのぎを削っているのです。世界の研究者を相手に、よりインパクトのある、より新しい科学的事実を発見しようと日々努力しています。そのような先端研究に従事しているからこそ、その分野の最新の情報を収集し、皆さんに最高の教育を提供できるのです。大学が教育機関であると同時に研究機関であるゆえんです。大学の評価は、どれだけインパクトのある研究成果を世界に向けて発信しているかで決まります。皆さんはまだ直接その研究の最前線に参加しているわけではありません。しかし、学生としての自覚を持って学問を追究する皆さんは、すでにその一員です。皆さんの存在が大学を支えています。我々教員と学生が一体となって共に世界に誇れる筑波大学生物学類を作っていきましょう。皆さんの活躍に心から期待しています。

Contributed by Shinobu Satoh, Received April 19, 2005.

©2005 筑波大学生物学類