つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200506KI1.

特集:下田臨海実験センター

下田臨海実験センターの紹介とこれからの課題

稲葉 一男(筑波大学 下田臨海実験センター長)

 筑波大学下田臨海実験センターは、つくばからは大分離れた伊豆半島の南端にあり、文字通り海のすぐそばで海洋生物についての研究と教育を行なうところです。生物学類では、現在、細胞生物学臨海実習、動物系統分類臨海実習、植物臨海実習、生態学臨海実習、発生学臨海実習、生物学臨海実習、生理学臨海実習と、多くの臨海実習が下田で行なわれますので、一度はセンターに訪れたことがある方も多いことでしょう。目の前には鍋田(なべた)湾が広がり、海岸線を歩くだけでいろいろな海の生き物を目にすることができます。センターでは、海から海水をポンプでくみ上げており、実験に使う生物をたえず水槽室や実験室で飼うことができます。また研究調査船、ウエットスーツやダイビングといった潜水具等、海洋生物の採集や調査を行なう設備に関しては我が国でも有数であると言えます。

 1886年にイタリアナポリ臨海実験所に次いで世界で二番目の臨海実験所が東京大学の附属として神奈川県三崎町に設置されてから120年近くが経とうとしています。臨海実験所が基礎的な生物学の教育研究に必須であることが認識されると、その後多くの大学に臨海実験所が付設されるようになりました。下田臨海実験センターの歴史を遡りますと、1933年に下田町(当時)のご好意により筑波大学の前身である東京文理科大学に約18,200m2の土地が寄付され、そこに理学部附属臨海実験所が誕生したのがそもそもの始まりです。我が国には19の国立大学理学系の臨海実験所がありますが、下田臨海実験センターは日本で6番目にできた歴史ある臨海実験施設という事になります。その後の学制の変化により、東京教育大学理学部附属臨海実験所にかわり、1976年に筑波大学下田臨海実験センターに改称され、現在に至っています。

 センターには2つの研究棟の他、宿泊棟、実習棟、海洋観測準備棟などがあり、さまざまな研究、実習が行なわれています。また、研究調査船「つくば」(18トン、定員30名)と、3艘の研究実習船があります。これらの船はセンターに欠かすことができないもので、生物調査や採集、実習におけるプランクトン採集やドレッジ、あるいは筏で飼育している研究材料の飼育や維持などに頻繁に使われています。センター所属の教員は、海産生物を用いて、ゲノム、タンパク質、細胞、受精、発生、行動、個体間相互作用、生態と、ミクロからマクロまで幅広い分野の研究を行っています。現在3名の教員が所属していますが、それぞれの指導下で、卒業研究で学類生が、大学院研究で生命環境科学研究科の大学院生や研究生が常駐して研究に励んでいます。この他、他大学から委託で教員の研究の関連分野の大学院生が、センターにほぼ常駐して研究しています。センターには、事務業務を行なう職員、生物の採集・飼育や潜水、船の運航、敷地・施設整備を行なう技術職員、宿舎の賄い職員など、センターの様々な業務を行なっている職員がいます。センター所属の学生・院生は、こうした職員と毎日接しながら活動しています。時々、センター全体でパーティーやレクレーションを開くなど、アットホームな雰囲気で研究教育活動を行っています。

 センターには数多くの研究者や学生が訪れ、利用者の年間延べ人数は7,000人を越えます。宿泊棟には、常駐の研究者や院生、学生の他、臨海実習、外来研究者、海外からの研究者が宿泊していますが、こうした研究者と宿舎で食事をする時などに貴重な話を聞く事ができ、研究の交流の場としてもセンターは大変重要な施設となっています。また、公開講座では全国の高校生が集い、修学旅行のような雰囲気になります。公開臨海実習では、全国の大学生・大学院生が集い、共通のテーマについて、実験し議論し合います。初対面でも一日で友達になってしまいます。地元との交流も多く、下田市主催の自然観察会や各種催し物への協力も行なっています。地元の漁師は毎日顔を合わせるお隣さんです。

 海洋生物学の歴史を振り返ると、分類学全盛期の時代がありました。この頃、多くの新種、珍種が臨海実験施設で発見されました。海外の多くの著名な研究者も、日本の恵まれた海洋環境に魅せられ、臨海実験施設に訪問しています。また、細胞生物学や神経生理学の分野でも、海産生物を用いた研究がブレークスルーになった例が多くあります。下田で行なわれた、渡邊浩名誉教授らの群体ボヤの研究や関口晃一名誉教授らによるカブトガニの研究は、世界的にも有名です。国立大学も法人化され、大学が持っている附属施設に関しても大幅な見直しが迫られています。生命科学も変革し、ゲノム/ポストゲノムの時代に突入しました。また、環境破壊や生物多様性の損失が世界規模で危ぶまれています。こうした状況を受け、臨海施設も伝統や良さを保持しつつも、新たな方向性を開拓する必要があると感じています。この2年の間にセンターの教員が大きく入れ替わりました。センターの活性化を図る目的で、利用システムもいろいろと変更しつつあります。研究・教育面でもでも、基礎生物学教育、地域貢献、科学啓蒙活動の拠点としての役割を十分認識しつつ、ゲノム科学を見据えた海洋生物に関する最先端の生命科学を推進すると同時に、分子や実験科学を積極的に導入した行動学や生態学などのフィールド科学を今後進めて行きたいと考えています。

Contributed by Kazuo Inaba, Received June 24, 2005.

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