つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200509JH.

書評:「日本人研究者が間違えやすい英語科学論文の正しい書き方」*を読んで

林  純一(筑波大学 生命環境科学研究科)

 生物学類の教育目標は国際的に通用する生物学の研究者と教育者の養成である。ここでいう教育者とは学校の先生だけではなく、社会に対する生物学の教育者・啓蒙者、つまり科学ジャーナリストも含んでいる。生物学類生が国際派を目指すのであれば、国際語としての地位を確立した英語の習得が必須となるのは当然で、生物学類では佐藤学類長のもと、大学院研究科とも連携をとりながら英語のコミュニケーション能力を育成するためさまざまな取組が展開中である。

 さて今回、タイトルにある本の書評を書いたのは、生物学類生が生物学の研究者になるためにどうしても身につけなければならない英語運用能力の一つに「英会話」だけでなく、英語で「科学論文」を書く能力もあげられるからである。もちろんその前に日本語で科学論文を書くことの方が先だと思われるかも知れないが、その必要はない。日本語で科学論文を書いてそれを英語に翻訳する能力を養うのではなく、直接英語で科学論文を書くことの方がはるかに重要なのである。

 残念ながら、生物学類のカリキュラムの中に英語で書かれた科学論文を“読む”ことができるようにする授業はあっても、英語で科学論文を“書く”ことができるようにする授業はない。その理由は簡単で、まる1年程度の卒業研究の成果が直ちに論文にできるほど研究はあまくはないからである。4年間の学類教育ではとても英語で科学論文を書くステージまで到達しない。それより英語で書かれた科学論文をできるだけたくさん読むことで、自分の研究に必要な情報を十分に手に入れ、それを自分の研究に反映させることの方が重要なのである。

 したがって、この本はむしろ大学院生が学位を取得する際に必要なのかも知れない。しかし、生物学類生といえども、卒業後すぐにこのような「技術」が必要となることは理解しておいていただきたい。生物学類のように、学内進学率が高い教育組織では、進学先である大学院とも連携して6年一貫教育が可能である。もしそのような方向で教育改革を行うのであれば、その際英語で科学論文を書く能力の早期育成のために生物学類のカリキュラムに組み込むことも視野に入れるべきではないだろうか。余裕のある生物学類生は、大学院生と机を並べてこのカリキュラムを履修することができるようにするのである。

 さてそうなると、問題はどのような本をテキストとして用いるのかということになる。この本は十分にその資格を持っている。その理由は以下の3点の「特徴」に集約される。

(1)トップレベルの生物学研究者集団の中で,かつては自分も研究に従事し,その後もその研究者集団で生活してきた人が書いたこと。言い換えれば,明治維新で海外に派遣された人々による帰国レポート的な本ではないということ。

(2)著者が日本人の投稿前の論文原稿を7,000編も査読してきたことで,日本人の思考パターンを知っていること。

(3)この本によって,学術雑誌に論文を発表することがどれだけ大変なことかを生物学類生に知ってもらうことができること。巷に氾濫する本や雑誌の知識が如何に安易なものであるかも知ってほしい。

 個人的なことを告白すれば、筆者の大学・大学院時代はこの種の知識は全くなく、研究指導教官であった平林民雄先生にすべてお願いし、自分は研究にだけ専念していたのである。その必要性を感じたのは、学位を取得した後、埼玉県立がんセンター研究所に研究者として就職してからである。何をどうしたらよいのかわからなかった筆者に適切な助言をしていただいたのがこの本の翻訳者であった。その後も基本的には全て見よう見まねで現在に至っている。もちろんこのようなパターンは筆者に限ったことではなく、当時の日本人研究者、そしておそらく現在も多くの日本人研究者が同じような独学を強いられているように思う。では独学が可能ならこのような本は必要ないのだろうか?

 筆者が子どもの頃、テレビで見るプロ野球のスター選手であった王貞治や長島成雄や森昌彦のまねをしてバットを振ったりボールを投げたりしていた。しかし、このような独学ではなく、専門知識を持ったコーチから適切な指導を受けていれば野球の腕はもっとずっと磨かれていたに違いない。そう言う意味では、本書をコーチとして活用することによって、生物学の研究者に必要なきちんとした英語科学論文作成能力を“若いうち”に磨くことができる。

 ただ、この本を読んだ時、一つ残念に思ったことがある。本書で書かれているような「英語で科学論文を書く」能力に加え、海外の研究者とのコミュニケーションのためさまざまな種類の手紙を英語で書くことも必要なのに、その部分の記載がないのである。たとえば留学のための研究室選び、国際学会参加のための登録、共同研究の提案、研究材料の提供のお願い、論文の査読者としての対応などさまざまな場面が想定される。この部分の雛形もほしいと思っていたら、どうやらこの本と同じ著者による「英語の手紙」に関する姉妹本が2005年の11月下旬に出版されるという。その本のタイトルは「相手の心を動かす英文手紙とe-mailの効果的な書き方-- 理系研究者のための好感をもたれる表現の解説と例文集」で、これで完璧かも知れない。

* 日本人研究者が間違えやすい英語科学論文の正しい書き方(羊土社、2005年9月刊行)
Ann M. Korner 著、瀬野悍二(せの たけし) 訳・編、149ページ、2,730円(税込み)

Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received October 12, 2005. Revised version received October 21, 2005.

©2005 筑波大学生物学類