つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200509MS.

科学博物館に大学生ボランティアを

睦美ストーン

 科学博物館めぐりが好きだ。子供が生まれる前は,海外旅行の際に各都市の科学博物館や水族館を訪ねたものだし,子供が生まれてからは実用的な意味もかねてよく行く。欧米先進国の科学博物館に行くと,ボランティア(無料・有料)の解説員が随所にいてくれる。最近はどこも体験型,インターラクティブ型の展示があるが,こういったところには,必ず補助してくれる人がついている。

 日本はバブルの頃に各地で科学博物館が多数建設された。私の田舎(日本海側の人口5万人ほどの小都市)ですら,科学博物館が二つもある。しかしそういう博物館へいっても解説員はいない。受け付けには若くてきれいな女性が2人並んで座って,暇をもてあましているのに,展示コーナーにはゼロである。少なくとも受付のお姉さんを1人にするか廃止して(実質,何の活動もしていない。座っているだけだ),その人件費を解説員にまわしてほしいと抗議したくなる。

 週末に「xxx実験」のような催し物が開かれるときもあるが,平日は「展示しっぱなし」である。週末の「xxx実験」も幼稚園から小学校低学年対象の本当に「子供だまし」の内容であったりする。小学校高学年〜中学生向けや,大人も楽しめる内容があってもと思うが,大学のない地方都市では理科教師以外にそういう実験を扱える人自体も少ないし,また今の子供たちは学校の後,塾や学内・学外のクラブ活動,お稽古事で忙しくて,それどころではないのだろう。

 かくして巨額を投じて建設された科学博物館は,いくつかの大きな施設以外は,来館者もほとんどなく,建てっぱなしという状況になる。設備はピカピカでも,使わなければただの箱だ。欧米の博物館は古くて小さな博物館でも,いつも子供でにぎわっているように見えるのは私の気のせいだろうか。それも親が連れてくる小学生低学年でなく,学校帰りで立ち寄ったと思われる,高学年や中学生ぐらいの子供たちでにぎわっているのだ。日本では混みあうのは広く宣伝される「大恐竜展」など,春休みや夏休みの特別展示の時だけで,平日の博物館はがらがらだ。すいているのはうれしいが,常設展示もそれなりにお金と労力をかけて作られていて,内容も充実しているというのに,子供たちの興味を引けないのは悲しい。

 ワシントンDCのスミソニアン国立自然史博物館には,Insect Zooというムシ専用(昆虫以外もいる)の小さいコーナーがある。ここが恐竜展示よりもどこよりも私のお気に入りである。当地に住んでいたときにもよく行ったし,今もワシントンDCへ行く度にここへ行く。Insect Zooの目玉はhoney pot antだが,他にコオロギ,ゴキブリその他昆虫やクモ類が展示されている。この博物館の他の展示は標本や化石などの「死に物」だが,このコーナーは「生き物」展示である。honey pot antには蜜を貯蔵する役割の個体がいて,腹部がパンパンにふくれて巨大な蜜壷状態になっている。こんな腹部では動けず,この蜜壷個体は天井からぶらさがったままで,まさに「貯蔵壷」としてのみ生きている。初めてみるとかなりびっくりする形態で,さすが社会性昆虫と感動する。

 Insect Zooは常設展示で,特に催し物がなくても,いつも子供たちで一杯の人気コーナーだ。時には,おじいさん研究者(博物館所属の研究員)がこのコーナーの床に陣取り,体長20センチぐらいありそうなタランチェラをバケツに入れて持ってきて,手にもって見せて,お話ししてくれたりする。日本の科学博物館で,本物の科学者がでてきて子供たちのすぐ近くでお話ししてくれることはまずない。

 日本の科学博物館でのxx実験コーナーの担当者というと,なぜか「若いおねえさん」である。おねえさんが悪いとはいわないが,「子供向けだからおねえさん」という幼児番組的発想が見えてしまう。こういう役割は,ぜひとも退官した大学教授にやっていただきたい。子供だましでない,一流研究者の視点を子供に伝える絶好の場だ。筑波大学の教授陣も退官後はぜひ地方の科学博物館その他の施設でボランティア活動をしてほしい。「理科離れ対策」に机上の空論を戦わせるより,有用ではないだろうか。そういう意味で,芳賀和夫先生の退官後の「サイエンス・キッズ活動」をTJBで知り,非常に感銘を受けている(TJB 2002年9月号http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol1No1/index.html )。

 最近ウェブでみかけたニュースによると,上野の国立科学博物館の入館料が大学生は無料になるという(大学側が年会費を払った場合)。「タダにするから博物館へ行って勉強してね」と言われるのは,大学生側としてもなんだか情けなくないだろうか。そうではなく大学生にはぜひとも科学博物館で子供たちに体験型展示への参加を補助する役割を担ってほしい。それもただ各コーナーにじっと立っていて何か聞かれるのを待つだけの解説員でなく,来館者と積極的に話に行く解説員である。実際に科学を学んでいる大学生と直接会える機会は,小中高校生には貴重だ。無料ボランティアではなく,有料にするか,あるいは「単位」という形での見返りが大学生にあってもよい。最近は就職活動の際にも,ボランティア活動の経験が有利になるというが,子供たちとじかに触れ合うことで将来理科教師をめざす人には生きた教育実習の場になるし,研究者を目指す人も,素人にどうやって実験の面白さを説明するかの体験は無駄ではないだろう。こういうボランティアも,TJB 2005年5月号で武原信正氏が言うところの「サイエンスコミュニケ―ター」の一形態といえる(http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol4No5/index.html)。

 もちろんこれには博物館側の協力が必要で,そういうボランティア制度を導入してもらわねばならない。閑古鳥が鳴いている博物館では,当初は地元の小中学校・高校に頼んで子供たちを送り込んでもらう必要もあるだろう。教師との連携で,博物館が年に1回の遠足での立ち寄り所ではなく,定期的学習の場になれば理想的だ。学校帰りに博物館で大学生に宿題のわからないところを教えてもらったり,夏休み自由研究のアイデアを相談したり,という関係から,さらには大学生が大学で何を学んでいるのかを直接聞けるようになるまで発展すれば,子供たちにとって科学の現場がより身近になる。

 先日,あるテレビ番組で米国の科学博物館のボランティア活用法が紹介されていた。その博物館では,ボランティアに高校生が参加し,その体験から将来の進路を理科系にした,というエピソードも紹介されていた。大学がない地方都市でも,高校生はいるのだから,地方の博物館では高校生に解説ボランティアをやってもらうのも一案だ。こういった理科系大学生や理科系予備軍高校生の手で,「博物館の常設展示が楽しい」ことを,もっともっと広く知らしめて欲しい。そして日本各地で化石化している博物館をよみがえらせてほしい。

Communicated by Isao Inouye, Received June 3, 2005.

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