つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200607SS.

特集:大学説明会

ようこそ筑波大学生物学類へ

佐藤  忍(筑波大学 生命環境科学研究科、生物学類長)

 本日は大勢の皆さんに生物学類の説明会にお出でいただき、誠にありがとうございます。また、同伴のご父兄の皆様、ご引率の先生方も大変ご苦労様です。これから筑波大学生物学類の説明を進めてまいりますが、まずお手元のパンフレットをご覧ください。このパンフレットは、生物学類の学生が高校生に分かりやすい学類案内を目指して企画・制作したものです。皆さんが生物学類を理解するのに大いに役立つと思いますが、紙面も限られておりますし、本日の説明会も一日では限られた時間ですので説明も行き届きません。お帰り後、最後のページにでている「生物学類ホームページ」と「つくば生物ジャーナル」のURLにぜひアクセスして下さい。ホームページでは、生物学類で開講されている授業の内容(シラバス)や、研究内容などが紹介されている教員個人のホームページへのリンクが張られています。「つくば生物ジャーナル」は生物学類が発行しているオンライン月刊誌で、生物学類の最近の活動状況や教員や先輩からのメッセージが掲載されています。また、生物学類4年生全員の卒業研究のタイトルと要旨も載っていますので、ぜひご覧下さい。

 さて、現代は「生物学の時代」と言われています。私はその理由は二つあると思います。第一は、生物学の歴史からです。ご存知のように、約百年前、メンデルの遺伝法則が認められ、その後遺伝子の本体の解明が長い時間をかけて行われ、ついに約50年前にワトソン・クリックによってDNA二重らせん構造が解明されました。それでも、ゲノムに書き込まれた膨大な遺伝情報を全て読みとることは、火星に降り立つよりも難しいと長い間思われていましたが、技術の急速な進歩のおかげで、我々はついに今世紀になって、人間を初めとする多くの高等生物のゲノム全塩基配列を手に入れることができたのです。長い間生物学者が夢見た生物の設計図が手に入りました。それまでは設計図さえ手に入れば生命を理解することができると思っていたのですが、そんなに簡単なことではないことが分かってきました。今、ゲノムに書き込まれた情報をどう読み解くか、ポストゲノムと呼ばれる研究が活発に展開されています。生物学研究の大転換点です。皆さんは幸運にも、何世紀かに一度のエキサイティングな時代に遭遇できたのです。また、このゲノム情報は、かつては余り遺伝子とは関係ないと思われていた、系統分類学や生態学などの生物多様性分野の研究でも盛んに用いられるようになってきています。

 第二は、社会からの要請です。新聞やテレビを見ると、生物に関連するニュースが毎日のように流れています。鳥インフルエンザ、ES細胞、遺伝子組換え作物など分子生物学やバイオテクノロジーに関わる問題に加え、ブラックバスなどの特定外来生物の影響や地球温暖化による生物の生息可能域の変化など、生物多様性や生態系に関わる諸問題も大きな社会問題として取り上げられています。しかし、どれだけの人たちがこれらの報道の意味するところを正しく理解できているのでしょうか。ここにおいでの皆さんはご承知のように、これらの問題の正確な理解には生物学の知識が欠かせません。またそれに伴い、生物学の知識を有する人材、生物学研究を理解した人材が必要とされる職種も大きく広がってきています。生物学はまさに今社会から必要とされる学問となっているのです。

 そのような中、皆さんはどのようなきっかけで生物学を学びたい、生物学類に入学したいと思ったのでしょうか。子供の頃からの昆虫マニアや、教科書で学んだ遺伝法則や胚発生様式の美しさに魅了された人もいるでしょう。また、医学や農学のように初めから応用を目指すのではなく、生物学という基礎学問を学んだ上でその知識を社会に役立てたいと考えている人もいることでしょう。どの方も大歓迎です。皆さんは、とにかく大学で生物学を学び、生き物の神秘を追究してみたいという純粋な気持ちを胸に抱いていることと思います。その気持ちこそは、我々が最も大切にしているピュアーサイエンスの精神なのです。現代生物学の発展をもたらしてきた偉大な研究者達もこの精神をもって、生き物の不思議を追求してきました。皆さんもぜひ、筑波大学生物学類に入学し、我々とともに、生き物に対する飽くなき興味を追求し、生物学の魅力を存分に味わってください。そして我々とともに生物学の先端に立ってその開拓に参加してみませんか。我々一同は、そんな皆さんの入学を心よりお待ちしています。

 生物学類に入学すると、1〜3年次の講義や実験・実習を通して生命現象の本質を学びます。しかしこのような受け身の学問だけでは生物学の本質の半分しかマスターしたことになりません。生命現象の新たな真実を発見するプロセス、つまり「研究」に実際に従事してこそ本当の意味で生物学を学んだと言えるのです。そのため、生物学類では、4年次に卒業研究を行い、生物学研究の方法とその意味を学びます。研究に決まった答えはありません。それどころか、まず自分で問題を見つけ出すところから始め、その解決方法を模索し、得られた結果からまた新たな問題を設定する。この繰り返しが研究であり、これこそが科学の醍醐味です。その結果、新しい真実がつかめた時の喜びは何物にも変えられません。しかし、進歩の著しい現代生物学ではその修得に一年間は十分とは言えません。そこで生物学類では約8割の学生が大学院に進学して更に研究を深めます。このような理由から、生物学類では大学院進学を前提として教育をすすめています。

 我々は、そのような学生に、できれば大学教員となって学生達とともに先端生物学研究を牽引する人材となって欲しいと願っています。また、国公立の研究機関や民間企業の研究員となって、先端科学を発展させ、社会にその成果を役立てていって欲しいと願っています。一方、生物学の研究成果を正しく、分かりやすく世の中に伝えることも我々の重要な使命です。その意味で中学高校の教師、博物館の学芸員、サイエンスライターなどの人材養成も生物学類の大切な教育目標となっています。特に、学問の日々の進歩に対応して最先端の科学を分かりやすく生徒達に伝え、科学の楽しさを子供達に広める重要な役割をになう教師には、大学院において研究に従事した経験を有する学生にぜひなってもらいたいと考えています。このように生物学類では、生物学の知識を有するばかりではなく、生物学研究の意味を理解した職業人として、産業界も含めた幅広い分野で活躍できる人材の養成を目指しています。

 本日ここにおいでの皆さんは、高校1年生から3年生まで多様です。1年生は大学ってどんな所だろうと知りたくて参加されたのかもしれません。2年生、3年生は受験を視野に入れつつ、筑波大学生物学類の教育内容と受験のヒントを知りたいと思って参加された事でしょう。今日午前中は入試やカリキュラムの説明などのプログラムが、午後からは学生による学類生活の紹介と教員による研究紹介の様々なメニューが用意されています。皆さんそれぞれ、目的意識を持って今日一日を有意義に過ごして頂きたいと思います。積極的に質問をして、自分自身が知りたい情報を引き出して下さい。大学における先端研究の一端に触れ、自分が面白いと思える物を見つけてください。今日が皆さんにとって実り多いことを願ってやみません。そして、今日一日を大いに楽しんで下さい。

 
大学説明会 生物学類長挨拶

Contributed by Shinobu Satoh, Received July 28, 2006.

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