つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200704CC.

特集:入学

「縁」

千葉 親文 (筑波大学 生命環境科学研究科)

 ご入学おめでとうございます。という言葉ももう聞き飽きた頃でしょう。お祝いの言葉や説教を聴くより、今は新しい環境に早く慣れることに必死だと思います。いろいろな事で悩むことがあると思います。そんな時はいつでも相談に来てください。

 私も今年から初めて担任を経験します。オリエンテーション時の自己紹介でお話しましたように、私は高校3年生のとき生物学類の推薦入試を受け、みごとに落ちた側の人間です。生物学類に入れなかった私が生物学類生を指導することになるとは、何とも不思議な縁です。

 私は動物が大好きな子供でした。実家が農家でしたので、鶏も牛もいました。叱られると牛小屋に縛り付けられたりもしました(ものすごく怖かった)が、それでも生き物は大好きで、沢山の動物を飼いました。私が高校生のとき筑波大学生物学類を受験したいと思ったのは、その学際性にありました。私には、「一つの学問分野にとらわれることなく様々な学問分野を経験し、鳥瞰する立場から新たな発想に基づく新たな学問分野を自ら生み出したい」という思いがありました。その上、筑波大学生物学類の推薦入試は小論文と面接がメインで、過去の問題からそのポリシーが感じられ(思い込みだったかも知れませんが)、あこがれの大学でした。高校では他の大学には全く魅力を感じず、筑波大学生物学類、しかも推薦入試一本に絞って必死に勉強しました。しかし、実際の受験の際に出てきた問題に私は言葉を失いました。それは私にはどうしても受け入れがたいもので、残念ながら解答する気持ちにはなれませんでした(作成された先生方、すみません)。当然、不合格になりました。後で多くの人から、「答えられるものは答えて、まずは合格することが先決だ!」と叱られました。しかし、生物学類のポリシーにあこがれ理想に燃えていた私にとって、このような考え方はとても受け入れ難いものでした。私は今でもこの選択に後悔しておりません。

 筑波大学に失望し、その他の大学にも魅力を感じなかった私は、調理師になって自分の店を持とうと半ば決心しておりました。兄弟もおりましたし、親に経済的な負担をかけることもできないと思っていました。しかし、ある夜、喧嘩ばかりしていた父が酔っ払って帰ってきて、私の寝ている布団に入ってきてこんなことを言いました。「これまでがんばってきたんだから大学に行け。」「母親を心配させるな...グーグー..。」それで私は浪人することを決意しました。志望大学は、まずアンチ理学部、そして様々な学問分野に触れることができるところ、ということで選択し、教育大学に決めました。場所は、修学旅行で初めて訪れて感動した奈良がすぐに思い浮かびました。すなわち奈良教育大学で決まりでした。

 奈良教育大学に合格し、学生生活に入り、沢山の仲間ができました。一言で言って、これまでの人生の中で、この大学生活が最も充実しており、最も楽しかったです。まず入学して思ったことは、自分が最も苦手な分野にトライしてみたいということでした。そこで、演劇や音楽系のサークルに入ろうと思いました。そして、弦楽合奏のサークル(当時同好会)に入り、チェロ演奏に熱中することになりました。妻にもここで出会いました。妻はよくこんなことを言います。「きっと何かに結び付けられたのかもしれない。筑波大は落ちてよかったのよ」。大学ではサークルだけでなく、もちろん講義や実験・実習にも真剣に取り組みましたし、本も沢山読みました。しかし、何故か大学教員の研究内容には全く関心がなく、研究室へ足を運んだのは4年生の春のサークル合宿の後だったと思います。

 「何をしていた?」と、怪訝そうな顔で迎えてくれたのが、私の卒業研究を指導してくださった田崎健郎先生でした。この先生との出会いが、私の人生を今へ導いてくれたと言っても過言ではありません。当時私は、動物行動学の父とも呼ばれるローレンツに憧れ、行動生態学関連の本を読みあさっていました。そして、ヒューマンエソロジーや認知科学、文化人類学などに関心がありました。すなわち、ヒトの文化的活動の本質を生物学的に説明することに興味があったのです。しかし、卒業研究ではシャコ(すしネタ!?)の行動、そして様々な事情から修士課程でもシャコの胃袋(!?)と、およそヒトとはかけ離れた動物を扱うことになりました。私も最初のうちは、生意気にも「こんな研究が何の役に立つのか。しかも動物を殺して!」と、先生とよく口論をしました。しかし、この研究経験を通して、私は生命の驚異と人の無能さをいやというほど思い知りました。そして研究者とは、生物学とは、そしてその力がいかほどのものかを学びました。修士課程を出る頃にはかつての興味は失せ、この世界に魅了されておりました。この辺りの詳しい話(研究内容も含めて)は、私の担当する講義(動物生理学I)や実験・実習でお話しすることになると思います。

 その後、私は筑波大学大学院生物科学研究科博士課程3年次に編入学し、今度はイモリ(!?)の研究をすることになるのです。そして、博士を取得した後、筑波大学に助手として赴任し、講師を経て、昨年6月に准教授になりました。そして、今、皆さんの担任となりました。

 筑波大学生物学類に始まり、様々な経験を経てぐるり回って今また筑波大学生物学類(皆さんの前)にあることは、やはり縁としか言いようがありません。きっと皆さんも何かの縁で筑波大学に入学してこられたのですから、沢山の人たちと出会い、充実した大学生活を送ってください。

Contributed by Chikafumi Chiba, Received April 26, 2007.

©2007 筑波大学生物学類