つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200704KS.

特集:入学

若き旅人達へ

坂本 和一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

ラジオから懐かしい曲が流れていた。
曲は、「旅人よ」。歌うのは、加山雄三。
今の学生でこの歌手の名を知る人は少ないだろう。
60年代のヒット曲だ。

 その日、私は芽吹き始めたばかりのゆりの木通りを車で走っていた。新入生オリエンテーションの帰り道。例年のことだが、新入生を前にした私は、10代の若者の持つ、甘酸っぱいような無遠慮なパワーと気迫に圧倒されていた。。。勇気と弱気、希望と不安、そして若干の羨望を交えたちょっと複雑な気持ち。近頃は、さらに懐古が加わりつつもある。。。偶然流れてきた懐かしい曲の旋律に、私はしばし耳をそばだてていた。花曇りの空のような茫漠とした気持ちは、いつしか新鮮で心地よい疲労感に変わっていた。

 この曲がヒットした当時、私はイガグリ頭の中学生であった。大学生になるのは、それから6年後のことである。しかし、高校に進学しても、晴れて大学に進んでからも、この曲はいつしか自分の頭の中に棲みつくことになった。

 学生の頃、私は多くの旅をした。余分な飾りを一切控えた質素な旅である。多くの場合、往復の交通費と宿泊費、そして最低限の食事代だけをポケットに入れていた。その代わり、肩に食い込む程の重い荷物をいつも背負っていた。今思うと、あの荷物の中には一体何が詰まっていたのだろうか。。。友人と一緒のこともあったし、一人で旅することも多かった。アルバムを飾る写真には仲間同士の旅がふさわしいが、孤独な感傷に浸るには一人の方が都合が良い。秋深い奥白根山のテントの中で、霙まじりの雨の音を聞きながら、一人この歌を歌ったことがある。北海道の離れ小島を放浪した時にも、夜の浜辺に寝転んでこの歌を聴いた。八ヶ岳の岩場にへばりついていた時、下田の船の舳先で風に揺られた時、石打のゲレンデで満天の星に包まれた時。。。気がつくと、いつもこの曲を小さく口ずさんでいたように思う。孤独な時、不安に怯えた時、失恋した時、喜びに震えた時、悩んだ時、人と別れた時、失敗をおかした時、涙を流した時、、、。場所や状況は変わっても、この曲につつまれると私は柔らかく豊潤な気持ちになれた。自分にとってこの曲は、宣揚歌であると同時に一つの子守唄であったのかもしれない。

「♪ 草は枯れても、命果てるまで。
             君よ、夢を心に、若き旅人よ ♪」

 そうなのだ、君達は旅人なのだ。。。しかも、若き旅人である。あの頃の自分がそうであったように、この旅の主役は君たち自身に他ならない。。。人生の長い道程の中の、ほんの一瞬にだけ許された旅。自由という特権を持つと同時に、舵取りを任せられた責任のある旅でもある。希望を持つには不安に打ち勝たなければならない。成功をつかむにはリスクはつきものだ。どこに向かって、どんなルートを経て、どんな風に旅するかは、一人一人の思慮と判断に委ねられている。。。路に迷ったら、臆せず人に聞け。相談せよという意味である。どの路を選ぶかを決めるのは自分自身に他ならない。ただし相談するのは自由だ。人と交わり、自分を語り、他人の意見を聴け。そして吸収せよ。そんな時に頼りになるのは、友人であり、気の合う仲間であり、かつて同じ悩みを持った周囲の経験者である。途方に暮れたヒッチハイカーを、我々はいつでも目を細めながら見守っている。

 若き旅人よ、旅は始まった。。自然の中を、人の中を、学問の中を、、、旅をせよ。怖れていては進まない。思う方向に、自分の歩幅で歩き始めよ。
 4年間なんて、ほんの一瞬である。

Contributed by Kazuichi Sakamoto, Received April 24, 2007.

©2007 筑波大学生物学類