コケ植物(bryophyte)は陸上植物の中で最も原始的な植物群であり、蘚類(moss)、苔類(liverwort)、ツノゴケ類(hornwort)が含まれる。コケ植物とは系統的には初期に分かれた陸上植物の寄せ集めであり、単系統群ではない。しかし相互の関係や維管束植物との関係についてはよく分かっていない。 コケ植物の本体はシダ植物における前葉体と同じく単相(n)であり、卵や精子などの配偶子を形成する配偶体(gametophyte)である。配偶体の上で造卵器(archegonium)と造精器(antheridium)がつくられ、それぞれ卵細胞(egg cell)と2本鞭毛性の精子(sperm)が形成される。精子は卵細胞にたどり着いて受精し、複相(2n)の胚となる。胚は配偶体に寄生した状態で成長して胞子体(sporophyte)になる。胞子体は苔類では短命だが、蘚類やツノゴケ類では光合成を行い、比較的長命(数ヶ月以上)である。胞子体は胞子嚢(sporangium)を形成するが、コケ植物の胞子嚢はさく(capsule, sporangium, theca)とよばれる。さくの中で減数分裂が起こって胞子(spore)がつくられる。胞子は発芽して原糸体(protonema)とよばれる幼体を経て新たな配偶体になる。 コケ植物の配偶体は一般に小形で、小さいものでは1mm以下、大きなものでも80cm程度である。茎・葉の分化がみられる茎葉体(leafy gametophyte, foliose, cormus)のもの(蘚類と苔類の大部分)と、そのような分化がみられずに扁平に広がる葉状体(thallus)のもの(苔類の一部とツノゴケ類)がある。茎葉体の茎・葉とも単純なつくりであるが、蘚類では維管束に似た中心束(central strand)などある程度の組織の分化がみられることある。葉はふつう1層の細胞からなるが、蘚類では葉の中央が数層の細胞からなり、中肋(costa, nerve, midrib)を形成する。ゼニゴケ目(苔類)の葉状体は気室(air chamber)など組織分化がみられることがあるが、フタマタゴケ目(苔類)やツノゴケ類の葉状体には組織分化がほとんどみられない。配偶体には仮根(rhizoid)とよばれる構造があり、水分吸収や基質につなぎ止める働きを果たしている。水分吸収は仮根のみではなく、植物体全体から吸水する。植物体の表面にはクチクラ層が存在するが(維管束植物とは成分は異なる?)、維管束植物にくらべて発達は弱く、吸水・乾燥しやすい。コケ植物では乾燥すると葉などが縮んで仮死状態になり、水が得られると急速に元に戻る。配偶体の先端に分裂能をもった頂端細胞(apical cell)または分裂組織が存在し、頂端成長かつ無限成長を行う。コケ植物の配偶体はふつう多年生であるが、一年生の種もある。 配偶体には雌雄同株(monoecious, monoicous)のものと雌雄異株(dioecious, dioicous)のものがあり、コケ植物の中には雌雄異株の種の方がやや多いが、葉上生の種や葉状性苔類では雌雄同株の種が多い。雌雄異株のものではふつう雌雄は同形か雌性配偶体の方がやや大きい程度だが、蘚類の一部には雄性配偶体が極めて小さく、雌性配偶体の葉の上に仮根で固着しているものもある。このような雄性配偶体を矮雄(dwarf male)という。ふつう矮雄の精子は着生している雌性配偶体の卵と受精するが、この矮雄は着生している雌性配偶体起源の胞子に由来することが多いので、ここでは近親(親子)交配することになる。雌雄同株の種では、造精器・造卵器が同じ苞葉に中にできる雌雄共立同株(synoicous)、2つが離れた苞葉に包まれてできる独立雌雄同株(autoicous)、造卵器を包んだ苞葉のすぐ下に苞葉に包まれた造精器ができる並立雌雄同株(paroicous)、これら複数のタイプが混在する混合雌雄同株(heteroicous)がある。 配偶体には造卵器と造精器が形成される。これら生殖器は茎葉体では茎に頂生(acrogynous, acrocarpous)または葉腋に腋生(pleurocarpous)し、葉状体では植物体の表面にできる。蘚類と苔類ではこれら生殖器は外生だが、ツノゴケ類では配偶体に埋まっている(内生)。茎葉体のものでは造卵器や造精器は特殊な葉に包まれていることが多く、それらの葉をそれぞれ雌苞葉(perichaetial bract)、雄苞葉(perigonial bract)という。苔類ではこれに加えて造卵器を取り囲む花被(perianth)などが発達することがある。 造卵器は長い頸(頸部)をもったフラスコ形で、底の方(腹部)に1個の卵細胞が入っており、その上は腹溝細胞(ventral canal cell)と数個の頸溝細胞(neck canal cell)で栓がされている。頸の部分を形成する頸細胞はふつう6列(ときに4〜9列)にならぶ。造精器は球形〜楕円形で1層のジャケット細胞(jacket cell)で囲まれ、数細胞からなる柄(stalk)をもつ。造精器中では精子母細胞が分裂して2本鞭毛性の精子が多数形成され、外壁の頂端が破れて外に放出される。そのころには造卵器の腹溝細胞や頸溝細胞が分解して粘液状になり押し出され、走化性をもつ精子を引き寄せる。精子は雨水などを伝って卵にたどり着き、受精する。このようにコケ類は受精に水を必要とする。 受精卵は胚になり、胚は胞子体へと成長する。胞子体もふつう頂端に分裂細胞をもつが、ツノゴケ類では胞子体の基部に介在分裂組織がある。胞子体はいかなる側生器官もつけず、無分枝であり、頂端に1個の胞子嚢をつける。胞子体は基本的に足(foot)・さく柄(seta)・さく(胞子嚢)からなるが、蘚類の一部やツノゴケ類ではさく柄が発達しない。胞子体は足の部分で配偶体に埋まっており、栄養的に配偶体に依存している割合が大きいが、蘚類やツノゴケ類の胞子体は光合成を行い、気孔をもつ。蘚類やツノゴケ類の胞子体は長命で数ヶ月以上生存するが、苔類では短命であるため胞子体は希にしか見ることができない。卵を取り囲んでいた頸細胞は内皮膜(カリプトラ calyptra)として胞子体の基部を覆うが、蘚類では一部が伸張した胞子体の頂端に取り残されて帽(calyptra)になる。さくの中では胞子母細胞が減数分裂して胞子が形成されるが、苔類やツノゴケ類では弾糸(elaster)とよばれる胞子拡散のための乾湿運動をする複相の構造が同時に形成される。 胞子は発芽して原糸体になる。原糸体は糸状または葉状、塊状で、一般に蘚類のものは苔類やツノゴケ類のものよりもよく発達し、分枝する。原糸体の1カ所〜数カ所に芽ができて新しい配偶体へと成長する。原糸体はふつうすぐに消失するが、よく発達して長く残存し、代わりに本体がほとんど発達しない種もある。 コケ植物には無性芽(gemma, brood body)や不定芽(adventive bud)などによる栄養繁殖がふつうにみられる。無性芽の形は多様で1〜数細胞からなり、葉や茎の先端や葉腋、葉状体の背面や縁辺などにできる。ゼニゴケ(苔綱)の無性芽は杯状体(cupule)とよばれる特殊な構造の中につくられる。不定芽は母体の上につくられた小さな植物体であり、分離して新個体となる。ミズゴケ類(蘚綱)は有性生殖をまれにしか行わないが、不定芽による栄養繁殖を盛んに行うため大きな群落をつくる。栄養繁殖としてはほかにも仮根や二次的な原糸体、帽、生殖器、ちぎれた葉などから新個体ができることがある。 コケ植物の栽培は苔寺などで我々日本人にはなじみ深い。またミズゴケ類(蘚綱)の植物体は非常に保水性が高いため、他の植物の栽培などによく用いられる。ミズゴケの遺骸が堆積したものは泥炭(ピート peat)とよばれ、燃料として用いられることがある。 |
図1. コケ植物の3つのグループ 左上:?(蘚綱). 右上:ゼニゴケ(苔綱). 左下:ニワツノゴケ?(ツノゴケ綱).
表1. コケ植物3グループの比較(*は例外あり)
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蘚類蘚綱(Bryopsida, Musci)にはミズゴケやスギゴケ、ギンゴケ、ナンジャモンジャゴケなどが含まれる。世界中に約61科324属11800種が知られる。ミズゴケ亜綱、クロゴケ亜綱、ナンジャモンジャゴケ亜綱、マゴケ亜綱に分けられる。
蘚類の本体(配偶体)は茎と葉からなる茎葉体である。茎はふつう直立するが、匍匐したり斜上する種もある。茎は横断面ではふつう円形〜楕円形で、外側から表皮・皮層・中心束に分化していることが多い。表皮細胞は柔細胞性のものから厚壁細胞性のものまで種によって異なる。中心束(道束 conducting bundle, conducting strand)は水分通道のためのハイドロイド(hydroid)とよばれる細胞からなる。また中心束とは別に有機物の通道のためのレプトイド(leptoid)とよばれる細胞からなるレプトーム(leptome)が存在する種もある。ふつう葉は茎にらせん状につくが、2列または4列について全体が扁平になる種もある。葉はふつう左右相称だが、匍匐性のものでは非相称の葉をもつことがある。葉はふつう1層の細胞からなるが、葉身を構成する細胞の形・表面の装飾・細胞壁の肥厚程度はさまざまであり、重要な分類形質となる。葉の中央部では厚壁の細長い細胞(ガイドセル guid cell)が列んでそのまわりを厚壁細胞からなるステライド(stereid)とよばれる組織が囲んでおり、全体で多層になっていることが多く、これを中肋という。スギゴケ科(マゴケ亜綱)では葉の中肋の表側に薄板(ラメラ lamella)とよばれる葉緑体に富んだ1細胞層の板が縦にならんでいることがある。その他にも葉を構成する細胞にはある程度の分化が見られ、葉身部の細胞にくらべて葉の基部の細胞は矩形〜線形で葉緑体が少ないことが多い。また葉縁部には細長い細胞からなる舷(margin, border)とよばれる構造が分化していることもある。葉の基部の両縁は翼部(basal angle)とよばれ、この部分の細胞(翼細胞 alar cell, angular cell)が分化していることもある。また多くの種では葉の分化が見られ、ふつうの葉に加えて生殖器を覆う苞葉(bract)や毛状の毛葉(paraphyllium)、毛葉に似るが枝原器の周りだけにある偽毛葉(pseudoparaphyllium)などが存在することがある。仮根は単列の多細胞性で長く、ふつう褐色でしばしば分枝する。ときに茎の基部にトメンタ(tomenta)とよばれる仮根の塊をつくることがある。仮根の細胞間の隔壁は斜めで特徴的である。ナンジャモンジャゴケ亜綱は仮根を欠く。造卵器や造精器は頂生または腋生し、これら生殖器は側糸(paraphysis)で囲まれ、それぞれ雌苞葉、雄苞葉で覆われることが多い。 胞子体は基本的に足とさく柄、さくからなる。さくが成熟する前にさく柄が急速に伸長し、ふつうそのときに造卵器の一部がさくの頭部を覆ったままとり残され、これを帽(calyptra)という。さく柄は一般に褐色を呈し丈夫で、中心束をもつ種もある。ミズゴケ亜綱やクロゴケ亜綱ではさく柄が発達せず、かわりに胞子体の基部にある配偶体の一部がさくをつけた状態で伸長し、これを偽柄(偽足 pseudopodium)という。さくの形は多様であるが、一般に頂端部の蓋(lid, operculum)と胞子を含んだ壺、さく柄へとつながる頸部(collum, neck, apophysis)からなる。蘚類の胞子体にはふつう気孔が存在するが、特にさくの頸部に多い。さくの中には軸柱(columella)があり、それを取り巻くように胞子室(spore sac)があってそこで胞子が形成される。さく壁と胞子室の間には気室(air chamber)がある。 マゴケ亜綱やミズゴケ亜綱では蓋が取れて胞子が放出され、ときに蓋と壺との境界に大きな厚壁細胞からなる口環(annulus)とよばれる離層ができる。クロゴケ亜綱やナンジャモンジャゴケ亜綱では蓋を欠き、さくが縦裂して胞子を放出する。マゴケ亜綱のさくの開口部にはさく歯(peristome)とよばれる細長い歯状の構造があり、乾湿運動することによって胞子の放出に関与していると考えられている。マゴケ亜綱のなかにも蓋を欠き、さく壁が不規則に裂開して胞子を放出する種があり(ツチゴケ科など)、閉鎖果蘚類(cleistocarpous moss)とよばれる。 蘚類の原糸体は一般に単列糸状で分枝するが、多列糸状や葉状、盤状のものもいる。一般に蘚類の原糸体は他のコケ植物のものよりも発達がよく、原糸体の数カ所に芽ができて新しい配偶体が成長する。 葉緑体は多数でピレノイドを欠く。油体はない。 ■ ミズゴケ亜綱 Sphagnidae1科1属(ミズゴケ属 Sphagnum)約150種が知られるグループで、高層湿原など湿地に生えるものが多い。茎は直立し、薄壁透明の表皮と木化した皮層に分化している。表皮にはときにレトルタ細胞(retort cell)という溲瓶形の細胞が存在する。単軸分枝し、開出枝と下垂枝の分化がある。葉は中肋を欠き、大型の死細胞である透明細胞とその間にはりめぐらされた小形線形な葉緑細胞からなる。透明細胞は大量の水を蓄えることができるため、ミズゴケ類に特徴的な保水が可能になっている。透明細胞には小孔や偽孔(pseudopore)、偽孔糸、線状の肥厚(fibrils)が見られることがある。生殖器は苞葉で包まれる。カリプトラは膜状。さくは球形・黒褐色で配偶体の頂端が伸びた偽足の上につき、小さな帽をもつがさく歯を欠く。ふつうさくに偽気孔をもつ。軸柱は頂端まで達しないドーム状で、胞子室の内圧が高まることによって蓋が飛んで胞子が散布される。原糸体は葉状で1細胞層からなる。 ■ クロゴケ亜綱 Andreaeidae1科2属約100種が知られるグループで、高山の岩場に生えるものが多い。茎は直立し、葉は3列につく。葉に中肋をもつものもいる。生殖器は苞葉で包まれる。さくは配偶体の頂端が伸びた偽足の上につき、小さな帽をもつが蓋やさく歯、気孔を欠く。軸柱は頂端まで達しないドーム状。さくに4または8つの縦のスリットができて胞子を放出する。胞子は発芽前に細胞分裂して数細胞になる。原糸体は多列糸状。 ■ ナンジャモンジャゴケ亜綱 Takakiidae1科1属(ナンジャモンジャゴケ属 Takakia)2種のみが知られる小さなグループで、アラスカ・東アジア・ヒマラヤ・ボルネオに隔離分布する。茎は直立し、茎の下部から鞭枝を出すが、仮根を欠く。細胞の分化は見られないが茎の下部に粘液細胞をもつ。まれに二又分枝する。葉は棒状、2本ずつ対になって3列につく傾向がある。造卵器は葉腋につき、保護器官を欠く。さくは短いさく柄の上につき、僧帽状の帽をもつが蓋やさく歯、気孔を欠く。軸柱をもつ。さくは成熟するとねじれてスリットが1本入り胞子を放出する。原糸体は不明。 ■ マゴケ亜綱 Bryidae約60科320属11500種が知られる大きなグループで、蘚類の大部分を占める。茎は直立または匍匐し、表皮と皮層、ときに中心束が分化している。ふつう単軸分枝する。葉はふつう中肋をもつ。生殖器は苞葉で包まれることが多い。さくは丈夫なさく柄の上につき、ふつう帽、蓋、さく歯をもつ。さく歯の形態は多様で1重のもの(haplolepidous)や2重のもの(diplolepidous)などがあり、重要な分類形質となる。また構造・発生的に、多くの細胞からなるスギゴケ型のさく歯(nematodontous peristome)と細胞壁の一部からなるマゴケ型のさく歯(arthrodontous peristome)に分けられる。 ふつう若いさくは光合成を行い、気孔がある。軸柱は頂端まで達する。さくは気室をもつ。蓋がとれてさく歯の乾湿運動によって胞子が散布される。原糸体はふつう糸状でよく分枝する。 |
表1. 蘚類4グループの比較(*は例外あり)
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苔類苔綱(Hepaticopsida, Hepaticae)にはゼニゴケやジャゴケ、コマチゴケ、ウロコゴケなどが含まれる。世界中に約68科340属8000種が知られる。ウロコゴケ亜綱とゼニゴケ亜綱に分けられる。 苔綱の本体(配偶体)は茎と葉からなる茎葉体のものが多いが、一部はゼニゴケのように葉状体である。またシネフルゴケのように茎葉体と葉状体の中間的なものもある。茎葉体では茎は匍匐または斜上し、直立することはまれ。茎の内部構造は蘚類よりも単純で、組織分化はないか、表層と髄が分化する程度。分枝パターンは多様であり、初期に頂端細胞から分かれたものは頂生分枝、比較的分化した後に枝ができるものを側生分枝(介在分枝、節間分枝)といい、側生分枝の場合には基部に茎の組織に起源する襟をもつことが多い。また枝の起源(側葉、腹葉、表皮、皮層、髄)やつく位置(側面、背面、腹面)なども多様でいくつかのタイプに分けられる。葉は茎に3列につき、そのうちの1列(植物体の腹面にある)が退化縮小していることが多い。腹側にある縮小している葉を腹葉(underleaf, amphigastrium)、その両脇の葉を側葉(lateral leaf;単に葉 leaf ということも多い)という。葉のつき方は重要な分類形質であり、植物体を背中側からみた場合、先端側の葉が上になるものを瓦状(succubous)、逆に先端側の葉が下になるものを倒瓦状(incubous)という。側葉はふつう左右非対称で、腹葉は左右対称。葉の形は多種多様であるが、大きく2〜4裂しているものが比較的多い。2つの不同の裂片になっている場合、背側にあるものを背片(上片 dorsal lobe)、腹側にあるものを腹片(下片 ventral lobe)といい、腹片が袋状になっている種もある。葉はふつう1層のほぼ同形の細胞からなり、蘚類の葉とは異なり細胞分化がほとんどみられない。中肋はないが、まれに中央にビッタ(vitta)とよばれる細長い細胞が1層で存在することがある。葉の細胞の形・表面の紋様・細胞壁の肥厚などは多様で、重要な分類形質になる。また厚角細胞で細胞の角が肥厚している部分をトリゴン(trigone)という。 葉状体の形態は、フタマタゴケ目のものとゼニゴケ目のものではかなり異なる。フタマタゴケ目の葉状体は比較的単純だが、明瞭な中肋をもつ種もある。ゼニゴケ目の葉状体は比較的複雑で多くの細胞層からなり、ふつう気室(air space)が存在する。気室は植物体表面の気室孔(air pore)で外界につながり、内部には同化糸(assimilatory filament)が発達する。またゼニゴケ目の葉状体の腹面には単細胞層の腹鱗片(ventral scale)がある。葉状体はふつう先端で二又状に分枝(頂生偽二又分枝)するが、葉状体の途中の中肋から分枝(側生分枝)することもある。 茎葉体、葉状体ともに仮根は単細胞性であり、束状に出ることが多い。 コマチゴケ科では生殖器が裸出しているが、生殖器とそこから成長した胞子体はさまざまな構造で保護されていることが多い。造卵器だった部分は、胞子体が成長するときその基部で大きくなってカリプトラ(calyptra)を形成することがある。カリプトラには造卵器由来の細胞だけからなる真正カリプトラと、周囲の茎の細胞も関与するシュートカリプトラ(shoot calyptra)がある。またカリプトラの外側には花被(ペリアンス perianth)とよばれる特殊な構造が発達する。花被の外側にはさらに苞葉(雌苞葉)が分化していることも多い。造精器も雄苞葉で保護されていることが多い。またカリプトラや花被、苞葉が厚い多肉質の袋になることがあり、これをペリギニウム(perigynium)という。ペリギニウムにおいてカリプトラが発達せず茎が多肉質で腔状になるものをシーロカウレ(coelocaule)という。また下曲するペリギニウムを特にマルスピウム(外肉嚢)(marsupium)という。フタマタゴケ目やゼニゴケ目など葉状体の種では造卵器、造精器を包む包膜(involucle)という膜状構造があり、それぞれ雌包膜(female involucle)、雄包膜(male involucle)とよばれる。造卵器のカリプトラと雌包膜の間にはさらに偽花被(仮花被)(pseudoperianth)とよばれる袋状の保護器官が存在することがある。またゼニゴケ目では造卵器、造精器がそれぞれ雌器床(archegonio)、雄器床(antheridiophore)という特殊な器官につくことがある。 胞子体は基本的に足とさく柄、さくからなるが、ウキゴケ科はさく柄を欠く。さくが成熟した後に白色で柔らかいさく柄が急に伸長し、カリプトラを破って胞子体は外に出る。胞子体には葉緑体はほとんどない。胞子体は短命で胞子放出後はすぐに枯れてしまう。さくは軸柱や気室、蓋、気孔を欠き、ふつう球状〜楕円形で成熟すると黒褐色になる。さくは胞子とともに複相の弾糸を形成する(ウキゴケ科を除く)。弾糸は単細胞性でふつうらせん状に肥厚し、乾湿運動によって胞子の拡散に役立つ。さくは縦裂または先端が裂けて胞子と弾糸を放出する。 苔類の原糸体は一般に蘚類のものよりも発達が悪く、15〜20細胞からなる塊状のものが多い。糸状であっても分枝することはない。原糸体の一カ所に芽ができて新しい配偶体が成長する。 葉緑体は多数でピレノイドを欠く。細胞中に膜に包まれたテルペン類である油体をもつ(ウキゴケ科は欠く)。油体はほとんどの細胞に見られることもあるが、特定の細胞(含油細胞)のみにみられることもある。油体が充満して他とは異なる細胞を眼点細胞(オセルス ocellus)という。油体の特徴は種特異的であり、重要な分類形質となる。 ■ ウロコゴケ亜綱 Jungermanniidae56科309属約7500種が知られ、苔類の大部分が含まれる。多くは茎葉体だが、葉状体の種(フタマタゴケ目)もある。茎はふつう匍匐または斜上し、直立することは少ない。葉状体は単層から多層、組織分化は少なく、気室や腹鱗片を欠く。仮根は単細胞性で長く、平滑。造卵器はふつう花被に包まれ、頸細胞は4〜5(〜9)列。さくは柔らかく白色で長いさく柄の上につき、さく壁はふつう2〜4層。胞子母細胞は減数分裂に先立ち四つにくびれる。胞子はふつう小さく、明瞭な極性はない。さくはふつう縦に4裂(コマチゴケ目では1裂)して胞子と弾糸を放出する。ふつう油体は全ての細胞にある。 ■ ゼニゴケ亜綱 Marchantiidae12科27属約450種が知られる。すべて葉状体からなる。葉状体は多層からなり、比較的組織分化しており、ふつう気室や腹鱗片をもつ。仮根は単細胞性で平滑型と有紋型に分化する。造卵器と造精器はそれぞれ雌器床(archegonio)、雄器床(antheridiophore)という特殊な構造につくことが多いが、ウキゴケ科では葉状体中に埋まっている。造卵器の頸細胞は6列。さくはふつう短いさく柄の上につき、さく壁は1層。胞子母細胞は減数分裂に先立ちくびれることはない。胞子はふつう大きく、明瞭な極性をもつ。さくはふつう先端が4〜6裂または不規則に裂開して胞子と弾糸を放出する。ふつう油体は少数の細胞にある。 |
ツノゴケ綱ツノゴケ綱(Anthoceratopsida)は1目2科6属約400種が知られる小さなグループである。以前は苔類に含められていたが、さまざまな点で差異があり、独立の綱とされるようになった。 ツノゴケ綱の本体(配偶体)は葉状体である。葉状体は多層の細胞層からなるが、単純で、組織分化はほとんどみられない。ただし粘液で満たされた大きな細胞間隙をもつことがあり、ときにここに藍藻のネンジュモ属(Nostoc)が共生していることがある。葉状体の下面にはしばしば孔(slime pore)がある。 仮根は単細胞性で平滑であり、仮根の分化はみられない。造卵器と造精器は葉状体の組織中に埋もれている。造卵器の頸細胞は6列。 受精卵の最初の分裂は縦方向に起こる。胞子体は角状で配偶体から突き出ている。胞子体の大部分は角状のさくからなり、さく柄を欠き、基部の足は配偶体の包膜に包まれている。包膜に包まれた部分に介在分裂組織があり、胞子体は成長を続ける。胞子体には同化組織や気孔があり、光合成を行う。さくの中軸には軸柱があるが、蓋やさく歯を欠く。さくの中では減数分裂が起こり、胞子と弾糸を形成する。弾糸は苔類のものにくらべて短く形も不規則でらせん肥厚も不明瞭。数細胞からなることもあり、偽弾糸とよばれることもある。成熟したさくは先端から縦に2裂して胞子と弾糸を放出する。 原糸体は盤状または糸状でほとんど分枝しない。 葉緑体は大きく、1細胞に1個から数個、中央に酵素の塊であるピレノイドをもち、その周囲にデンプン粒が蓄積する。油体を欠く。 |