高等植物は一般に種子により繁殖するが、塊茎、塊根等の器官で栄養繁殖する植物も多く存在する。西洋ワサビ(Armoracia
rusticana)は根の所々に不定芽を形成し、この不定芽により栄養繁殖をすることが知られている。さらに、根が光にさらされると不定芽が形成されることから、不定芽形成には光が重要な役割を演じていると考えられる。そこで、この光誘導不定芽形成の機構について西洋ワサビを用いて解析を行った。
西洋ワサビの根を植物ホルモンを含まないMS培地で暗所において培養すると、根が伸長するのみであるが、明所において培養すると不定芽を形成した。しかし、光による不定芽分化の頻度は
20 パーセント程度と低く、また非形質転換体の根は明所で継代培養している植物体から、実験のたびに切り出さなければならないため、実験材料として好適とはいえない。一方、植物病原菌の一種である
Agrobacterium rhizogenes を植物体に感染させて得られた毛状根は、同様にして培養すると暗所においては根が活発に伸長、分枝するのに対し、明所では非形質転換体の植物体の根に比べて非常に高い頻度で不定芽を形成した。
毛状根は暗所において活発に増殖することから均一な材料の入手が可能であり、光誘導不定芽形成の解析の材料として適している。そこで、西洋ワサビ植物体に A.rhizogenes の 15834 株を感染させて得られた毛状根を材料に用いて、光誘導不定芽形成の機構について解析を行い、これまでに以下のようなことを明らかにしてきた。
1. 生理学的実験(光作用スペクトルの作成、近赤外光による不定芽形成効果の抑制)から、光受容体としてはフィトクロムおよびクリプトクロムが関与している。
2. フィトクロムレベルおよび不定芽形成頻度は毛状根の基部側末端で高く、かつ暗所における培養期間が長くなるにつれて増加した。このフィトクロムレベルの増加には西洋ワサビより単離した
4 種類のフィトクロム遺伝子(PhyA,B,C,E)のうち、PHYA,PHYB が関与していた。一方、PHYC
の転写産物量はは部位、培養期間によらず一定であった。これらフィトクロム光受容体が光誘導不定芽形成に関与していることを直接的に証明するため、これら遺伝子を毛状根で過剰発現、発現抑制させたところ、PHYA
の過剰発現により不定芽形成頻度は上昇し、発現抑制により減少した。また、PHYC では、過剰発現により光誘導不定芽形成頻度は上昇したが、発現抑制による光誘導不定芽形成頻度の明確な減少は見られず、本現象においては
PHYA が直接関与していることが示唆された。
3. CRY2 遺伝子の転写産物量は、毛状根の基部側末端で高く、かつ、暗所における培養期間が長くなるにつれて増加し、CRY1
は毛状根の部位、培養期間によらず一定であった。
4. 光誘導不定芽形成には内生サイトカイニンが関与し、光照射により内生ゼアチン量が増加し、かつ不定芽形成頻度が高い、毛状根の基部側に多く存在した。また、サイトカイニンに対する感受性は、毛状根の基部側末端で高く、かつ、暗所における培養期間が長くなるにつれて増加した。
ヲ現在ヲ
現在は、以下のことについて研究を進めている。
1. 光受容体遺伝子の単離・解析
PHYA、PHYC 以外のフィトクロム、およびクリプトクロム遺伝子を過剰発現、発現抑制した毛状根を作製して、光誘導不定芽形成に関与する光受容体を直接的に検討する。また、これら遺伝子の光照射による発現への影響を調べる。
2. 光情報伝達関連遺伝子の単離・解析
光受容以降の情報伝達に関与する遺伝子を単離し、解析するとともに、これら遺伝子を過剰発現、発現抑制した毛状根を作製し、光誘導不定芽形成における関与を検討する。
3. サイトカイニン情報伝達因子の単離・解析
毛状根における光誘導不定芽形成頻度の分布や変化、およびサイトカイニンによる不定芽形成頻度の分布や変化と、サイトカイニン情報伝達因子の分布や変化との関連性についてこれら因子を単離して、解析する。
4. サイトカイニンの内生量の変動の解析
一般的に光照射により内生サイトカイニン(ゼアチン、リボシルゼアチン)は増加するが、詳細な検討はなされていない。そこで、フィトクロム遺伝子を導入した毛状根などを用いてサイトカイニンレベルの変動がフィトクロム制御下にあることや、毛状根の部位、培養期間による影響などを調べる。