朝比奈雅志、佐藤忍 切断組織の癒合とジベレリンの関与 植物の生長調節 39: 135-141 (2004)

組織癒合の形態学的解析/組織癒合とペクチン多糖/組織癒合と植物ホルモン/組織癒合に関与するその他の因子


H. Iwai, N. Masaoka, T. Ishii and S. Satoh A pectin glucuronyltransferase gene is essential for intercellular attachment in the plant meristem. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99: 16319-16324 (2002)
(ペクチン・グルクロン酸転移酵素遺伝子は植物のメリステムにおける細胞接着に必須である)


 多くの細胞から構成される高等植物の形態形成や発生には、細胞同士が強固に接着する事が必須であると共に、果実の軟化や離層の形成時など必要な時にその接着が解除されることも求められる。植物の細胞接着では酸性多糖であるペクチンが重要な働きをしているが、その生合成メカニズムはほとんど解明されていない。その理由は、ペクチンの様な必須の因子に変異が生ずると胚致死になってしまうため、既存の遺伝学・分子生物学的解析が困難であるからである。そこで我々は、タバコの仲間で最小のゲノムを持つNicotiana plumbaginifolia の半数体植物の葉切片にT-DNAを導入して培養し、不定芽形成能力を失うと同時に、細胞間接着性の弱くなったルーズな細胞塊を形成する、新規の変異体作出系を開発した。
 細胞接着性を失って不定芽を形成できない変異体の一つであるnolac-H18の細胞壁成分を解析したところ、ペクチンの中でもホウ素と結合し2量体を形成するラムノガラクツロナン-II領域において、正常株ではその全てがホウ素を介した2量体を形成したが、nolac-H18変異体では、グルクロン酸を欠失しホウ素と結合できない単量体として存在した。
 nolac-H18変異体において異常の起こった遺伝子は、動物のグルクロン酸転移酵素の酵素活性領域と相同性が高く、NpGUT1(Glucuronyltransferase1)と命名された。NpGUT1を nolac-H18において過剰発現させた形質転換体を作出した結果、約80%が不定芽を形成できるようになり、グルクロン酸量および2量体形成能が回復した。また、NpGUT1の発現を抑制した形質転換体を作出すると、細胞接着の弱いボロボロの芽が形成された。また、NpGUT1は茎頂や根の分裂組織で発現が強かった。
 以上の結果は、NpGUT1がペクチンにグルクロン酸を転移する新規の酵素をコードする遺伝子であり、またその発現が分裂組織におけるホウ素を介した細胞接着に必須である事を示している。


岩井宏暁、佐藤忍 細胞接着とペクチン生合成 蛋白質核酸酵素 47(12): 1618-1619 (2002)

 多くの種の培養細胞では、継代を続けることにより、形態形成能力の消失と同時に細胞間の接着性が弱くなることが観察される。なかでもニンジン培養細胞の自然変異体Non-embryogenic callusでは、ペクチンの中性糖側鎖のアラビノガラクタン構造に変異が生じていることが判明している。近年我々は、Nicotiana 属中で最小のゲノムを持つ Nicotiana plumbaginifolia の半数体植物の葉切片にT-DNAを挿入して培養し、不定芽形成能力を失うと同時に、細胞間接着性の弱くなったlooseな細胞塊を形成するミュータントの作出と解析を行ってきた。その結果、 nolac-H14では、ヘミセルロースと挙動を同じくするペクチンの中性糖側鎖において、アラビナンが存在していないことが判明した(Planta 2001)。本研究では、同じく細胞接着ミュータントであるnolac-H18について解析を行った。nolac-H18の細胞壁成分全体の糖組成を解析したところ、グルクロン酸量がNormalと比較して、13%以下しか存在していなかった。さらに、分別抽出した細胞壁画分でのグルクロン酸は、Normalでは主に炭酸ナトリウム画分に存在し、それがnolac-H18ではほとんど存在していなかった。また、アラビノース、ガラクトース量がnolac-H18では、Normalの約半分になっていた。
 nolac-H18ゲノムDNA中のT-DNAが挿入された遺伝子は、予想酵素活性領域が動物のグルクロン酸転移酵素の酵素活性領域と相同性が高いことが判明し、NpPGUT(Pectin Glucuronyltransferase)と命名した。NpPGUTを nolac-H18において過剰発現させた形質転換体を作成した結果、約80%が不定芽を形成し、グルクロン酸(GlcA)量が回復し、細胞壁成分はNormalとほぼ同様の成分を示した。Normalのラムノガラクツロナン-II(RG-II)では、その全てがRG-II-ホウ素二量体(dRG-II-B)として存在したが、nolac-H18のRG-IIはGlcAを欠き、82%以上がRG-II単量体として存在した。相補体では、全てdRG-II-Bとして存在した。以上のことから、NpPGUTがnolac-H18の変異遺伝子であることが判明した。NpPGUTタンパク質の局在性をGFP融合タンパク質を用いて調べたところ、小胞体に局在することが示された。また、NpPGUTは茎頂、根のメリステムで発現が強いことがin situ hybiridizationおよびPNpPGUT::GUS形質転換体により示された。以上の結果は、NpPGUTが、ペクチンに対する新規のグルクロン酸転移酵素遺伝子であり、またその発現はメリステムにおける強固な細胞接着に必須である事を示している。


M. Asahina, H. Iwai, A. Kikuchi, S. Yamaguchi, Y. Kamiya, H. Kamada and S. Satoh Gibberellin produced in the cotyledon is required for cell division during tissue-reunion in the cortex of cut cucumber and tomato hypocotyls. Plant Physiol. 129: 201-210 (2002)
(キュウリ・トマトの胚軸皮層における組織癒合過程の細胞分裂には子葉で合成されるジベレリンが必要である)

 キュウリやトマトでは土壌病害等の回避を目的に接ぎ木がよく行われるが、その際、接ぎ木面において組織癒合・接着が起こる。キュウリ胚軸を水平方向に半分程度切断すると、切断後3日目に切断面付近の細胞が細胞分裂を開始し、切断後7日目には切断された皮層はほぼ完全に癒合するが、子葉を切除すると、この細胞分裂が強く阻害された。この阻害は、子葉を切除した部分にジベレリンを塗布することで回復した。また、ジベレリンの生合成阻害剤であるウニコナゾールを子葉に散布しても同様の阻害が見られ、ジベレリンを同時投与することで回復した。トマトのジベレリン生合成欠損変異体(gib-1)でも同様の現象が観察され、皮層の組織癒合過程における細胞分裂に、子葉の産生するジベレリンが関与していることが示された。


C. Sakuta, A. Oda, M. Konishi, S. Yamakawa, H. Kamada and S. Satoh Cysteine proteinase gene expression in the endosperm of germinating carrot seeds. Biosci. Biotechnol. Biochem. 65: 2243-2248 (2001)



H. Iwai, T. Ishii and S. Satoh Absence of arabinan in the side chains of the pectic polysaccharides strongly associated with cell walls of Nicotiana plumbaginifolia non- organogenic callus with loosely attached constituent cells. Planta 213: 907-915 (2001)
(ニコチアナ・プランバギニフォーリアの形態形成能力と細胞接着性を失った細胞では細胞壁に強く結合しているペクチン多糖側鎖のアラビナンが欠失していた)

 Nicotiana 属中で最小のゲノムを持つ Nicotiana plumbaginifolia の半数体植物にT-DNAを挿入することで、不定芽形成能力を失うと同時に、細胞間接着性の弱くなったlooseな細胞塊を形成するミュータントであるnolac-H14を得、ペクチンに注目した形態学的解析を行った。その結果、細胞間が分離し、また、細胞壁のコーナー部分のルテニウムレッドによる染色性が顕著に減少しており、カルス表面では逆に染色性が増加している様子が観察された。nolac-H14の細胞壁糖組成およびメチル化分析による構造様式の解析を行ったところ、nolac-H14では、4M KOHで抽出されてくるヘミセルロースと挙動を同じくするペクチンの含量が、顕著に減少しており、逆に培地に放出されるペクチンが増加していた。また、そのペクチンのAra/Gal比は、Normalが4.16であったのに対し、nolac-H14では0.16であった。メチル化分析の結果およびこれらの結果から、nolac-H14のペクチンは、中性糖側鎖にアラビナン領域を持っておらず、培地に流出していることが示唆された。 Normalでは、大きなアラビナンの側鎖を持つペクチンが存在しており、それが4M KOHのヘミセルロース画分でのみ検出された。これらのことから、細胞壁ネットワークとペクチンと間の結合に、ペクチンのアラビナン側鎖が、重要な役割を果たしていると考えられる。


H. Iwai, T. Abe, S. Yoshida, H. Kamada and S. Satoh Production of non-organogenic and loosely attached callus in leaf disk cultures of haploid Nicotiana plumbaginifolia by 14N ion beam irradiation. Plant Biotechnology 16: 307-309 (1999)
(半数体ニコチアナ・プランバギニフォーリアの葉切片培養における形態形成能力と細胞接着性を失ったカルスの重イオン(窒素)ビーム照射による作出)

 Nicotiana 属中で最小のゲノムを持つ Nicotiana plumbaginifolia の半数体植物の葉切片に、理研リングサイクロトロンを用いて重イオンビーム(窒素)の照射を行うことにより変異を誘発し、不定芽誘導培地にて培養し、植物の形態形成において重要な役割をもつであろう細胞壁機能の欠損したミュータントを作出した。その結果、細胞間接着性が弱く不定芽形成能力を失った、ニンジンNon-embryogenic callusと同じ形態的特徴を持つペースト状のカルスが、5Gyの線量で11.8%の葉切片に出現した。一方、重イオンビームを照射していないノーマルのカルスでは、非常に細胞接着性が強固で、マルチプルシュートを形成した。


岩井宏暁、佐藤忍 高等植物における細胞接着。 植物の化学調節 34(2):202ー214 (1999)

 目次:1.初生的細胞接着と細胞分離 2.後生的細胞接着 3.接着分子の構造と機能 4.ニンジン培養細胞の細胞接着性とペクチンの構造 5.nolac変異体の作出と解析


H. Iwai, A. Kikuchi, T. Kobayashi, H. Kamada and S. Satoh High levels of non- methylesterified pectins and low levels of peripherally located pectins in loosely attached non-embryogenic callus of carrot. Plant Cell Report 18: 561-566 (1999)
(細胞接着性が弱く不定胚形成能力を持たないニンジンカルスでは非メチル化ペクチンが多くカルス表層のペクチンが少ない)

 ニンジン培養細胞のEmbryogenic callus(EC)では、細胞同士の堅い結合が見られるが、ECを継代培養して得られた不定胚形成能力を失った株、Non-embryogenic callus(NC)では、細胞の接着性が弱くなり、恒常的に細胞間の分離がおきる。細胞壁多糖の生化学的解析の結果、ペクチン酸性糖主鎖よりも、中性糖側鎖が、細胞間接着に積極的に関与していると考えられた。そこで、本研究では、電子顕微鏡(TEM,SEM)を用い、2細胞株間の細胞壁、カルス表層の構造、およびルテニウムレッド染色(ガラクツロン酸のカルボキシル基を認識)による組織化学的解析を行った。その結果、細胞接着性の弱いNCでは、細胞壁全体がルテニウムレッドにより強く染色された。一方ECでは、アルカリ処理により初めて細胞壁全体および分泌小胞がルテニウムレッドにより染色され、ペクチンが高度にメチル化されていることが示された。またECのみで、アルカリによる脱メチル化処理によりルテニウムレッドによる染色性を示す物質がカルス表層に存在することが観察された。次に、走査電子顕微鏡を用いて観察したところ、ECにおいてのみ不定形の物質がカルス表層の細胞表面全体を覆うように存在していた。しかし、NCにおいては、接着領域においてわずかに付着しているにとどまっていた。
 

S. Satoh Functions of the cell wall in the interactions of plant cells: analysis using carrot cultured cells. (Mini Review) Plant Cell Physiol. 39: 361- 368 (1998)


Ojima, A., Shiota, H., Higashi, K., Kamada, H., Shinma, Y., Wada, M. and Satoh, S. (1996) An extracellular insoluble inhibitor of cysteine proteinases in cell cultures and seeds of carrot. Plant Mol. Biol. 34: 99-109
(ニンジン培養細胞・種子の細胞外不溶性システインプロテアーゼインヒビター)

 EIP18 ( Extracellular Insoluble Protein)は、細胞外において不溶化する18kDaの糖鎖を持たない単純タンパク質であり、当初ニンジン培養細胞の培地中や細胞塊の間隙にゲル状物質として見出され、その後、植物体中では胚自身と胚乳の内側に胚を取り囲むように存在することが明らかになった。そこで、EIP18の機能解明を目的に研究を行った。
 まずニンジンカルスの培地を超遠心にかけ、得られた沈殿を Triton X-100, NaCl, EDTAを含む緩衝液中で超音波処理し、沈殿として回収した精製EIP18のN-末端および内部のアミノ酸配列を決定した。その配列を元に作製したオリゴヌクレオチドプライマーとニンジンカルスのmRNAを用いてRT-PCRを行い、得られた100bpのDNAをプローブとしてcDNAライブラリーのスクリーニングを行った。得られた全長cDNAは、分泌のシグナルシークエンスから始まり、システインやN-結合型糖鎖付加シグナルおよび疎水領域を含んでいなかった。
 次にこのcDNAを酵母の発現系に導入したところ、合成されたEIP18は不溶化して酵母の細胞壁中に分泌されたので、タンパク質自体の構造が不溶化の原因と考えられた。
 この遺伝子はシステインプロテアーゼインヒビター(シスタチン)と相同性を示し、かつニンジンの培地から精製したEIP18は、市販のシステインプロテアーゼに加え、ニンジンの発芽種子から抽出したプロテアーゼ活性をも阻害した。またこの遺伝子は、植物体中では登熟果実中のみで発現しており、培養系の不定胚ではABAによりその発現が誘導された。
 以上の結果から、EIP18がニンジン種子中において、胚や胚の周りに不溶化して存在し、発芽の際に胚乳の分解のために合成されるシステインプロテアーゼから胚を保護していると考えられる。


Kikuchi, A., Edashige, Y., Ishii, T., Fujii, T. and Satoh, S. (1996) Variations in the structure of neutral sugar chains in the pectic polysaccharides of morphologically different carrot calli and correlations with the size of cell clusters. Planta 198: 634-639.


Kikuchi, A., Edashige, Y., Ishii, T. and Satoh, S. (1996) A xylogalacturonan whose level is dependent on the size of cell clusters is present in the pectin from cultured carrot cells. Planta 200: 369-372


Kikuchi, A., Satoh, S., Nakamura, N. and Fujii, T. (1995) Differences in pectic polysaccharides between carrot embryogenic and non-embryogenic calli. Plant Cell Report 14: 279-284.
(ニンジンの不定胚形成能力を持つカルスと持たないカルスの間におけるペクチン多糖の差違)

ニンジンの培養細胞は、高等植物の形態形成の良いモデル系としてしばしば用いられる。ニンジンの細胞は、オーキシンの一種である2、4−Dの存在下において、カルスとして維持されるが、培養の時間が長くなると次第にオーキシンを含まない培地に移植したときに誘導される不定胚形成の頻度が落ちてくる。このとき同時にカルスのサイズが小さくなることが観察される。約10年にわたり維持してきた細胞株は、完全に細かい細胞塊しか形成しない。この様な細胞では、細胞間の接着が弱くなっていることが考えられる。高等植物の細胞接着は、細胞壁を通して成されているので、これらの細胞の間で細胞壁多糖の比較を行った。まず、多糖の分析をする前に、形態形成能力を持つカルスと持たないカルスの切片を作製し、形態の観察を行った。その結果、能力を持つ細胞は小型で、細胞同士が密に集まっており、細胞同士の間に隙間が見られないのに対し、能力を持たない細胞は、液胞が発達して大型で、細胞同士の間に隙間ができて、細胞同士が離れていた。この事から、能力を持たない細胞では、細胞接着が弱くなっていると考えられた。そこで、これらのカルスおよび不定胚から、細胞壁を単離し、細胞壁多糖の抽出を行った。その結果、セルロース、へミセルロースB、へミセルロースAおよび培地の全糖量に細胞間で差が見いだせなかったが、細胞接着に関わることが知られるペクチンでは、不定胚形成能力のあるカルスで一番全糖の含量が高かった。一方、ペクチンの主要な構成糖である酸性糖の含量に差はなかった。そこで、前の論文で開発した酢酸セルロース膜電気泳動に、ペクチン多糖をかけ、糖染色を行ったところ、不定胚形成能力のある細胞では、無い物に比べ、中性糖の含量が高く、逆に酸性糖の含量が低いことが判明した。そこで、電気泳動により精製したペクチン多糖をガスクロマトグラフィーにかけ、構成糖分析を行ったところ、不定胚形成能力のある細胞や不定胚では、無い細胞に比べ、アラビノースの含量が高く、逆にガラクトースの含量が低いことが判明した。この事は、今までペクチンを介しての細胞同士の接着が、酸性糖を介してのみ行われていると考えられてきたのに反し、中性糖、しかもアラビノースまたはガラクトースが接着に関与している可能性を示唆している。


Satoh, S., Nojiri, T. and Gotoh, Y. (1995) An extracellular insoluble protein in cultures and seeds of carrot. Plant Cell Physiol. 36: 313-320.
(ニンジンの培養物と種子中の細胞外不溶性タンパク質)

 ニンジンの不定胚形成能力を失ったカルスの培養物をメッシュに通して培地を回収し、超遠心にかけると、多くのタンパク質が沈殿した。この沈殿は、培地をガラスフィルターに通すと失われた。この沈殿を1%トリトンX−100,50mMEDTA、2MLiCl等を含むバッファー中で、超音波処理すると、18kDaのタンパク質(EIP18、細胞外不溶性タンパク質)以外は、全て可溶化された。EIP18は、7Mureaで初めて可溶化された。細胞分画をして、局在を調べたところ、大部分のEIP18は、培地中に分泌されて不溶化しており、細胞壁多糖と結合していなかった。強い超音波処理により可溶化したEIP18を、Sephacryl S−500のゲル濾過にかけたところ、EIP18は高分子の分画限界外に溶出され、糖のピークとは一致しなかった。精製したEIP18は糖鎖の染色に陰性で、除糖処理によっても分子量が変化しないので、糖鎖を持たない単純タンパク質であると判明した。これらの事は、EIP18が糖鎖と結合することにより不溶化しているのではなく、ホモポリマーとして不溶化している可能性を示している。また、アミノ酸組成を調べたところ、組成に偏りが無く、エクステンシン等の細胞壁タンパク質とも似ていなかった。EIP18に対する抗体を作製しイムノブロットを行ったところ、EIP18は、培養細胞ではカルスに多く、不定胚では見られなかった。また種子の発芽に伴っては、量が変化せず、芽生え自信ではなく胚乳残査の方に検出された。免疫組織化学的検出では、EIP18は、カルスの細胞塊にゲル状に付着していたり、細胞塊の間隙に挟まったりしていた。またニンジン種子中では、胚自身と、胚乳の最内層で胚を取り囲むように存在していた。これらの事から、EIP18は、新奇の細胞外マトリックスタンパク質として、胚形成や発芽に機能している可能性が考えられた。


Kiyosue, T., Satoh, S., Kamada, H. and Harada, H. (1993) Somatic embryogenesis in higher plants. J. Plant Res. Special issue 3: 75-82.


Kikuchi, A., Satoh, S. and Fujii, T. (1992) Analysis of plant pectic substances by electrophoresis on cellulose acetate membrane. Biosci. Biotech. Biochem. 56: 1144-1145.


Satoh, S., Sturm, A., Fujii, T. and Chrispeels, M.J. (1992) cDNA cloning of an extracellular dermal glycoprotein of carrot and its expression in response to wounding. Planta 188: 432-438.
(ニンジンの細胞外皮組織糖タンパク質のcDNAのクローニングと傷害応答における発現)

 ニンジンの懸濁培養細胞は、普通、内皮、表皮、周皮の様な皮組織で合成される糖タンパク質(GP57)を合成分泌する。このタンパク質は、以前GP57と呼ばれていたが、ここでEDGP(細胞外皮組織タンパク質)と呼ぶことにする。十分量のEDGPを精製し、トリプシンを用いて部分分解した物を、逆相の高速液体クロマトグラフィーで分離し、2カ所の内部アミノ酸配列を決定した。その配列を元に合成したオリゴヌクレオチドとEDGPに対する抗体をプローブとして、ニンジン根のmRNAを元に作製したcDNAライブラリーをスクリーニングし、EDGPのcDNAを得た。塩基配列を決定したところ、予想されるアミノ酸配列のN端にはシグナル配列と考えられる配列が、また中間にはN−結合型の糖鎖の付加シグナルが存在していた。この配列は、ダイズを湯に漬けると放出されることが知られる7S basic globulin と40%の相同性を有していた。これらのタンパク質は、皮組織タンパク質として、新しいファミリーに属すると考えられ、植物の皮組織に局在することの解った、初めてのタンパク質である。EDGPのmRNAレベルは、ニンジンの乾燥種子では低いが、発芽に伴って根の皮組織の発達が起きると高まった。また登熟中の果実では、低いレベルで発現していた。一方ニンジンの貯蔵根においては、もともとの発現は、極めて低いが、根をスライスして傷害を与えると、急激に高まった。またその誘導は、傷害誘導が知られるフルクトシダーゼの誘導と似ていた。この事は、EDGPが、生物的または、非生物的なストレスにより誘導されることを表している。他の植物種の根におけるEDGPのmRNAの分布を調べたところ、パセリのようなニンジンと同じセリ科では強い反応が見られたが、他の植物では、弱い反応しか見られなかった。しかし、ダイズにも似たものがあることから、双子葉植物界全体にある可能性がある。アミノ酸配列を詳細に調べると、EDGPはペプシンなどの酸性プロテアーゼの活性部位と部分的相同性が見出された。しかし、実際のプロテアーゼ活性はいくつかの基質を用いて調べた限りでは見られなかった。現在のところ機能は不明であるが、何らかの防御機構に関係している可能性が考えられる。


清末知宏、佐藤忍、鎌田博 不定胚形成機構。(開花・結実の分子機構。原田宏監修) 秀潤社 232ー250 (1992)


S. Satoh Characterization of GP57, an auxin-regulated and dermal-tissue-localized extracellular glycoprotein of carrot. In Progress in Plant Cellular and Molecular Biology. (Kluwer Academic Publishers) 526-531 (1990)


Satoh, S. (1990) Improvement of the specificity of an antiserum raised against a carrot glycoprotein by eliminating the anti-glycan antibody. Agric. Biol. Chem. 54: 3201-3204.


佐藤忍 (1989) 不定胚形成と細胞分化。 植物細胞工学 1:99ー107


Satoh, S. and Fujii, T. (1988) Purification of GP-57, an auxin-regulated extracellular glycoprotein of carrots, and its immunocytochemical localization in dermal tissues. Planta 175: 364-373.
(オーキシンによって制御されるニンジンの細胞外糖タンパク質、GP57の精製と皮組織における免疫組織化学的局在)

 ニンジンの培養細胞は、オーキシンを含まない培地にカルスを移すことにより、容易に不定胚を誘導することができるので、種子胚形成のモデルとしてよく用いられる。前の報告で示したように、ニンジンのカルスを不定胚を誘導する条件と、しない条件の培地に移植し、培養後の培地に含まれるタンパク質を分析したところ、分子量57000の糖タンパク質(GP57)が、不定胚を形成しない条件で特異的に培地に分泌されることを見出した。また、GP57は、不定胚形成能力を失った細胞から多量に分泌されていた。そこで、オーキシンの存在下において培養した不定胚形成能力を失ったニンジンのカルスの培地を70%エタノールで処理し、得られた沈殿をイオン交換およびハイドロキシアパタイトカラムにかけ、GP57を精製した。分子量は、SDS電気泳動で57000、ゲル濾過で50000であり、14%の糖を含んでいた。トリフルオロメタンスルフォンサンによる糖鎖除去を行うことにより、ペプチドの部分は55000であることが判明した。GP57は、等電点8.8と9.5の二つのアイソフォームから成り、両者のアミノ酸組成は極めて似ていた。両者は、アスパラギン酸、セリン、スレオニンに富み、フコースとキシロースを含むN−結合型の糖鎖を有していた。GP57に対する単クローン抗体を作製したところ、両アイソフォームと同様に除糖したGP57にも反応した。この抗体を用いてイムノブロットを行ったところ、GP57は、オーキシンを与えた培養細胞から合成分泌されていることが解った。その分泌は、不定胚形成能力を失った細胞では活発で、不定胚では見られなかった。免疫組織化学を行ったところ、GP57は、ニンジン種子中の胚と胚乳の間隙に局在することが判明した。またGP57は、若い根の内皮と表皮、成熟根の周皮、若い葉の葉柄の表皮にも存在することが解った。これらのことから、GP57は、種子や皮組織において、何らかの防御機構に関わる構造または機能の形成に関与していることが考えられた。


佐藤忍 (1987) 植物糖タンパク質に対する抗体作成上のポイント。 化学と生物 25:795ー797 


Satoh, S., Kamada, H., Harada, H. and Fujii, T. (1986) Auxin-controlled glycoprotein release into the medium of embryogenic carrot cells. Plant Physiol. 81: 931-933.



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