T. Kuroha, C. Ueguchi, H. Sakakibara, S. Satoh Cytokinin receptors are required for normal development of auxin-transporting vascular tissues in the hypocotyl but not in adventitious roots. Plant Cell Physiol. in press (2006)


S. Satoh Organic substances in xylem sap delivered to aboveground organs by the roots. (JPR symposium) J. Plant Research in press (2006)


黒羽剛、佐藤忍 植物の根に関する諸問題 [141] - 根の形態形成におけるサイトカイニンの役割 - 分子遺伝学研究の最前線 - 農業および園芸 80(4): 491-497(2005)

根端での細胞分裂におけるサイトカイニンの働き/根の細胞伸長におけるサイトカイニンの働き/根の組織形成におけるサイトカイニンの働き/側根・不定根形成におけるサイトカイニンの働き/外部環境に応じた根の形態変化におけるサイトカイニンの働き


A. Oda, M. Shimizu and S. Satoh Induction of xylem sap methylglycine by a drought and rewatering treatment and its inhibitory effects on the growth and development of plant organs. Physiol. Plant. 124: 515-523 (2005)

カボチャの導管液にはメチルグリシン(サルコシン)とグルタミンが多く含まれており、メチルグリシンはキュウリの導管液には含まれていなかった。乾燥ストレスを与えた後に水を与えて採取したカボチャ導管液には、高濃度(2.5 mM)のメチルグリシンが見いだされ、同濃度のメチルグリシンを切断した芽生えの茎に与えると不定根の形成や茎の伸長が抑制された。適合溶質として知られるベタインの前駆体でもあるメチルグリシンはカボチャにおいて乾燥ストレスに対する応答に関与している可能性が考えられる。


T. Kuroha, M. Sakurai and S. Satoh Squash xylem sap has activities that inhibit proliferation and promote the elongation of tobacco BY-2 cell protoplasts. Plant Physiol. Biochem. 43: 465-471 (2005)

カボチャ導管液をタバコBY-2細胞のプロトプラストに与えると、細胞分裂が抑制されるとともに、細胞伸長が促進された。この活性は、導管液に含まれる濃度のサイトカイニン(ゼアチンリボシド)では誘起されず、分液および逆相クロマトグラフィーにおいてサイトカイニンとは異なる挙動を示した。一方、キュウリ胚軸切片においては、導管液はオーキシンによって促される伸長を抑制した。これらの結果は、カボチャ導管液にサイトカイニンとは異なる抗オーキシン様活性が存在する事を示唆している。


小田篤、佐藤忍 キュウリ導管液レクチンの根における産生と活性 -葉における概日時計とジベレリンの関与- 根の研究(Root Research)12 (4): 163-168 (2003) 

 キュウリの導管液中を流れるレクチン(XSP30)の遺伝子は、根の中心柱の細胞において特異的に発現した。その発現は、概日時計の制御を受けて日周変動し、夕方最大となった。またその発現は葉の存在に依存しており、振幅が葉の産生するジベレリンによって増幅された。一方、導管液レクチンXSP30は、N-結合型糖タンパク質のコア糖鎖であるGlcNAc-GlcNAcを認識して結合し、その結合はFucなどの修飾により阻害された。また、XSP30が認識する糖鎖は、キュウリ葉の葉肉細胞に多かった。以上の結果より、XSP30は根と葉の間のクロストークに関与している可能性が想定された。


A. Oda, C. Sakuta, H. Kamada and S. Satoh Xylem sap lectin, XSP30, recognizes GlcNAc sugar chains of glycoproteins in cucumber leaves. Plant Biotech. 20: 67-74 (2003)

(導管液レクチンXSP30はキュウリ葉の糖タンパク質のGlcNAc糖鎖を認識する)

 キュウリの導管液レクチンXSP30は、N-結合型糖タンパク質のコア糖鎖であるGlcNAc-GlcNAcを認識して結合し、その結合はFucなどの修飾により阻害された。また、XSP30が認識する糖鎖は、キュウリ葉の葉肉細胞に多かった。


H. Iwai, M. Usui, H. Hoshino, H. Kamada, T. Matsunaga, K. Kakegawa, T. Ishii and S. Satoh Analysis of sugars in squash xylem sap. Plant Cell Physiol. 44: 582-587 (2003)

(カボチャ導管液中の糖質の解析)

カボチャ導管液には、遊離糖としてはミオイノシトールが、また多糖としてはアラビノガラクタンが主に含まれ、後者は主にアラビノガラクタンプロテインに由来していた。また、ペクチンRG-IIも少量であるが存在した。


A. Oda, C. Sakuta, S. Masuda, T. Mizoguchi, H. Kamada and S. Satoh Possible involvement of leaf gibberellins in the clock-controlled expression of XSP30, a gene encoding a xylem sap lectin, in cucumber roots. Plant Physiol. 133: 1779-1790 (2003)

(葉のジベレリンは、キュウリの根において、導管液レクチンXSP30の時計制御を受ける遺伝子発現に関与する)

 キュウリの葉で作られるジベレリンは、根の中心柱の細胞において、時計制御を受けて発現する導管液レクチン遺伝子XSP30のリズム発現の振幅を増幅することが明らかとなった。


C. Kato, H. Kato, T. Asami, S. Yoshida, H. Noda, H. Kamada and S. Satoh Involvement of xylem sap zeatin-O-glucoside in cucumber shoot greening. Plant Physiol. Biochem. 40: 949-954 (2002)
(キュウリ苗条の緑化に対する導管液ゼアチングルコシドの関与)

 播種後50日目の若いカボチャの導管液をゲル濾過カラムにかけたところ、高い緑化促進活性が見られ、この活性は土壌湿潤処理により減少した。この促進因子を逆相と順相カラムを用いて精製し、単一の吸光ピークを有する画分を得たが、このピークは活性がないフェニルアラニンに由来していた。そこで、活性画分中に少量検出されたゼアチン誘導体を調べたところ、zeatin-O-glucoside(ZOG)が同定された。ZOGの緑化促進活性を調べたところ、ごく低濃度でも高い促進活性を有していることが観察された。また、湿潤処理により導管液中の濃度が検出限界以下に減少する事も判明した。


T. Kuroha, H. Kato, T. Asami, S. Yoshida, H. Kamada and S. Satoh A trans-zeatin riboside in root xylem sap negatively regulates adventitious root formation on cucumber hypocotyls. J. Exp. Bot. 2193-2200 (2002)
(根導管液ゼアチンリボシドはキュウリ胚軸における不定根形成を負に制御する)

 植物の茎を切断して根を切除した場合に、地上部器官に最も顕著に見られる変化は、茎からの不定根形成である。この不定根形成は、頂芽から流れてくるオーキシンと切断傷害により産生されたエチレンにより誘導されると考えるのが一般的であるが、根を失ったため、それまで根によって産生されていた物質によって根の形成が抑制されていたのが解除されたという考えも古くから提唱されている。同様の現象が、主根を切除した際の側根形成の促進にも見られる。実際、キュウリの芽生えの根を切除して、胚軸をカボチャ導管液の画分の入った容器に挿して培養すると、本来活発に起こる不定根形成が抑制される。このキュウリ胚軸からの不定根形成阻害を指標に、カボチャ導管液の活性画分を各種クロマトグラフィーを用いて精製し、活性物質の構造解析を行ったところ、不定根形成抑制物質の一つとしてゼアチンリボシドが同定され、実際に導管液中に存在する濃度で十分に抑制効果を発揮することが示された。サイトカイニンは、組織培養などにおいて根の形成や伸長を阻害することが以前から知られており、この結果は、実際の植物体中においても、根端で産生されるサイトカイニンが不定根形成を制御している可能性を示唆している。


C. Kato, H. Kamada and S. Satoh Enhancement of the inhibitory activity for greening in xylem sap of squash root with waterlogging. Plant Physiol. Biochem. 39: 513-519 (2001)
(カボチャ根の浸水処理による根導管液中の緑化阻害活性の増加)

 土壌と地上という異なる環境に身を置いて生きる植物にとって、土壌環境の変化は重要である。根と地上部器官の相互作用の場の一つである導管中を流れる導管液には、多数の有機物質が含まれており、これら有機物質が個体全体の機能調節・維持に関わっていることが考えられる。本研究では、根から地上部器官への情報伝達・個体統御機構の解明を目的に、カボチャの根から採取した導管液(以下カボチャ根導管液)を用い、キュウリ黄化子葉の緑化誘導をバイオアッセイ系として、導管液中の緑化制御因子の解析を行った。
 まず、新土佐一号カボチャに加賀青長節成キュウリを接ぎ木したところ、キュウリ子葉のクロロフィル含量が半減し、さらに、カボチャ根に対する湿潤処理によりキュウリ子葉の黄化が促進されたことから、根で作られた生理活性物質が地上部器官へ輸送され、子葉のクロロフィル代謝の制御等の生理的変化を引き起こすことが推測された。 播種後90日目のカボチャの根に湿潤処理した後、葉の生重量・乾重量とクロロフィル含量を測定したところ、クロロフィル含量の減少が観察された。この植物から採取した根導管液をゲル濾過,カラムにより分画したところ、見かけの分子量1,500付近に強い緑化阻害活性が見られ、湿潤処理によってその活性が増加することが観察された。 この阻害因子の分子量は、Sephadex G-15ゲル濾過カラムによる分析により1,400付近である事が分かり、新規の高分子性生理活性物質である可能性が示唆された。



S. Masuda, H. Kamada and S. Satoh Chitinase in cucumber xylem sap. Biosci. Biotechnol. Biochem. 65: 1883-1885 (2001)

(キュウリ導管液に含まれるキチナーゼ)

 キュウリの導管液には、病原菌の細胞壁成分を分解する働きを有するキチナーゼが含まれており、植物の防御機構に関わっている可能性が考えられた。



佐藤忍 植物の根に関する諸問題 [101] - 根から地上部器官に送られる導管液有機物質 - 農業および園芸 76 (12): 61−66 (2001)

 10億年前に誕生した植物の祖先は、現在の微細藻類と同様に水中において単細胞で生活していたと考えられる。この植物は、1つの細胞の表面から必要な無機栄養素を取り込み、また同時にその細胞が太陽光を受けて光合成を行っていた。やがて植物は長い進化の道のりを経て、水中から乾燥した地上へと進出をはかり、その過程で多細胞化し組織を分化させ、さらに器官を獲得するに至った。地上では、水と無機栄養素を得るために機能分化した根を地中深く伸ばし、その一方で、他の植物との太陽光をめぐる競争に打ち勝つべく、光合成器官である葉を空中高く広げることになった。地中と大気中という全く異なる環境にその身を半々に置き、それぞれの器官で特化した機能を営む個体内分業の結果、それまでのコケ植物などに比べ、個体として高い生産性を得るに至ったのが現在の高等植物(維管束植物)の姿である。そこでは、距離の離れた器官間で、水、無機栄養素、光合成産物などを交換し合うための維管束が発達した。この維管束は、物質輸送経路としてのみならず、お互いの器官を植物ホルモンなどの生理活性物質を介して調節し、個体全体の機能と発達の統御を司る情報伝達経路としても機能している。本稿では、この維管束の中でも、導管の機能に焦点を当て、導管中を流れる液(=導管液)に含まれる、根が産生して地上部器官に送り出している有機物質について、我々の近年の研究成果を中心に紹介させていただきたい。なお、紙面の関係で、導管液有機物質に関する他の多くの知見を割愛させていただいた。興味のある方は前著(佐藤, 1997)を併せてご参照いただければ幸いです。
 目次:導管液の由来、導管液タンパク質の産生とその遺伝子発現制御、導管液中の生理活性物質



作田千代子、佐藤忍 キュウリ導管液タンパク質の根における産生と全身的輸送。 根の研究(Root Research) 9(4):173−176 (2000)



C. Sakuta and S. Satoh Vascular tissue-specific gene expression of xylem sap glycine-rich proteins in root and their localization in the walls of metaxylem vessels in cucumber. Plant Cell Physiol. 41: 627-638 (2000)
(キュウリ導管液グリシンリッチプロテインの根における維管束組織特異的な遺伝子発現と導管壁への局在)

 導管液には、従来、無機イオンや低分子有機物質のみが含まれると考えられてきたが、近年タンパク質の存在が報告された。そこで本研究では、根や導管の個体機能における新たな役割を見出すことを目的に、まず導管液中を流れるタンパク質の正体を明らかにし、次にその産生部位の同定およびその輸送される部位とその存在様式の解明と機能の推定を行った。
 研究材料として多量の導管液を採取することができるキュウリを用い、キュウリ導管液タンパク質遺伝子群のクローニングを以下の方法で行った。キュウリの導管液全体をラットに免疫して抗導管液血清を調製し、次にキュウリ根のmRNAから合成したcDNA発現ライブラリー(200万プラーク)をこの抗血清でスクリーニングし、8種類(Xylem Sap Protein(XSP)-1, 4, 5, 6, 9, 10, 15, 16)をNorthern Hybridizationによる発現解析によって選抜した。これらのクローンの中から、 Glycine-Rich Protein(GRP)と相同性のあったXSP-4, 10を選び、それぞれCucumber Root Specific Glycine Rich Protein(CRGRP)-1と-2と改名した。次に、CRGRPsの根における詳細な遺伝子発現解析を行い、CRGRPsの遺伝子発現が維管束組織の発達と関連があり、主根では、根毛帯で特に発現が強いことが判明した。また、CRGRPs遺伝子をプローブとしたin situ hybridizationにより、CRGRPsの遺伝子発現が、根の根毛帯の柔組織細胞で特異的に起こることが判明した。一方、大腸菌の発現系を用いてCRGRP-1タンパク質を合成し、それを抗原として抗CRGRP-1血清を作製し、Immunohistochemistryを行ったところ、リグニン化の起こっている葉、茎、根の導管の壁および茎のperivascular fibers(蔓性の植物に存在する維管束を取り囲む厚膜細胞)の細胞壁にシグナルが確認された。
 以上の研究から、glycineを多く含むタンパク質が、根の維管束内の特異的な組織で合成され、導管液の流れに乗って全身に輸送され、導管の壁やperivascular fiberの細胞壁の維持と機能に役立っている可能性が示された。



S. Masuda, C. Sakuta and S. Satoh cDNA cloning of a novel lectin-like xylem sap protein and its root-specific expression in cucumber. Plant Cell Physiol. 40: 1177-1181 (1999)
(キュウリ導管液に存在するレクチン様タンパク質の遺伝子クローニングとその根特異的な遺伝子発現)

 キュウリやカボチャの根導管液には、レクチン活性(血球凝集活性)が存在する。キュウリ導管液の主要なタンパク質であるXSP30(30kDa)は、ガラクトース結合型のレクチン(ヒマ種子のRicin B鎖)と一部相同性を有する新規な構造をしていた。XSP30の遺伝子発現は根特異的であり、導管液中を流れるタンパク質は葉に蓄積せず速やかに分解された。



Y. Inouye, T. Wakahoi and S. Satoh N5-(4-methoxyphenyl)methyl-L-glutamine in xylem sap from squash root. Phytochem. 51: 425-428 (1999)
(カボチャ根導管液に存在する新規アミノ酸・メトキシベンジルグルタミン)

 高等植物の根は、生合成した様々な有機物質を導管流に乗せて地上部器官へ輸送することにより、個体の発生や機能調節に関係していると考えられる。我々は、カボチャの根導管液の生理活性検索の一貫として、キュウリ胚軸からの不定根形成を阻害する活性画分中の、新規アミノ酸の同定とその生理活性の調査を行った。
 2Lのカボチャ根導管液を分液して得た不定根形成阻害活性を有するブタノール相を、逆相クロマトグラフィー(ODS/HPLC)で分画し、紫外吸収で単一ピークを示す阻害画分を得た。この画分には、0.2mgの固形物が含まれ、紫外吸収スペクトル、high mass、ESI+/-mass、1H-NMR、さらには化学合成品の分析を行い、この画分の主要物質として、新規アミノ酸である、N5-(4-methoxyphenyl)methylglutamine(メトキシベンジルグルタミン)を同定した。
 この化学合成品を1mMの濃度でキュウリおよびカボチャ芽生えのシュートに胚軸の切り口から与えると、キュウリの不定根形成に対する弱い阻害活性と、カボチャおよびキュウリの第一葉の展開を阻害(遅延)する活性が見出された。



C. Sakuta, A. Oda, S. Yamakawa and S. Satoh Root-specific expression of genes for novel glycine-rich proteins cloned by use of an antiserum against xylem sap proteins of cucumber. Plant Cell Physiol. 39: 1330-1336 (1998)



S. Satoh, T. Kuroha, T. Wakahoi and Y. Inouye Inhibition of the formation of adventitious roots on cucumber hypocotyls by the fractions and methoxybenzylglutamine from xylem sap of squash root. J. Plant Res. 111: 541-546 (1998)



佐藤忍 アポプラストを流れる有機物質 - 根からの情報伝達経路としての導管。 化学と生物 35:518ー524 (1997)

 目次:1. 地上部器官の発生を制御する根  2. 根の組織と導管液有機物質の合成  3. 根の活力を伝えるサイトカイニン  4. 土壌環境をモニターする根  5. エネルギー源にならない糖質  6. 導管中を流れるタンパク質  7. 導管液の多様な生理活性



S. Satoh Inhibition of flowering of cucumber grafted on rooted squash stock. Physiol. Plant. 97: 440-444 (1996)
(カボチャ根の接ぎ木によるキュウリ花芽形成の阻害)

 高等植物の生活環においては、まず栄養生長が起こり、続いて生殖生長への移行が起こる。ある種の植物では、その移行が、日長や低温により誘導される。一方、中性植物と呼ばれる植物は、それらの外的要因に対して鈍感であり、おもに自発的要因、例えば成熟度などによりその移行が誘導されると考えられている。近年、アラビドプシスにおいて、栄養生長から生殖生長への転換を抑制している内生のファクターがあることが、遺伝学的に示された。また、いくつかの植物においてactive rootの存在がflower initiationを阻害する事も報告されている。しかし、それらファクターの実体は、依然不明のままである。
  中性植物の代表であるキュウリでは、初めの頃に形成される側芽は栄養生長を行い、次のステージで形成される側芽では雄花形成を、さらに次のステージで形成される側芽では雌花形成を行う。雄花形成から雌花形成への移行には、エチレンとジベレリンが関係していることが知られているが、栄養生長から生殖生長への移行のメカニズムは解っていない。
  日本でキュウリを栽培する場合、主に土壌由来の病害を防ぐために、しばしばカボチャの台木にキュウリを接ぎ木する。その際窒素肥料を多く投与すると、キュウリの花付きが悪くなることが経験的に知られる。その理由は、normalな植物体では、茎葉と根の生理状態のバランスが保たれつつ、発生が進行するのに対し、接ぎ木植物体では、茎葉と根の生理状態のバランスが崩れたためと考えることが出来る。本研究では、キュウリをカボチャの台木に接ぎ木し、その結果起こるキュウリの花形成の阻害を調査し、得られた結果を元に、ウリ科植物の栄養生長から生殖生長への移行における、根の機能を考察した。
  本研究において材料として用いたShimoshirazu−jibaiとRennseiは、各々、主枝に雄花または雌花を着けるキュウリの品種である。両者ともに、はじめの数節には花芽を着けずに栄養生長を行い、その後生殖生長へと移る。これらのキュウリをカボチャ台木に接ぎ木したところ、どちらの場合にも花形成が強く阻害された。 実体顕微鏡を用いて葉脇を観察しても、花芽の発達が全く観察されなかったので、花形成の誘導かまたは発達のかなり初期の段階ですでに阻害機構が働いていると考えられる。
  この阻害は、キュウリの根を含む胚軸を切除せず、キュウリとカボチャの根を含む胚軸を共存させた場合でも起こった。この事は、カボチャの台木ではキュウリの花形成に必要なファクターが欠けているのではなく、花芽形成を阻害するファクターがカボチャ台木に存在していることを示唆している。また、この阻害は12ー13節以上では見られなくなったので、そのファクターが上位節に運ばれる過程でそのファクターの量かまたは効果が減衰したか、または、上位節ではそのファクターに対する感受性が低い等の可能性も考えられる。
  接ぎ木によりキュウリとカボチャの根を含む胚軸を共存させ、2週間後に台木のカボチャをすべて取り去ると、7ー10節目からは花形成が見られる様になった。さらにカボチャ台木による阻害は、接ぎ木後1週間目にカボチャの子葉を切除しても変化せず、子葉に加えて根も切除することにより消失した。これらの事はカボチャ台木の中でも根が花形成を阻害している、言い換えれば根が阻害ファクターを生産しており、カボチャ根が存在する時のみその阻害ファクターが癒合部分を通リ、キュウリの花形成を阻害することを示している。  
  根が地上部器官の発生に影響を与える伝達物質としては、サイトカイニンと無機・有機窒素化合物が知られている。どちらも茎葉の成長促進と葉のクロロフィル量の増大を通して栄養成長を促進することが知られている。総節数と茎葉の乾重量は、子葉の着いたカボチャ芽生えを台木に用いた場合が一番多い。この成長に対する促進効果はカボチャの子葉を切除することにより失われた。しかし子葉を切除した場合でも子葉がある場合と同様に花形成の阻害が見られるので、花形成と生長量の間に相関が見出されない。またクロロフィル量は、逆にカボチャの子葉が有る場合が最も低いが、花形成で見られるようにカボチャの根の存否には影響されないので、花形成とクロロフィル量との間にも相関が見いだせない。以上のことは、花形成の阻害が、サイトカイニンや窒素化合物による栄養生長の促進によっている可能性を否定している。
  根と茎葉を結ぶ通導組織としては、導管が主な役割をしている。そこを通る導管液には、無機物質を始め、サイトカイニンやタンパク質、糖質など様々な有機物質が含まれている。本研究で見出した花形成の阻害ファクターの実体解明には、サイトカイニンをはじめとする導管液に含まれる生理活性物質の総合的な解析が必要である。正常な植物体中における根と茎葉とのバランスを、接ぎ木によるキメラ植物の作製により敢えて崩した本研究は、ウリ科植物をはじめとした中性植物のfloral transitionのメカニズムの解明の一助となるであろう。



S. Satoh, C. Iizuka, A. Kikuchi, N. Nakamura and T. Fujii Proteins and carbohydrates in xylem sap from squash root. Plant Cell Physiol. 33: 841-847 (1992)
(カボチャの根からの導管液中のタンパク質と糖質)

 導管は、水や無機物質を地上部器官へ送ることが主な役割であると考えられてきたが、その他にも、根で合成されたアミノ酸やサイトカイニンの様な有機物質を地上部へ運ぶことにより、個体の統御に関係していると考えられる。近年培養細胞が培地中へ様々なタンパク質や糖質を分泌することが報告されているが、同様に培地と相同である導管液にもタンパク質・糖質が分泌され、何らかの機能を果たしている可能性が考えられた。そこで、導管液が大量に採れるウリ科のカボチャを材料に用い、導管液に含まれるタンパク質と糖質の分析を行った。培養室または圃場で約3カ月育てた新土佐一号カボチャの茎を、地上から約30cmの位置で切断し、滴下する液を根導管液として氷上にて採取した。切断後3日間にわたり採取したところ、液量は時間と共に減少したが、一定量の導管液に含まれるタンパク質を、SDS電気泳動にかけたところ、液量当たりのタンパク質量はほぼ一定であった。タンパク質には、常に一定量存在する物と、時間と共に減少または増加する物が見られた。また糖鎖の染色も行ったところ、それらの内のいくつかは、糖タンパク質であることが判明した。次に、導管液に含まれる糖質を、80%エタノールにより、高分子と低分子に分画し、そこに含まれる糖質の分析をガスクロマトグラフィーおよびアミドカラムを用いた高速液体クロマトグラフィーにより行った。その結果、高分子の糖としては、ウロン酸を多く含みアラビノースとガラクトースを比較的多く含む、おそらくペクチン性多糖が存在し、オリゴ糖としては、ガラクトースとグルコースが多く含まれている糖質が、フリーの糖としては、フルクトースが多く存在していた。しょ糖が検出されなかったことは、この液に師管液の混入が無いことを示している。この研究により、導管液に様々なタンパク質や糖質が含まれることが判明したが、これらの根で作られた物質は、地上部において何らかの生理作用をしている可能性が考えられた。



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