つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 46-47.

オンラインジャーナル、Tsukuba Journal of Biology 創刊を祝って
―私大教員の立場から―

秋山 豊子 (慶應大学 生物学教室・日吉ITC)

 『ウーム...』。筑波大学の、それも、生物学類で独自のオンラインジャーナルを刊行するという意気軒昂なアピー ル文を頂いたのはしばらく前のことでした。そして、すぐに文章を送れというご指示です。締め切りは2週間後、ご丁寧にそれに遅れたときは、次号に掲載すると言うことまで追記がされていました。これは、何か書かなければそ の後の付き合いができないと思うのは日ごろの付き合いが悪いからでもありましたが、うなったのは2つ理由がありました。

 1つ目は、創刊号コンテンツを見て、いったい何が私に求められているだろうかと言うことでした。大学院から東京教育大に入り修士課程を出て、博士課程から筑波大に編入となり、2年目に就職のため中退したため、どうも 『筑波大学の卒業生』とはいえないと思いながら、筑波大は研究者として育ててもらった故郷のような気がしている ことも事実です。ここは、勝手に『同窓生』を名乗らせていただきましょう。同窓生が私大の教員になって、外から見た『筑波大』を考えると言うことは一つのメッセージになるでしょうか?

 2つ目は、大学としてこのようなIT活用における取り組みについてでした。私は、現在、慶應大学の日吉ITC (Information Technology Center)の所長を仰せつかっています。決して、その面の専門家ではないので「一般ユーザとして提言してゆく・各方面の調整をしてゆく」と言うのが私の役割だと思っています。ご存知のようにこの方面での革新は目覚しく、うまく使えばさまざまに有効利用ができる反面、アピール文にあったような『掲示板』のように本来の機能が果たせずに、事後処理に追われるとか、下手をすると犯罪行為になってしまうようなこともありえます。しかしながら、このような有用な通信手段を使わない手はないわけで、特に、労力も経費も少なく、広い範囲に意見交換できるというメリットは大きいと思われます。そのような経緯から、このような『オンラインジャーナル』を刊行されたのはさすがと言う気持ちでした。まだ、このジャーナルの性格が明確ではありませんが、送られてくる原稿と『査読』もあるということから、おのずと明らかになってゆくだろうと期待しています。

 さて、本論に入って、私大教員からのメッセージです。アピール文には、国立大学も独立法人化のため、社会への還元を考慮し、社会からの理解を得るように努めなければならないとありました。国立大のみならず、18歳年齢 の減少とともに大学経営には厳しい風が吹いており、その風は私大にはもっと現実的です。この6月の時点で定員を満たすことができなかった私大はかなりの数に達しています。よく、慶應大学は大手だから、とか、有名校だから大丈夫でしょうと言われますが、この現実はさまざまな形で影響してきています。ただ、私大の大半はこの現実 を早くに受け止め、さまざまな努力をしてきたと言えます。

 私が慶応大に就職したのはもう25年も前のことですが、就職してすぐに気がついたのは、さまざまな形で在校生へ慶応大生としての『アイデンティティ』を植え込んでいくプロセスでした。全『塾』(慶応大では大学と言わずに 塾という)的な応援団を繰り出す『早慶戦』には、行かなければ慶應生ではないと言われるし、さまざまなニュースや印刷物が、学生向け、父兄向け、OB・OG向けとあり、日吉のキャンパスでテント村のような景観で行われる全塾的な同窓会(連合三田祭)は、大学在校生による三田祭をはるかに越えた規模で行われ、卒業生の会社が数多く出店 し、卒業生の有名タレントのコンサートあり、車が当たるくじ引きあり、最後に校歌を全員斉唱するころには参加者は否応なく慶応生であることをしっかりと再認識し、それを楽しんでいるようです。退職する教員の最終講義や、 入学式、卒業式には父兄以外に多くの卒業生や卒業40・50周年などの大先輩も招待され、その後に臨時の同窓会が 行われるなど、卒業生が大事にされている様子がうかがえます。このことが、卒業生の愛校心にもつながっているようです。大学4年の就職活動でも、まず、卒業生を頼って訪問し、内部の事情を聞くなどはあたりまえに行われていて、卒業生も実によく面倒を見ています。就職した先でも会社や業界ごとに同窓会である三田会が組織されて いて、これが大学で大きな行事を計画するときの経済的なバックアップとして機能しているようです。

 入学希望者に対するオープンキャンパスなどは、どこの大学でもやられるようになりましたが、高校への出張説明会で高校へアピールするとともに、18歳年齢以外の層に対して、さまざまな形態の学習システムもあり、通信教育課程、外国語学校やビジネススクールなどもあります。一般社会への還元としては、無料の講演会のほとんどは 一般開放で、多くの有名人、研究者、政治家などの話しをじかに聞くことができます。もちろん、慶応大にも、改善すべき点は多々あり、すでに、筑波大学でも、このような取り組みをされているかもしれません。強調したいのは、大学の視点が在校生を通して、卒業生、企業、父兄、社会へと開かれていて、絶えずコンタクトを取る努力をしている点です。終生とは言わないまでも、時折の同窓会のみではなく、実質的に卒業後も何らかのつながりを持 ち続けることです。そのつながりが、できれば大学の知的資産の共有を含んでいれば理想的です。この点では、このオンラインジャーナルはまさに時機を得たものと言えると思います。

 いうまでもなく大学と言うのは教育・研究の質で評価されるべきだと思いますし、筑波大学はその面ではOB教員・ 在籍教員と学生のかたがたの努力で既に高い評価を得ていると思います。しかし、学生が卒業し、就職する際には、 その評価が十分に実りのあるものでなければならないと思います。すなわち、まず自分の能力を評価される機会を得るべく、就職できなければならないということです。その時、筑波大と何らかの関係があった人間が、同じアイ デンティティを持って筑波大の学生に対応してくれるでしょうか? また、大学や研究所へのアカデミックな職に 就こうとすると、これは大変厳しい選択で、このような職の定員が減少している時代もありますが、卒業生として のアイデンティティをもってしても、これらの求職者へどう答えることができるか、実際問題として難しいところ です。このような問題に対しても、このオンラインジャーナルが、新たな方向へ就職先を広げるような展開になれば、在校生にとっても非常に有益でしょう。

 このオンラインジャーナルが、筑波大学・生物学類のアイデンティティを確立してゆくことに機能し、生物科学・ 生命科学の分野で『学ぶ楽しみ・科学する喜び・教える冥利』を伝えられたら良いなと考えています。まずはオンラ インジャーナルの刊行を祝い、その成功を祈って、私大教員からのメッセージと致します。

Communicated by Osamu Numata, Received August 19, 2002.

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