つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 6.

Tsukuba Journal of Biology の発刊によせて

堀 輝三 (元 筑波大学 生物科学系)

 4月から、前学類長小熊譲教授の満期任了にともなって新たに就任された林純一教授から、生物学類の新しい活動として斬新なるアイデアにもとずく Tsukuba Journal of Biology の創刊計画の話が届きました。他に類をみないであろう非常に独創的な計画であり、実りある発展を期待します。林学類長が送って下さった創刊実現への経過説明 を読みながら感じたことを、私の最近の体験に照らして述べ、発刊へのエールとします。

 学類卒業後社会に分散した卒業生、退任後はほぼ関係が(自動的に)絶える(ことが多い?..........退任後間 もない小生の単なる憶測ではあるが、在任中に先達の方々について感じていたことですが)元教官、事務官、技官が 蓄積した人的・知的財産、経験を、有効に活用する手だてが生物学類にはこれまでなかったのですが、今回の計画は 少なくともそれを実現できる可能性の秘めた方法の一つであろう期待します。日本において、本大学が大学の先行試行モデルを経験してきた歴史を考えれば、こうした Journal 発刊の発想は、30余年を経過した成熟の果実の一つとして、自然に希求されてきたものと思います。並々ならぬ刊行への意気込みが、経過説明から読みとれます。Journal を標榜し、その意義の評価を得るには、特に初期の刊行活動に並々ならぬエネルギーの注入が必要でありましょう。 現役スタッフの熱意に期待し、その発展を見守りたいと思います。

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 これまで学類が過ごした時間は、水泳でいえばクロールや平泳ぎ、ときにはバタフライのような猛烈な泳ぎでゴー ルを目指していたことに例えられるかも知れません。自分の泳ぎの軌跡を見返ることなく突き進んで来たに等しいわ けです(自分も、先日まではその渦の中に身をおき、泳いでいていたわけですが)。しかし、成熟とともに周囲の動 向を観察しながら自分の泳ぎ方を修正し、かつ観衆という社会の反応をも見ながら泳げる泳法、すなわち背泳ぎに変 えることに思い至ったのではないかと思います。人を育てるということを通して、これまで生んだ膨大な人的、知的 財産。その意義と価値を、これまでほとんど顧みることなく過ごしてきたことに気づき、それを、再現、再生活用す ることの意義に気がついたと解釈できます。背泳のスピードは、他の泳法よりはるかに遅い。自由形競泳(これから の大学がおかれる環境を例えるならば)では、この泳法で他に抜きんでる可能性は低いように一見みえます。しかし、自分たちが創った生物学類の歴史を記録として蓄積しておくことは、時の経過とともに大きな意義を生むものであり ましょう。私は、最近手がけている有史以後という地史的時間でいえばほんの短い時間の間の、生物の歴史に関する 調査で、中世の教科書にあたる文書の中に1語書かれていたことが、それにまさる証拠が他にないことを知りました。 残された記録の意義の重大さを、身をもって感じた一例です。記録の保存は、過去を述懐することに役立つという消 極的なものではなく、現状を再検討し、未来の道を探る土台であることを確信します。その場面に立ったとき初めて、亀の勝利の意味が実感されましょう。この Journalがそうした意義を果たすようになることを期待します。人間に例えればある年代に達すれば、根元的な欲求として歴史に関心が向き始め、記録を残すことの意義を感じ始めます。残していなかった自分の過去に悔恨しきりということを屡々感じます。私のそうした経験から、生物学類の情 報が先ず記録として残ることの意義をこのJournal に感じるわけです。

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 インターネット時代に合わせて、発行はインターネット上で行われるとのことですが、このことについて私は微かながら一つの危惧を覚えています。マスメデイアとして登場したテレビの初期の情報の大部分は消えてしまいまし た。、現在のわれわれは全く再生活用できないでいます。音声情報の方法としてかって活躍した、オープン・リールのテープレコーダーで収められた情報も、現在のわれわれは全く再生活用できないでいます。前者は、情報が収集保 存されていないことにあり、後者は再生装置が周囲から消えてしまったからでありましょう。インターネット情報の 収集保存システムが発達していない現在の世界において、自分達でその方策を最初から計画しておく必要があります。 印刷体から電子情報に変わりつつある現在、その至便さと、日毎の技術進歩の産物である新方式に目が奪われ、それ を使った情報の発信にのみ関心が集中し、発信した情報の保存に全く目が向かなかった過去を省みれば、この Journal については、その方策を最初から考えておいていただきたいと思います。何年かの後には、このJournal に蓄積された情報が他で換えることのできない価値を生むことになるでありましょうから。発展を祈念します。

Contributed by Terumitsu Hori, Received August 3, 2002, Revised version received August 18, 2002.

©2002 筑波大学生物学類