つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 8-9.

創刊号に寄せて ―未来への航路を照らす灯台―

牧岡 俊樹 (元 筑波大学 生物科学系)

 つくば生物ジャーナルの創刊をお祝いいたします。この画期的な試みが、学類長が格調高く述べられた所期の目的 を完全に果たし、生物学類の、さらには筑波大学の、新たな発展のさきがけとなることを切望いたします。それには、卒業生および在学生諸君の積極的な意見表明、つまり原稿の提供が大前提です。多様な問題について活発な知識見解の交換が、このオンラインジャーナル上で火花を散 らして行われますよう期待しています。

   筑波大学生物学類にはきわめて多くの分野から究められる多様で豊かな生物学の世界があり、ここから何をどれだけ取って自分のものとするかは学生諸君の意欲次第です。しかしそうは言っても、4年間でその全部を学ぶことは時 間割の上からも困難で、実際には一通りいろいろな分野を学んだ上、どれか1つを専門分野に選び、卒業論文を書いて卒業することになります。しかも学類在学中には、毎日の授業の中で知識や技術の習得に追われ、また卒業後には、 毎日の多忙な仕事に追われ、常に前を見て進む日々の中で、生物学の全体像や生物学を学ぶことの意味を考える余裕はあまりないことでしょう。

   しかしたとえば休暇中など、自分の日常を少し離れた時間の中で、自分は生物学類で何を学んでいるのだろう、あるいは学んできたのだろうと自問する時がきっとあるでしょう。そこで自分のノートを読み返したり参考書などをあさったりしながら考えるうちに、まるで高空から地上を見るように、今まで学んできたこととまだよく学んでいないこととの関係や、全く別の分野だと思っていたことがらとの意外なつながりが、部分的には雲にかくれているかもしれないが、少しずつ見えてくるでしょう。そして、生物の科学である生物学が生物である自分の生き方や、生物である人類の社会のあり方とどう関わっているのかを、自分のことばで考えることができるようになり、あらためて、生物学の学びたいところや学び足りなかったところをさ らに学びたくなるような,おもしろい経験をするのではないでしょうか。

   そういう経験はたぶん個人的なもので、地上を見る高さも雲のかかり方も見ている時間の長さも人それぞれでしょ う。まるで夏の日の一瞬の錯覚のように、すぐに忘れてしまうかもしれませんし、そうでないまでも、そんな経験を 友人や先輩と話し合うことはふだんはあまりないでしょう。しかしつくば生物ジャーナルでは、多くの具体的な問題とともに、たとえばこんな個人的な経験でも述べることができ、それについて多くの先輩や後輩からの反響が期待で きることでしょう。  そのようなやりとりは、在学生にとっては、卒業後の自分の姿をより具体的に想像する手がかりともなり、また卒業生にとっては、在学時代の自分のいわば原点に戻ってみることによって、これから自分が進むべき道をより広い視 野から見通すきっかけともなるでしょう。

   また筑波大学は、在学生諸君が日頃感じるであろう以上にじつはよい大学で、特に生物学類はそうだと思いますが、 多くの卒業生諸君が、社会に出てはじめてそれを実感するのではないでしょうか。しかしよければよいで、こうすればさらによいというさまざまな意見もあることでしょう。たとえば,生物学類のカリキュラムは就職のために役に立たず、また社会のニーズに対応していない、もっと社会に受け入れられやすい、時流に敏感なものであるべきだという意見や、あるいは、大学の教育は短期的な社会の動きに追随するのではなく、学問の継承と発展を追究することから導かれた長期的な将来への見通しにもとづいて行われるべきで、それが就職のための予備校とは違う本来の大学の存在理由であり、社会が大学に真に期待するものであるという意見など、対立する見解もあることでしょう。そのような意見は生物学類が、さらには筑波大学が、新しい時代への進路を決めるための基礎資料としてぜひとも必要なも のですが、今まではそれらを述べ、また議論するための場といえるようなものがありませんでした。つくば生物ジャーナルはそれらをとりあげ、議論していく場としてもふさわしいものと思います。

   私は2002年3月をもって筑波大学を定年退職し、東京教育大学以来34年間にわたる長いご縁は終わってしまいま したが、このたびつくば生物ジャーナルの創刊にあたり、教員OBとして参加を許されることになりました。私はこ のオンラインジャーナルを、生物学類のさらなる発展の出発点として、また日本の大学のあるべき姿を示す灯台とし て、大きな期待をもって見守って行きたいと思います。


学生に大人気のイラスト
牧岡 俊樹 画

Contributed by Toshiki Makioka, Received August 7, 2002.

©2002 筑波大学生物学類