つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 42-43.

理学部の理とは? 理学部生物学科で学んで想うこと

鈴木 保博 (ポーラ化成工業(株)研究所 医薬品事業部)

 大学の研究室のような閉鎖的社会では、みんな同じような研究をしている。たとえば、生物材料が同じで違う遺伝子を研究したり、ある種の酵素を臓器別・生物種別で調べたり、プランクトンの生態を地域の違いで観察したり、 テーマのネタは尽きない。でも所詮はバイオロジーの範疇である。象牙の塔に、数年から長い人では数十年いるこ とになる。

 ところが、大学(院)を出て、企業に就職すると、いろいろな分野の人間がいることを知る。企業の中でも、モノを作って売るのを商売にしているところは、職人芸的なところがあるし、専門の分業も進んでいる。工場には、生産技術の人がいるし、研究所には、ありとあらゆる背景を持った人々がいる。リストラで、理科系大学を出た人で も、広報・宣伝部にいたりする。必ずしも大学で学んだ専門分野が、あまり役に立たないことの方が多そうだ。企業側としては、採用後に適性を見たりして、企業で人を育てて行くので、大学で遺伝子工学を習った人が、厚生労働省への申請手続き業務をしたりするのは、日常茶飯事だ。

 医薬品・食品・化粧品関連の企業の研究所では、薬学部、農学部、工学部出身が圧倒的だ。応用技術を身に付けた技術者が必要だからだろう。理学部・生物学科(筑波大でいえば、第2学群生物学類)の出身の人は、非常に稀 だ。就職難の時代では、敬遠されがちである。企業サイドからみれば、製薬企業が採用する場合にたとえば、生物学科で昆虫の脚の毛の本数と餌の関係を研究した人と、薬学科で生薬植物のある化合物の精製と構造決定およびその平滑筋収縮に対する効果を研究した人とどちらを取るだろうか?残念ながら現状は後者だ。

 生物学なんかをやってると、様々な人によく聞かれる。「何でそんなことしているのですか?」「何の役に立つんですか?」「就職は、動物園か水族館かですか?」こう答えることにしている。「面白いから。命の不思議を少しでも知りたいから。」「すぐには、何の役にも立たない。生まれたばかりの赤ちゃんは何の役に立つのですか?」「就職は銀行でも証券会社でも採ってくれればありがたいが、就職のために生物学を選んだ訳ではない。」

 仕事で何をやっていても、大切なことは、考え方・思考法である。科学的なものの見方がいかに出来るかである。 医学の世界では最近、Evidence-based medicine (EBM)という言葉がよくいわれる。新薬開発のための臨床試験では、ヒトを用いた試験であるがゆえに、倫理的配慮の下、科学的に行われるためのGCP (Good Clinical Practice)という厚生省令すらある。巷では科学・科学的という言葉をいとも簡単にしかも安易に使っている。

 サイエンスって何?科学的とはどういうこと?理学部は何をする学部?理科系ってどこまでをいうの?ここであらためて、理という言葉を、辞書で引くと、1.すじ目。2.物事の筋道、ことわり(筋道、道理、理由)。3.整 える、おさめる。4.自然科学。などの意味である。理の付く熟語を挙げてみる。道理、原理、真理、物理、生理、 地理、数理、病理、薬理、心理、管理、整理、総理、審理、料理、調理、論理、倫理、無理、有理、理科系、理論、 理屈、理路整然、理由、理解、理性、理想、理知的、理念、理髪、理容。何となく理の持つ意味が解ったような気がするが、理に悪い意味はなさそうである。

 では理科系大学で何を学ぶか?大学は就職予備校ではない。高校までは皆、勉強してきた。勉強とは、文字どおり強いて勉めるの意味で受身的、強制的ニュアンスである。しかし、大学とは勉強ではなく、学問をするとことで ある。学問とは学んで問うことで、主体的、能動的、積極的なニュアンスである。私立の薬科大学は、薬剤師免許の国家試験の合格率を上げるべく、そのような(予備校的な)教育システムを築くだろう。農芸化学や微生物発酵 工学の分野は、卒業生が発酵や食品の会社に大勢いて、派閥があるくらいだ。製薬企業は、薬学部が今なお多いのは、やむを得ない。  自分自身を振り返ると、学部で4年、院で5年、その後、アメリカの研究所にいて、その後、筑波で研究生、その間に高校の生物の非常勤講師、それから企業の研究所で生化学、医薬品開発にも携わり、今はライセンス交渉担当で国内外を相手にビジネスを展開しようとしているが、その背景すべてに共通するものは、「生物学的科学: Biological Science」の様な気がする。

 理学部で教育を受けたこと、生物学を学問として学んだことに、もっと誇りを持っていいと思う。生物学とは、生きるとは何か、生きているとはどういうことかを探索する学問、ヒトが良く生きるとは何かを地球上の多種多様な生物から学ぶ学問だから。生きるとは何かを学ぶのに、著名な哲学者や宗教家の著書を読むことよりも、臨海実習でウニの受精卵の発生を顕微鏡で観察した経験は貴重だ。

 最後にまた質問をひとつ。あなたはScienceとTechnologyのどちらを学びますか、あるいはどちらを学びましたか?
Boys and Girls, Be Scientific!

おまけ:英語は日本語よりロジックな言語だし国際語だから、若いうちにやっておいたほうがいいです。井の中のオタマジャクシも、グローバルなカエルになれます。

おわび:書き終わってみて、まあ自分のような未熟者が、生意気に偉そうなことを書いたなと思うとすこし自嘲的で赤面します。でも昔よりは少しは成長したかな。

Communicated by Osamu Numata, Received August 9, 2002.

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