つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: xxx-xxx.

連載:編集者の仕事

―第2回 やっぱり本命は企画だ―

浦山 毅 (共立出版(株))

 編集の醍醐味はやはり企画だと思う。本を世に送り出したとき、本が予想以上に売れたり、「目のつけどころがちがうねぇ」なんて人に褒められたりすると、著者以上にうれしい。今回は、企画立案のためのポイントを述べてみよう。

 まず、編集者は世の中の動きを見極め、「テーマ」(後で書名となる可能性が高い)と「人」(後で著者になる可能 性が高い)をつねに物色していないといけない。新聞や雑誌で大きく取り上げられた場合にはすでに手遅れの状態 なので、できれば小さな記事やマイナーな媒体から探し出す。しかし、文章だけでは著者の総合的評価がわからな いので、シンポジウムや講演会があればそれを聞きに行き、できれば講演後に演者と実際に話をしてみる。講演会 では、同時に聴衆の反応も知ることができるので、貴重な判断材料となる。理学系出版の場合は学会がねらい目で ある。

 その人がたとえ将来の著者候補とならなくても、誰か別の人を紹介してくれるかもしれない。あるいは、原稿を 書き起こす時間はとれないけれど編者や訳者としてなら協力してもらえるかもしれない。あるいは、そのときは時間がとれなかったが、かなり後になって執筆のための時間がとれるかもしれない。とにかく、気に入った人(著者 の候補)とは長くおつきあいをすることが肝要である。ただ、そういう人には他社の編集者もアプローチしている かもしれないから、できれば事前にその人の業績とかテーマの内容について調べておき、話の中で相手に自分を印 象づけることも時には必要だろう。

 どこの出版社であっても、自分一人の判断で出版を決定することはできないだろう。たいていは企画会議のよう なものがあって、そこで議論をして採否を決めると思う。ここで難しいのが、著者に執筆を打診するタイミングである。本の構想を相談された著者は、すでに出版が決まっているものと考えるにちがいない。ところが、著者から具体的な構想案を聞かないかぎり企画会議では審議が始められず、著者から何らかのデータを事前に提出してもら わなければならない。しかも、著者と出版社の意図しているものがつねに一致しているとは限らない。編集者は、著者と企画会議の両方とうまく連絡をとりながら、企画を無事通過させないといけない。

 出版を決意する動機は何か。テーマに関して判断材料になると思われる事柄には次のようなものが考えられる。出版社の使命(社会的要請)、著者のするどい着眼点、話題性や社会的インパクトの強さ、出版のタイミング、知的好 奇心や個人的趣味の満足度、資料的価値の有無、売れる見込み(確実な利益)など。しかし、一方でリスクも考えておかなくてはならない。本の内容が出版社のカラーと一致しているか、編集者にとって不慣れな領域ではないか、既存の販売ルートや宣伝ルートが活用できるか、新領域へ進出するにあたってそれをフォローしつづける覚悟はできているか、失敗したときの損失はどの程度か、など。この2つのバランスの上で企画の採否を決定しなくてはな らない。といっても、しょせん企画は「水物」だから、最後には編集者の勘がモノをいう。

 本の内容構成に関しては、原稿が完成した時点でもう一度チェックしなければならないが、執筆が開始される以 前に、取り上げ方に偏りはないか、切り口は新鮮か、ストーリー性はあるか、読者に届けたいことがストレートに表現できているか、図や表は本文の理解をきちんと助けているか、引用の範囲は適切か、資料は十分か、などを確 認しておきたい。

 著者に関しては、次のようなものが備わっているかどうかを判断する。本が好きであること、専門性(知識、経験、地位、能力)と人間性(人望、人柄、責任感、粘り強さ)が申し分ないこと、知名度(ネームバリュー)が高い、確かさが感じられる、将来性がありそう、など。編者として期待するなら、組織力があること(リーダーシッ プ、人脈)を加えてもよいだろう。すでに文章を書かれた方ならその書きっぷり、すでに講演の経験がある方ならその話しっぷりもおおいに参考になる。話に魅力(安心感、気品、熱意、工夫)が感じられる、主張に一貫性がある、話の展開がうまい(理解しやすい)、読聴後に満足感がある、など。

 企画としての方向性が決まったら、本のスタイルもある程度、考えておかなければならない。まずは書名。これのよし悪しで売れ行きに差が出るのも事実である。書名は本の内容を的確に言い得ているか、簡潔でいて、奥行きが感じられ、心地よく響き、魅力があるか、など。それに、装丁と定価。テーマに合った装丁は必ずあるものだし、 それを読者が買うことを考えれば適切な定価というものも必ず存在している。類書がある場合には、その定価も参考になるだろう。そして、編集者の域をすこし越えるが、本を売るときの殺し文句(セールスポイント)が用意できるか、販売ルートが確保できるか、宣伝媒体をうまく使いこなせるか、なども考えておく必要がある。販売上の問題について実際に行動するのは営業や販売の人間だったとしても、彼らにいちばんのヒントを与えたり指示したりできるのは、中身を知っている担当の編集者だけなのだから。

 読者を想定することも必要である。編集者は「自分だったらこんな本がほしい」という明確なイメージを持っていなければならない。そうしなければ、本当に読者が満足できる本を著者に書かせることはできないだろう。最初から、あの分野もこの分野も取り込めるかもしれない、などと広い読者層を設定してしまうと、かえってどの読者からも見向きされない駄本になる可能性が高い。むしろ、一定の読者しか対象にはしていないが、その代わり対象読者には必ず満足を与えることができるにちがいないと考えた本が、本来の読者層はもちろんのこと、意外な読者層にうけたりするのである。隠れた潜在的読者の存在を知るには、編集者として普段からいろいろなことに興味をもち、過去の本の思わぬ売れ行きの原因などを分析しておく必要がある。餅は餅屋のことわざどおり、書店の人に相談し協力を仰ぐのも手かもしれない。

 このように、企画立案に際してはいくつも押さえておかなければならない点が存在する。では、それらを踏まえたうえで、当事者である編集者にはどういう資質が求められるのだろうか。次回は、編集者に求められる資質を探ってみよう。

Contributed by Takeshi Urayama, Received December 2, 2002.

©2002 筑波大学生物学類