つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200403SM.

特集:卒業・退官

4クラスの想い出

鞠子 茂 (筑波大学 生物科学系)

えっ、クラス担任ですか

 4年前の3月、「来年度の新入生のクラス担任をお願いします」と、当時の学類長を勤められていた小熊先生から依頼の電話がありました。そのとき思わず発したのが、「えっ、クラス担任ですか」という言葉でした。私が本学に赴任して一年を経過しようとしていた時でしたが、筑波大学の複雑な組織や学務に対する知識が十分ではなかったので、学生に迷惑をかけてはいけない考えて最初はお断りしようかと思っていました。昨年、本ジャーナルの同特集号に濱先生が同様の始まりで寄稿されていますが、そのお気持ちは私にも充分察することができました。ただ、授業以外に接触のない学類の学生たちと接してみたいという気持ちもどこかにあったので、結局はお引き受けすることにしました。

フレッシュマンセミナーとクラスセミナー

 普段のことは忘れっぽい私でも、最初のフレセミのときのことは良く憶えています。一番緊張していたのは教師の私ではなかったかと思います。学生はわりとリラックスしていて、なめられてはいけないと必死にクールな態度を装っていました(それは、後の授業でもろくも崩れ去っていきましたが)。最初に自分の名前を言って軽く自己紹介した後に、いくつか言い訳したのを憶えています。その一つが名前を覚えるのが苦手なことでした。学生は名前を覚えてくれないとショックを受けるものだと聞いていたので、その後のセミナーでは出欠確認の際に、できるだけ名前と顔が一致するように心がけました。そのおかげで、学生と会ったとき名前が言い出せないという事態はなかったと記憶しています。学生の自己紹介で度肝を抜かされたのは、「自分には彼女がいて、もう童貞ではありません」と言い切った学生がいたことでした。その瞬間、教室はどよめいたのは言うまでもありません。私も軽いめまいがしつつ、このような学生をどのように指導すればよいのか、それを思うと暗澹たる気持ちになりました。

 開設授業科目一覧にフレセミとクラセミの授業概要が書かれており、フレセミは「新入生としての自覚をもとに、大学生はどうあるべきかを討議し、・・・」、クラセミは「生物学の諸分野をわかりやすく、かつ幅広く紹介・・・」とあります。今だから言えますが、4クラのセミナーでは、この趣旨はほとんど守られていなかったように思います。私はセミナーの運営を学生の自主性に任せていましたが、これはよく言えば放任主義、悪く言えば無責任な教育であったかも知れません。おかげで、フレセミとクラセミの前半はほとんど体育の授業でした。ほかのクラスの動向を聞いてみると、課題を与えられて発表したり、テーマを決めて議論したりしていて、4クラはこれでいいのだろうかと本当に悩んだこともありました。しかし、みんな生き生きとした顔で運動しているのを見ていると、まずは運動を通して学生同士、学生と先生の垣根を取り払うことが重要なのだと思えるようになりました。一部の学生はフレセミとクラセミの時間が一番楽しいと言っていましたし、欠席する者もほとんどいなかったように記憶しています。運動以外に行ったこともいろいろありました。本来のセミナーの趣旨に即したものとして、陸域環境研究センター実験施設の見学やディベート、それから私が講義したレポートや論文の書き方、研究者になるための心得などの授業がありました。ディベートはクラセミのときに行いましたが、学生のものの見方、考え方が分かって大変興味深かったのを憶えています。そうした学生の言動は彼らを個別指導する際に役に立つ情報であったので、できればフレセミの初めにやっておけば良かったと反省しました。また、論文の書き方や研究者の心得がその後の彼らにどの程度役に立ったかは分かませんが、これから進学する学生諸君にとって、あのとき話したことはますます重要になってくるはずであり、近い将来に彼らと会う機会が有れば、また同じことを話してあげたい気がします。

 他に想い出深いことは、クラセミの最後を飾ってクラスの冊子を作ったことでした。「4クラ図鑑」と称するこの冊子は70ページほどの分量があり、一人一人のプロフィールや部屋の紹介、さまざまなアンケートの集計結果などが書かれています。アンケートの内容は、今話題の授業評価、食事情、何でもランキングなど多岐に渡っており、とりわけ面白かったのは「印象に残った○○」と題したアンケートでした。その中に「印象に残った先生」というアンケートがあり、ダントツの第一位は牧岡先生で、「たれぱんだに似ている」など失礼なコメントもありました。4クラランキングでは、「このクラスでいい男」の二位にランクされて私は内心ほくそ笑んでみたものの、「早く結婚しそうな人」にはランクされず、当時独身だった私にとって寂しい結果でした。これを契機に、結婚成就へ向けて奮起したのは言うまでもありません。

 

課外授業

 一年生の初秋の頃、1日キャンプをフォンテーヌの森キャンプ場で行ったことがあります。昼間は自然散策、夜はバーベキューをして、楽しいひとときを過ごしました。いつもとは違う環境のなかでお互いに親交を深め、クラスが一層まとまったような気がしました。私も学生との距離を縮める良い機会となり、いつしか親近感がわいてきました。また、私の知り合いの大学院生も呼んで、今後の学生生活など役に立つ話をしてもらいました。彼らにとって、院生との初めての出会いではなかったかと思います。その後は、ほぼ一年おきにクラスコンパなどを行って親交を深めていきましたが、会うたびに成長をしている彼らを見て驚き、その一方で成長しない自分を認識して、これではいけないと反省することもしばしばありました。

おわりに

 想い出話が多くなりました。考えてみると4クラの諸君とは、セミナーや課外授業を通して、想い出づくりをしてきたのかも知れません。これから、大学院で研究を続ける人、社会に出て働く人、歩む道は違っても、人生の一時期を共有した仲間として、この想い出を大事にしていただきたいと願っています。ただし、想い出は単なる感傷の産物として捉えるのではなく、今後の人生に生かすための“経験”として捉えることも重要です。学生の頃、私は森有正という哲学者が書いた本を愛読していましたが、その本の中で経験の重要性を知りました。経験は生きる上での大切な財産だと思います。十分に吟味し、自分の血肉としていれば、それを内挿、外挿するによって人生の様々な場面で的確な対応が取れる筈です。諸君らはこれからたくさんの経験をしつつ、どのような人生を送るのか、いつの時か会って聞くことができれば、これほど教師冥利に尽きることはないと思っています。

Contributed by Sigeru Mariko, Received March 31, 2004.

©2004 筑波大学生物学類