花弁 (petal) はいわゆる"花びら"であり、ふつう花の中で最も目立つ器官である。花弁の集合体が花冠 (corolla) である。花弁が派手なのは送粉者を誘引するための特徴であり、また効率的な花粉媒介がなされるような特殊な形をとっているものも多く見られる。逆に花粉媒介に動物を必要としない植物では (風媒花など)、花弁は退化的で目立たないものが多い。
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離弁花冠と合弁花冠
- 離弁花冠 (choripetal)
- 花弁が互いに離れて独立している花冠を離弁花冠という (図1左上)。離弁花冠をもつ花は離弁花 (choripetalous flower) とよばれる。萼と花冠が未分化な場合、ユリ属 (ユリ科) のように花被片が離生しているものは離生花被 (apotepalous) とよばれる (図1右上)。
- 合弁花冠 (sympetal)
- 花弁が互いに合着している花冠を合弁花冠という (図1左下)。例えばアサガオ (ヒルガオ科) は漏斗状の一体化した花冠をもつが、発生を見てみるとこの花冠は5つの原基として現れ、それが合着してできたものであることが分かる。合弁花冠をもつ花は合弁花 (sympetalous flower) とよばれる。合弁花冠の先がいくつかの裂片に分かれている場合、この裂片を花冠裂片 (corolla lobe) という。ふつう花冠裂片の数は合着した花弁の数を示していると考えられている。萼と花冠が未分化な花でも、ギボウシ属 (リュウゼツラン科) のように花被片が互いに合着しているものがあり、このような花被は合生花被 (syntepalous) とよばれる (図1右下)。
離弁花か合弁花かは科によってほぼ一定しているが、ツバキ科やツツジ科のように両方のタイプが見られる科もある。伝統的には双子葉植物を大きく離弁花類と合弁花類に分けるのが一般的であった。この分類体系は系統関係を正確には反映していないが、この2つの違いにはある程度系統進化的な関わりがある。被子植物の原始的な状態は離弁花であり、合弁花は特定のグループ (キク目群) に多く見られる。ただし例外も多く、例えばセリ科は明らかに離弁花冠をもち離弁花類に分類されていたが、系統的にはキク目群に含まれることが明らかになっている。
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図1. 左上:ヘビイチゴ (バラ科) は5枚の花弁からなる離弁花冠をもつ. 右上:スカシユリ (ユリ科) は6枚の花被片からなる離生花被をもつ. 左下:ナス (ナス科) は5枚の花弁が合着した合弁花冠をもつ. 右下:オオバギボウシ (ユリ科) は6枚の花被片が合着した合生花被をもつ.
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花冠の構造
花冠は種によって様々な形態を示し、特別な名称でよばれる構造を形作っていることもある。
- 花冠筒 (花冠筒部、花筒、corolla tube)
- 花弁が合着または組合わさってできた細長い筒部を花冠筒という。
- 花喉 (咽頭、のど、throat)
- 合弁花冠や合萼の筒部の入口のこと。
- 爪部 (そうぶ) と舷部 (げんぶ)
- 花弁において基部が細長く、先端部が幅広く広がっている場合、基部の細い部分を爪部、先端の幅広い部分を舷部という。典型的なものはマメ科やナデシコ科で見られる。
- 蜜弁 (honey leaf)
- 蜜腺状または蜜腺をもつ花弁状の器官。花弁または雄しべが変化したものと考えられている。キンポウゲ科に多く見られる
- 距 (spur)
- 花被 (花冠、萼) の基部が細長く伸びた管状構造で、ふつう内部に蜜をためている。花粉媒介において、そこまで口を伸ばせる送粉者を選別することに利用されている。オダマキ (キンポウゲ科) やスミレ属 (スミレ科) 、イカリソウ (メギ科) 、ツリフネソウ (ツリフネソウ科) などに見られる (図7)。
- 鱗皮 (lodicule)
- イネ科の花の雄しべの基部に存在する鱗片状の小さな付属物。退化的な花弁 (内花被片) に由来する。
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図2.
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副花冠
花冠や雄しべの一部が変形してできた花冠状の構造を副花冠 (corona) という。スイセン (ヒガンバナ科) の副花冠は明瞭でよく知られているが (図3左上) 、他にトケイソウ (トケイソウ科) (図3右上) 、ワスレナグサ (ムラサキ科) (図3左下) 、キョウチクトウ、イケマ (キョウチクトウ科) (図3右下) などに見られる。
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図3. 副花冠のいろいろ. 左上:スイセン (ヒガンバナ科). 右上:トケイソウ (トケイソウ科). 左下:ワスレナグサ (ムラサキ科). 右下:イケマ (ガガイモ科=キョウチクトウ科).
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花冠のタイプ
花冠は分類学的な特徴を最もよく示している器官の一つであり、分類群によって特有の形態を示す。このような花冠には下記のように特別な名称をもつものもある。また厳密には花冠ではないが、萼や花被が目立つ場合にはこれも〜花冠とよばれる。
- ナデシコ形花冠 (caryophyllaceous corolla) (図4左)
- 離弁・放射相称花冠。5個の花弁からなり、各花弁は細長い萼筒に収まる長い爪部とその先で開出する舷部からなる。
- バラ形花冠 (rosaceous corolla) (図4右)
- 離弁・放射相称花冠。5個のほぼ円形の花弁からなり、各花弁には爪部がほとんどなく、水平に開出する。バラ科の花冠全般を指す。
- 十字形花冠 (cruciate corolla) (図5左)
- 離弁・放射相称花冠。4個の花弁が十字形に対生する。アブラナ科に特有。
- 蝶形花冠 (papilionaceous corolla) (図5右)
- 離弁・左右相称花冠。上側の旗弁 (vexillum, standard) 、側方の翼弁 (ala, wing) 2個、下側の竜骨弁 (carina, keel) 2個からなる。竜骨弁の下縁は多少とも合着することが多い。マメ科マメ亜科に特有な花冠。
- かぶと状花冠 (galeate corolla) (図6左)
- 離弁・左右相称花冠。後萼片がかぶと形になっている。キンポウゲ科トリカブト属の花被を指す。なおシソ科のオドリコソウ属などの花冠は合弁花冠で基本的に唇状花冠 (後述参照) であるが、上唇がかぶと状になるのでかぶと状花冠ということがある。
- スミレ形花冠 (violaceous corolla) (図6右)
- 離弁・左右相称花冠。上側の上弁 (upper petal) 2個、側方の側弁 (lateral petal) 2個、下側の唇弁 (lip, lower petal) 1個からなる。唇弁には距がある。スミレ科に特有な花冠。
- 有距花冠 (calcarate corolla) (図7)
- 少なくとも花弁または花被の一部が距 (spur) をもつ花冠。オダマキ属 (キンポウゲ科) は離弁・放射相称で全ての花弁に距をもつ。エンゴサク属 (ケシ科) は離弁・左右相称で1個の距をもつ。ツリフネソウ属 (ツリフネソウ科) は離弁・左右相称花冠で、距は花弁ではなく後萼片に存在するが、有距花冠に含められる。スミレ属 (スミレ科) も距をもつが、ふつうスミレ形花冠 (上述参照) とよばれる。有距花冠はさまざなな分類群に見られ、分類学的なまとまりはない。
図7. 左:オダマキ属の一種 (キンポウゲ科) の有距花冠. 右:ツリフネソウ (ツリフネソウ科) の有距花冠.
- 車形花冠 (rotate corolla) (図8)
- 合弁・放射相称花冠。花冠筒が短く、大きめの裂片が開出する。ムラサキ科やナス科、アカネ科、スイカズラ科などに見られる。
- 壺形花冠 (urceolate corolla) (図9左)
- 合弁・放射相称花冠。花冠の先端が壺状にくびれ、そこから小さな裂片が開出する。カキノキ科やツツジ科の一部に見られる。
- 鐘形花冠 (campanulate corolla) (図9右)
- 合弁・放射相称花冠。花冠は筒形または先端が少し膨れ、花冠長は直径の2倍以下。キキョウ科やツツジ科に見られる。
- 漏斗形花冠 (infundibular corolla) (図10左)
- 合弁・放射相称花冠。花冠筒が先端に向かって次第に広がり、円形の開出部につながる。ヒルガオ科に見られる。
- 高坏形花冠 (hypocraterimorphous corolla) (図10右)
- 合弁・放射相称花冠。花冠筒が細長く、先端に大きな裂片が開出している。サクラソウ科などに見られる。
図10. 左:ハマヒルガオ (ヒルガオ科) の漏斗形花冠. 右:サクラソウ属の一種 (サクラソウ科) の高坏形花冠.
- 筒状花冠 (tubular corolla) (図11)
- 合弁・放射相称花冠。花冠筒が細長く、先端に小さな裂片が開出している。キク科 (タンポポ亜科を除く) に特有であり、頭状花序の中心花となっているものが多い。
- 舌状花冠 (ligulate corolla) (図11)
- 合弁・左右相称花冠。花冠筒が短く、大きな非対称の弁状部が広がるもの。アザミなどを除くキク科の多くに見られ、頭状花序の周辺花となっているものが多い。
- 唇形花冠 (labiate corolla) (図12)
- 合弁・左右相称花冠。横向きで花冠裂片が上下に2深裂して唇状、つまり上唇 (upper lip) と下唇 (lower lip) になっている花冠。上唇と下唇の間の花冠筒部分は花喉 (throat) とよばれる。シソ科やゴマノハグサ科にみられる。唇形花冠のうち、上唇が発達しないものを一唇形花冠 (unilabiate corolla) とよぶことがある (例 キランソウ) (図13左) 。また下唇が特に大きくせり上がって花喉をふさいで仮面状になっているものを仮面状花冠 (personate corolla) という (例 ウンラン) (図13右) 。
図13. 左:ジュウニヒトエ (シソ科) の一唇形花冠. 右:マツバウンラン (ゴマノハグサ科) の仮面状花冠.
- ユリ形花冠 (liliaceous corolla) (図14左)
- 放射相称で6個の同質の花被片が鐘形〜漏斗形にあつまったもの。合弁か離弁かは問わないが多くは離弁。広義のユリ科の花冠をいう。
- ラン形花冠 (orchidaceous corolla) (図14右)
- 左右相称で3個の萼片と3個の花弁からなる。中央下部の花弁が大形特殊化して唇弁 (labellum, lip) となる。同類・異類合着は問わない。ラン科に特有の花冠。
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図4. 左:カワラナデシコ (ナデシコ科) のナデシコ形花冠. 右:ハマナス (バラ科) のバラ形花冠.
図5. 左:セイヨウカラシナ (アブラナ科) の十字形花冠. 右:クズ (マメ科) の蝶形花冠.
図6. 左:エゾトリカブト (キンポウゲ科) のかぶと状花冠. 右:アリアケスミレ (スミレ科) のスミレ形花冠.
図8. 左:ワルナスビ (ナス科) の車形花冠. 右:キュウリグサ (ムラサキ科) の車形花冠.
図9. 左:アセビ (ツツジ科) の壺形花冠。右:ヤマホタルブクロ (キキョウ科) の鐘形花冠.
図11. シラヤマギク (キク科) の筒状花冠と舌状花冠.
図12. 左:ウツボグサ (シソ科) の唇形花冠. 右:トキワハゼ (ゴマノハグサ科) の唇形花冠.
図14. 左:イヌサフラン (イヌサフラン科) のユリ形花冠. 右:エビネ (ラン科) のラン形花冠.
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