雄しべ
Stamen

雄しべ (雄ずい stamen) は花の構成要素であり、被子植物の雄性生殖器官である。雄しべは花粉粒を形成する (anther) と、それを支える花糸 (filament) からなる。雄しべは葯内で減数分裂によって小胞子 (microspore) を形成し、小胞子は成熟すると雄性配偶体 (male gametophyte) である花粉粒 (pollen grain) になる。つまり雄しべとは被子植物における小胞子葉 (microsporophyll) である。

花粉について

雄しべは被子植物の花において、花被片の内側、雌しべの外側につくが、例外としてラカンドニア (ホンゴウソウ科) では雌しべの内側に雄しべがつく。

1つの花の中にある雄しべの集合名称が雄しべ群 (androecium) である。ふつう雄しべ群を構成する雄しべの数は3個、4個、5個など特定少数であるが、モクレン科、キンポウゲ科、バラ属 (バラ科) などでは不特定多数である。特殊な例では、トウダイグサ属 (トウダイグサ科) のように1つの花が雄しべ1本にまで単純化している。また雄しべは花托 (茎) に対して輪生することが多いが、モクレン科などでは螺生する。

図1. 左:ツバキ (ツバキ科) の雄しべ. 右:雄しべの模式図.

花糸

花糸 (filament) は葯を支える構造であり、ふつう細長い糸状だが、花糸の一部が変形したり、腺体や毛が付随しているものもある。花糸は細長く葯との区分は明瞭なことが多いが、スイレン科やシキミ科、モクレン科など原始的なグループでは花糸が扁平で葉的な特徴を残し、葯との区分が不明瞭なことが多い。またスイレン科などでは花被片から雄しべへの移行が連続的なこともある。ふつう花糸には1本の維管束が入っているが、葉的な花糸では3本の維管束が伸びていることが多い。

センリョウ (センリョウ科) やウマノスズクサ (ウマノスズクサ科) 、クルミ (クルミ科) 、アマモ (アマモ科) などの雄しべは明瞭な花糸を欠いており、無柄雄しべ (sessile stamen) とよばれる。

ヒマ属 (トウダイグサ科) では花糸が何回も分枝している。

(anther) はふつう2個の半葯 (theca) からなり、1個の半葯には2つの葯室 (anther cell) (花粉嚢 pollen sac) がある。葯室は小胞子嚢 (microsporangium, pl. microsporangia) であり、小胞子を形成し、小胞子が花粉粒へと成熟する。半葯を構成する2つの葯室はふつう葯が裂開するときに融合する (後述参照)。ツリフネソウ属 (無茎種) では葯が3半葯からなり、イワブクロ属やムシトリスミレ属では葯が1半葯からなる。ウキクサ (サトイモ科) やワサビノキ (ワサビノキ科) の半葯にはもともと葯室が1つしかなく、またヤドリギ科では全ての葯室がつながって1つになっている。

花粉形成について

半葯の間には花糸の延長部が伸びており、これを葯隔 (connective) という。花糸と葯の分化が不十分な種では、葯隔がはっきりしていない。葯隔の形態には多様性が見られ、例えばアキギリ (シソ科) では葯隔が伸びて2つの半葯がかなり離れており、スミレ属の葯隔は前方で広がって膜質の付属体になっている。

葯の向き

花糸に対する葯の向きには以下のような多様性があり、分類群によってほぼ一定である。また葯の向きは訪花した昆虫が花のどの位置で行動するかにも関わっている。また同一の花の中で葯の向きに変異があることがあり、例えばクスノキ属 (クスノキ科) では3輪ある雄しべのうち第1、第2輪の雄しべの葯は内向であり、第3輪の雄しべでは外向である。またナデシコ科やフウロソウ科では、つぼみの間は葯は内向だが、開花すると外向になる。

内向葯 (introrse anther) (図3a)
葯が花糸の向軸側にあって花の中心に向かって裂開するもの。最もふつうに見られる。
側向葯 (latrorse anther) (図3b)
葯が花糸の側面につき、左右に裂開する。ヤマグルマ科、マンサク科、スズカケノキ科、カツラ科などに見られる。
外向葯 (extrose anther) (図3c)
葯が花糸の背軸側にあって花冠に向かって裂開するもの。アヤメ科、ユリノキ (モクレン科)、ウマノスズクサ科、アケビ科、ヤマモモ科などに見られる。
図3. a. 内向葯. b. 側向葯. c. 外向葯.

葯のつき方

沿着 (adnate) (図4a)
葯が全長にわたって花糸に密着しており、葯隔と花糸が連続的になっているになっているもの。最もふつうに見られる。
内着 (innate) (図4b)
葯が花糸の組織に埋まっており、葯が突出していないもの。メギ (メギ科) やサバノオ (キンポウゲ科) に見られる。
底着 (basifixed) (図4c)
花糸が上方へ細くなり、葯隔の下端につながるもの。振動によって花粉が散布されやすいので、風媒花に多く見られる。カタクリ (ユリ科)、イネ科、カヤツリグサ科、サカキ (ツバキ科) などに見られる

向軸側・背軸側を問わず、葯隔の一点で花糸につながるものを丁字着 (versatile) とよぶ (図4d)。底着と同様、振動によって花粉が散布されやすい。ユリ属 (ユリ科)、ツバキ属 (ツバキ科)、マツヨイグサ属 (アカバナ科)、オオバコ属 (オオバコ科) などに見られる (図1左)。

図4. a: 沿着. b: 内着. c: 底着. d: 丁字着.

葯の裂開

ふつう葯は裂開することによって花粉粒を放出する。裂開のタイプはさまざまで、以下のようなものがあるが、多くは縦裂開による。葯はふつう2個の半葯からなり、それぞれの半葯には2個の葯室 (花粉嚢) があるが、最初に隣接する葯室間の壁が崩壊して2個の葯室が融合する (それぞれの半葯が1個の葯室になる)。葯の裂開部にある口辺細胞 (stomium) を除いて葯室を取り囲んで存在する内被の細胞壁はふつう縞状に肥厚しており、これが収縮することで葯は裂開する。内被ではなく、表皮が裂開のための働きをするものもある (Dillenia [ビワモドキ科])。ふつう口辺細胞は葯の中心部に縦列しているので、葯は縦裂して開口する。

縦裂 (longitudinal dehiscence) (図5a)
葯室の側壁が縦に裂けるもの。最もふつうに見られる。
横裂 (transverse dehiscence) (図5b)
葯の頂端がめくれて花粉が押し出されるもの。ツリフネソウ (ツリフネソウ科) 、フヨウ (アオイ科) 、トウダイグサ (トウダイグサ科) などに見られる。
孔開 (poricidal dehiscence) (図5c)
葯室の一部に小孔が開くもの。ツツジ科の多くやナス属 (ナス科)、ヒメハギ属 (ヒメハギ科) に見られる。
弁開 (valvular dehiscence) (図5d)
葯室の側壁の一部が弁状にめくれ上がるもの。クスノキ科やメギ科に見られる。
不規則な裂開
イバラモ属 (イバラモ科) では、葯壁が不規則に裂開する。

スミレ属 (スミレ科) やカタバミ属 (カタバミ科) などに見られる閉鎖花では、葯の内被が萎縮していて葯は裂開しない。花粉粒は葯室内で発芽し、花粉管が葯隔を破って伸長する。

図5. a: 縦裂. b: 横裂. c: 孔開. d: 弁開.

雄しべ同士の合着 (同類合着)

集葯雄しべ (syngeneious stamen)
花糸は独立しているが、葯が互いに合着している雄しべ群。キク科やミゾカクシ (キキョウ科)、ツリフネソウ科などに見られる (図6左上)。
合糸雄しべ (adelphous stamen)
葯は互いに独立しているが、花糸の少なくとも一部が互いに合着している雄しべ群。
単体雄しべ (manadelphous stamen)
全ての雄しべの花糸が合着しているもの。合着した花糸がつくる筒状部を花糸筒 (filamental tube) という。アオイ科やツバキ科に見られる (図6右上)。
2体雄しべ (両体雄しべ diadelphous stamen)
花糸が合着して2組になっているもの。マメ科の多くでは1本対9本という非対称な両体雄しべがみられる (図6左下)。
3体雄しべ (triadelphous stamen)
花糸が合着して3組になっているもの。オトギリソウ属 (オトギリソウ科) に見られる。
5体雄しべ (pentadelphous stamen)
花糸が合着して5組になっているもの。トモエソウ (オトギリソウ科) やシナノキ属 (シナノキ科) に見られる (図6右下)。
合体雄しべ (synandreous stamen)
2本以上の雄しべが全体で合着している雄しべ群。スズメウリ属 (ウリ科) などに見られる。
図6. 左上: ミゾカクシ (キキョウ科) の集葯雄しべ. 右上: ツバキ (ツバキ科) の単体雄しべ. 左下: カラスノエンドウ (マメ科) の2体雄しべ. 右下: キンシバイ (オトギリソウ科) の5体雄しべ.

雄しべと他の花葉との合着 (異類合着)

萼上生 (episepalous)
と雄しべが合着するもの。バラ科の多くでは萼筒に雄しべがつく。また花被を1輪しかもたない花 (単花被花) では、この花被は萼とよばれるが、グミ属 (グミ科) などの単花被花では萼筒に雄しべがついている。
花冠上生 (epipetalous)
花冠と雄しべが合着するもの。サクラソウ科、リンドウ科、ムラサキ科、シソ科、ゴマノハグサ科、キョウチクトウ科、イワタバコ科、アカネ科、オミナエシ科、キク科など合弁花類の多くでは花冠筒に雄しべがついている。
花被上生 (epitepalous)
同花被花において花被と雄しべが合着するもの。アヤメやグラジオラス (アヤメ科)、キスゲ (キスゲ科)、ネバリノギラン、アマドコロ、スズラン (スズラン科)、ネギ属 (ネギ科) に見られる。
雌しべ着生 (雌ずい着生 epigynoecious)
雄しべと雌しべが合着するもの。ウマノスズクサ科やセンリョウ科に見られる。ラン科やガガイモ科 (= キョウチクトウ科) では合着が極度に進み、それぞれ蕊柱 (ずいちゅう、gynostemium) 、肉柱体 (gynostegium) を形成する。
図7. 左上: サクラ (バラ科) の雄しべは萼上生. 右上: アサザ (ミツガシワ科) の雄しべは花冠上生. 左下:  右下: .

異形雄しべ

雄しべは1つの花の中で長さや形が異なる場合がある。この状態を異形雄しべ (heteromorphic stamen) という。

二長雄しべ (二強雄しべ、didynamous stamen) (図8上)
4本の雄しべのうち、2本が他よりも長いもの。シソ科やゴマノハグサ科に見られる。これらは左右相称花で、雄しべは上下1対ずつに配置されるが、上の1対が長いものと下の1対が長いものがある。
四長雄しべ (四強雄しべ、tetradynamous stamen) (図8左下)
6本の雄しべのうち、4本が他よりも長いもの。アブラナ科の特徴でもあり、外輪の2本が短く、花弁と対生する内輪の4本が長い。
五長雄しべ (五強雄しべ、pentadynamous stamen) (図8右下)
10本の雄しべのうち、5本が他よりも長いもの。ミソハギ属 (ミソハギ科) や カタバミ属 (カタバミ科) では外輪の5本が長く、フウロソウ属 (フウロソウ科) では内輪の5本が長い。
図8. 左上:ツルオドリコソウ (シソ科) の二長雄しべ. 右上:キランソウ (シソ科) の二長雄しべ. 左下:セイヨウカラシナ (アブラナ科) の四長雄しべ. 右上:カタバミ (カタバミ科) の五長雄しべ.

仮雄しべ

花粉形成能を失った雄しべのことを仮雄しべ (staminode, staminodium) という。雌雄異花における雌花では雄しべが仮雄しべになっていることが多い (図9左)。ツユクサ (ツユクサ科) やラン科、クスノキ科のように1つの両性花の中で特定の雄しべが仮雄しべになっているものもある (図9右)。

図9. 左:クロガネモチ (モチノキ科) の雌花. 5本の仮雄しべがある. 右:ツユクサ (ツユクサ科) の花. 6本の雄しべがあり、そのうち花の中央付近の3本が仮雄しべになっている.