心皮と雌しべ
Carpel & pistil

雌しべ (雌ずい pistil) は被子植物の花における雌性生殖器官である。ふつう雌しべは雄しべの内側、花の中心に位置するが、唯一の例外としてラカンドニア (ホンゴウソウ科) では雄しべの外側につく。1つの花につく雌しべの集合名称が雌しべ群 (gynoecium) である。ふつう雌しべ群は1個の雌しべからなるが、複数の雌しべからなる場合もある。特にモクレン科やキンポウゲ科では1つの花に多数の雌しべがある。

雌しべの (ときに概念上の) 構成単位のことを心皮 (carpel) という。心皮は被子植物における大胞子葉 (macrosporophyll) であり、ふつうその縁に胚珠をつけている。胚珠の中には大胞子 (macrospore) が形成され、これが発生して雌性配偶体である胚嚢 (embryo sac) になる。受精後、胚珠は次世代の植物体である胚を含んだ種子 (seed) になる。

図2. 心皮と雌しべの関係.
図1. 左:クサノオウ (ケシ科) の雌しべは合生心皮 (2枚の心皮) からなる複合雌しべ. 右:Illicium floridanum (シキミ科) の雌しべは離生心皮からなる単一雌しべが多数ある.

心皮

雌しべは有性生殖器である胚珠をつけた構造であり、雌しべにおける構成単位は大胞子葉 (macrosporophyll) に相当すると考えられる。被子植物におけるこの概念的な構成単位は心皮 (carpel) とよばれる。心皮は1枚で1個の雌しべを構成する場合もあるし、複数の心皮が合体して1個の雌しべを構成していることもある。

離生心皮 (apocarpous carpel)
1枚の心皮で1個の雌しべを構成しているもの。このような雌しべを単一雌しべ (simple pistil) といい、単一雌しべは1枚の心皮からなるので単心皮性 (monocarpellary) である。単一雌しべは1つの花に1個だけ存在することもあるし (マメ科)、多数が存在することもある (シキミ科、モクレン科、バラ科の一部など)。多数の単一雌しべをもつ状態が被子植物における原始状態であると考えられており、このような花をもつ植物は多心皮類 (Polycarpellatae) としてまとめられる (後述の多心皮性とは意味が違うので注意!)。
合生心皮 (syncarpous carpel)
複数の心皮が合着して1個の雌しべを構成しているもの。このような雌しべを複合雌しべ (compound pistil) という。複合雌しべはアブラナ科やキク科のように2枚の心皮からなる2心皮性 (binocarpellary) のものから、ユリ科やスミレ科のような3心皮性 (tricarpellary)、アカバナ科のような4心皮性 (quadricarpellary)、ツツジ科のような5心皮性 (pentacarpellary)、さらにサルナシ (マタタビ科) のように不特定多数の心皮からなる多心皮性 (multicarpellary) などがある。合生心皮の場合、1つの花に雌しべ (合生雌しべ) は1個のみ存在する。

心皮はふつう内側に折り畳まれて向軸側で両縁同士がまたは他の心皮と癒合する。このように癒合した部分を内縫線 (inner suture) または腹縫線 (ventral suture) という。ふつう胚珠は内縫線に沿ってつく。一方、背軸側にある心皮の中肋は外縫線 (outer suture) または背縫線 (dorsal suture) という。原始的な被子植物の一部では、単一雌しべの内縫線が完全には癒着していないことがある。このような雌しべを不完全雌しべ () という。

雌しべの構成要素

ふつう雌しべは柱頭・花柱・子房の3部分からなる。柱頭と子房は有性生殖に必須だが、花柱は必須ではなく、これを欠く場合もある。

柱頭 (stigma, pl. stigmata)
雌しべにおいて花粉粒を受け入れる、つまり受粉が行われる部分。ふつう花柱の先端にあり、頭状、糸状、線状、面状など形態的多様性が大きい。風媒花では花粉をキャッチしやすいように大きく複雑な羽状になることが多い (イネ科など) 。単一雌しべの場合には、花柱と柱頭の分化が不明瞭なことが多い。複合雌しべでは柱頭がいくつかに分かれることが多いが、その数はふつう心皮の数と一致する。スイレン (スイレン科) のように複数の柱頭が合着して盤状になっているものを柱頭盤 (stigma disk) という。またスイレンでは柱頭の外側から付属物が突出して柱頭を覆っており、偽柱頭 (pseudostigma) とよばれる。
花柱 (style)
柱頭と子房をつなぐ部分。これを欠くものもある。柱頭がいくつかに分かれているものでは、花柱まで分枝していることもある。この分枝部分を花柱分枝 (花柱枝 stylodium, stylar branch) という。花柱内部は中実の場合と中空の場合がある。中実の花柱は中実花柱 (solid style) とよばれ、内部は伝達組織 (transmitting tissue) で満たされている。中空の花柱は中空花柱 (hollow style) とよばれ、この中空部分を伝達溝 (花柱溝 stylar canal) とよぶ。花粉管は伝達組織や伝達溝に沿って子房へと伸びる。ある種の花では、花粉の放出を助けるために花柱の一部が杯状になったり (集粉器 indusium) 、花柱に房状の毛 (集粉毛 collecting hairs) が生じている。
子房 (ovary)
雌しべにおいて胚珠を含んでいる部分。離生心皮の場合には単一子房 (simple ovary) であり、合生心皮の場合には複合子房 (compound ovary) である。子房において胚珠を包んでいる部分を子房壁 (ovarian wall) といい、胚珠を含む空間を子房室 (ovarian locule) という。子房室は1室のこともあるし、隔壁 (septum, pl. septa) で仕切られて複数の部屋になっていることもある。子房室が複数に分かれている場合、ふつう部屋数は心皮数と一致する。マンテマ属 (ナデシコ科) のように隔壁が不完全で子房室が完全には仕切られていないものもあり、偽隔壁 (pseudoseptum) とよばれる。またアブラナ科の果実は2心皮性で2部屋になっているが、それを仕切る構造は本来の心皮に由来するものではなく、2次的に形成された仕切であるため、特に隔膜 (replum) とよばれる。

カエデ類 (ムクロジ科) やニシキギ科では雌しべの基部が盤状に突出していることがおり、ここから花蜜を分泌している。このような構造を花盤 (disc, disk) という。また蜜は分泌しないが、花柱の基部が柱状に突出したものがウコギ科やセリ科で見られ、柱基 (柱脚 stylodium) とよばれる。。

子房の位置

子房と他の花葉との相対的な位置関係は分類群によって一定であり、重要な分類形質になっている。

上位子房 (superior ovary)
子房が他の花葉 (花被片や雄しべ) より上に位置するものをいう。形質状態としては原始的だと考えられている。上位子房をもつ花は子房上位花 (superior-ovaried flower) とよばれる。子房から見た場合、花被片や雄しべは子房下生 (hypogynous) であり、その花は子房下生花 (hypogynous flower) である。
中心位子房 (central ovary)
子房が椀状の萼筒や花托筒に収まり、この萼筒や花托筒の上縁に他の花葉 (花被片や雄しべ) がついているもの。中心位子房をもつ花は子房中心位花 (central-ovaried flower) とよばれる。サクラ属、キンミズヒキ属、バラ属などバラ科の多くで見られる。子房から見た場合、花弁や雄しべはふつう子房周生 (perigynous) であるが、萼片は子房下生であることもある。このような花は子房周生花 (perigynous flower) である。
中位子房 (semisuperior ovary)
萼筒が子房の中程まで合着しているもの。他の花葉 (花被片や雄しべ) は子房の中程度から生じている。特に合着している位置によって細分して半上位 (half-superior) 、半下位 (half-inferior) などに分ける場合もある。中位子房をもつ花は子房中位花 (semisuperior-ovaried flower) とよばれる。ユキノシタ科 (ヤグルマソウ、ヤワタソウ、ズダヤクシュなど) やアジサイ科 (ノリウツギ、ガクアジサイ、ヤマアジサイなど) に見られる。子房から見た場合、花被片や雄しべは子房中生 (epihypogynous) であり、その花は子房中生花 (epihypogynous flower) である。
下位子房 (inferior)
花托または萼筒が子房を完全に取り囲んで合着し、子房より上に他の花葉 (花被片や雄しべ) がついているもの。子房の保護という観点からはより適した形態であり、派生的な状態であると考えられている。下位子房をもつ花は子房下位花 (inferior-ovaried flower) とよばれる。トチカガミ科、アヤメ科、ラン科、アカバナ科、ビャクダン科、ウコギ科、セリ科、アカネ科、キキョウ科、キク科などに見られる。子房から見た場合、花被片や雄しべは子房上生 (epigynous) であり、その花は子房上生花 (epigynous flower) である。
図4. 子房と他の花葉との相対的な位置関係

胎座

子房室にあって胚珠のつく位置を胎座 (placenta, pl.placentae) という。胎座の分布様式を胎座型 (placentation) といい、分類群によって一定の形質である。

面生胎座 (心皮面胎座 laminar placentation)
子房室は1室で心皮の内面全面に胚珠がつくもの。スイレン科、アケビ科、ハナイ科、トチカガミ科などにみられる。ハゴロモモ科やマツモ科では胚珠が1〜4個にまで単純化している。
縁辺胎座 (marginal placentation)
1枚の心皮からなり、心皮の縁辺近くに胚珠が2列につくもの。キンポウゲ科の多く (オダマキ属、トリカブト属、サラシナショウマ属など)、メギ科、マメ科などに見られる。
側膜胎座 (parietal placentation)
複数の心皮からなり、子房室は1室で各心皮の縁辺近くに胚珠がつくもの。イグサ科、ラン科、ヤナギ科、スミレ科、ミツガシワ科、リンドウ科などに見られる。またアブラナ科では2次的に隔膜が発達して心皮室が2つに分かれてはいるが、本来は1室であり、胎座型は側膜胎座である。
中軸胎座 (axial placentation)
複数の心皮からなり、子房室は隔壁で仕切られて心皮数と同数で心皮縁辺が巻き込んでつくられた中軸に胚珠がつくもの。ユリ科、アヤメ科、ウマノスズクサ科、オトギリソウ科、ツツジ科、アカバナ科、カタバミ科、フウロソウ科、オオバコ科、キキョウ科などに見られる。
独立中央胎座 (特立中央胎座 free central placentation)
子房室は1室で遊離した中軸に胚珠がつくもの。ナデシコ科やサクラソウ科にみられる。
基底胎座 (basal placentation)
少数個の胚珠が子房の基底部につくもの。単一子房のもの (キンポウゲ科やバラ科の一部) と複合子房のもの (ミクリ科、カヤツリグサ科、コショウ科、タデ科、イラクサ科、ムラサキ科、シソ科、キク科、カヤツリグサ科など) がある。
頂生胎座 (懸垂胎座) (pendulous placentation)
少数個の胚珠が子房の頂端部につくもの。単一子房のもの (キンポウゲ科の一部) と複合子房のもの (ミズキ科、セリ科、スイカズラ科、オミナエシ科など) がある。