胚珠 (ovule) は種子植物に特有の構造であり、大胞子葉 (雌性生殖葉、被子植物の場合は心皮) についた雌性生殖器官である。胚珠は大胞子嚢 (珠心) とそれに付随する構造 (珠柄、珠皮など) からなる。胚珠の中に大胞子が形成され、大胞子はそのまま胚珠内で発生して雌性配偶体 (被子植物の場合は胚嚢) になる。雌性配偶体では卵細胞が形成され、花粉粒からの精細胞 (または精子) と合体して次世代の個体 (胚) となる。胚を包んだ胚珠は成熟すると種子になり、新たな生育場所へ散布される。
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胚珠の構成
胚珠の主な構成要素は大胞子嚢 (珠心) であり、そこで形成された大胞子がそのまま発生して雌性配偶体 (胚嚢) になる。珠心は珠皮で囲まれ、また珠柄を介して大胞子葉についている。
- 珠柄 (funicle, ovule stalk)
- 茎状の構造で、胚珠本体と大胞子葉 (被子植物の場合は心皮) の胎座を結んでいる。直生胚珠の中には珠柄を欠き、無柄のものもある (クルミ科など)。倒生胚珠や湾生胚珠では珠柄は珠皮と合着しており、合点へ伸びる背線 (raphe) を形成している。
- 珠皮 (integment)
- 胚珠外周にあって珠心を取り囲むように保護している構造。ふつう裸子植物では1層、被子植物では1または2層。2層の場合、内側の珠皮を内珠皮、外側の珠皮を外珠皮とよぶ。珠皮は成熟すると種皮になる。
- 珠心 (nucellus)
- 胚珠内にあって大胞子嚢 (megasporangium) に相当する部分。内部で大胞子 (megaspore) が形成され、これが雌性配偶体 (female gametophyta, megagametophyta) へと発生する。被子植物では大胞子は胚嚢細胞、雌性配偶体は胚嚢 (embryo sac) である。
- 合点 (ごうてん chalaza)
- 珠心基部にあって珠心と珠皮、珠柄が合流する点。モクマオウ科、クルミ科、ヤナギ科、ブナ科などでは合点から花粉管が侵入し、合点受精 (chalazogamy, chalaza fertilization) とよばれる。
- 珠孔 (micropyle)
- 胚珠先端にある珠皮の開口部。ふつうここを通して花粉管が侵入し、受精する (珠孔受精 porogamy, micropylar fertilization) 。
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胚珠の型
- 直生胚珠 (atropous ovule, orthotropous ovule)
- 胚珠は直立し、胎座・合点・珠孔を結ぶ線が直線状になるもの。裸子植物やタデ科、イラクサ科、クルミ科、ハンニチバナ科、イバラモ科などに見られる。
- 倒生胚珠 (anatropous ovule)
- 胚珠は倒立し、珠柄が合点近くでほぼ180度湾曲しているもの。被子植物では最もふつうに見られ、80%以上の科がこのタイプの胚珠をもつ。
- 半倒生胚珠 (hemitropous ovule)
- 胚珠は横向きで、合点・珠孔を結ぶ線が胎座と平行であるもの。サクラソウ科やマメ科に見られる。
- 湾生胚珠 (campyrlotropous ovule)
- 胚珠は倒立し、内部の珠心組織も湾曲するもの。胚嚢は倒生状態で湾曲しない。ナデシコ科やアブラナ科、アカザ科、フウチョウソウ科、マメ科などに見られる。
- 曲生胚珠 (amphitropous ovule)
- 胚珠は倒立し、内部の珠心も胚嚢も湾曲するもの。ナズナ属 (アブラナ科) に見られる。
- 拳卷胚珠 (circinotropous ovule)
- 珠柄が長く、全体で180度湾曲しており、胚珠が倒立しているもの。
胚珠は大胞子葉 (被子植物では心皮) の上で小さな突起として生じる。その周囲に珠皮が発生し、珠心を取り囲み始める。この時期には胚珠は直生胚珠的だが、倒生胚珠など他の型ではすぐに胚珠が湾曲をし始め、大胞子四分子期までには最終的な形態をとるようになる。
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珠皮
ふつう胚珠の中で、珠心は1枚か2枚の珠皮 (integment) で覆われている。珠皮が1枚のものは単珠皮性、2枚のものは二珠皮性という。二珠皮性の場合、内側の珠皮を内珠皮 (inner integment)、外側の珠皮を外珠皮 (outer integment) とよぶ。裸子植物の胚珠は単珠皮性、被子植物では単珠皮性または二珠皮性である。被子植物の原始的状態は二珠皮性であり、いわゆる離弁花類や単子葉類に広く見られる。一方、単珠皮性はキク目群 (ほとんどの合弁花類) の特徴 (共有派生形質) であるが、他にもいくつかの系統群で独立に生じている。ボロボロノキ科やヤドリギ科、ツチトリモチ科などの胚珠は珠皮を欠いており、無珠皮性とよばれる。
サボテン科、アカザ科、ツルナ科、ザクロソウ科などでは内外珠皮の間に目立つ空隙が存在することがある。一方、珠皮はしばしば他の部分と合着しており、たとえば内外珠皮が癒合していることがある (後述)。また倒生胚珠や湾生胚珠では、ふつう外珠皮の一部が珠柄と癒合しており、両者を区分することは難しい。
内珠皮はふつう表皮直下の層に起源をもつが、外珠皮の起源は表皮直下の場合とより深い場所にある場合がある。発生の過程では、ふつう外珠皮は内珠皮よりも遅く出現するが、よりよく発達して重厚なつくりになる。しかしバンレイシ科、サボテン科、ヤマモガシ科、ヒシ科では内珠皮がよく発達しており、外珠皮から突き出ていることがある。単珠皮性の場合、一方の珠皮発達が抑制される場合と、2枚の珠皮が融合する場合がある (サガリバナ科やフトモモ科)。逆にウルシ科では、単一の珠皮原基が分かれて2枚の珠皮が形成される。
モクレン科、フウチョウソウ科、アオイ科などでは外珠皮に気孔が分化することがある。さらにヒガンバナ科、アヤメ科、ユリ科などの外珠皮では、気孔に加えてクロロフィルが存在することがある。
ふつう珠皮は1個の珠心を包んでいるが、リムノカリタ科では2個の珠心が共通の珠皮に包まれていることがある (Aegle marmelos, Hydrocleis nymphoides)。
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内被
胚嚢発生の過程において、大胞子嚢 (珠心) が退化することがある (特に薄層珠心の場合)。その際、胚嚢に接する珠皮の最内層が特殊化する。このような特殊化した珠皮最内層を内被 (endothelium) とよぶ。内被は胚嚢全体を覆っていることが多いが、珠孔側、合点側など一部のみを覆っていることもある。
内被はふつう1層の細胞層からなるが、キク科では多層構造を示す (ヒマワリでは10〜12層) 。内被細胞は細胞質に富み、デンプンや脂質を多く含む。また内被細胞は高次倍数性 (Pedicularis [ゴマノハグサ科] で32倍体) や多核状態 (Balanites [バラニテス科]) を示すことがある。
内被の機能に関してはいまだ不明な点もあるが、おそらく発生中の胚嚢に対して栄養補給の働きを果たしているものと考えられている。構造的・機能的に、内被は雄しべにおいて形成中の花粉を取り囲んでいる (葯) タペート組織に類似しており、このため胚珠タペート組織 () ともよばれる。
内被からは接合子様の細胞が生じ、これが不定胚へと発生することがある。この不定胚は胚柄を欠いている点でふつうの胚とは異なる。
シュウカイドウ科、モウセンゴケ科、ミゾハコベ科、マメ科などでは、珠心が内被様の組織を形成することがある。この構造は偽内被 () とよばれる。
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珠孔
珠心は珠皮によって覆われているが、完全に包まれているわけではなく、一端で開孔している。この孔を珠孔 (micropyle) とよび、ふつう花粉管はそこから珠心・胚嚢へ侵入する。
二珠皮性の場合、ふつう内珠皮と外珠皮の両方 (両珠皮性 bitegmic) 、または内珠皮によって (内珠皮性 endostomal) 珠孔が形成されるているが、まれに外珠皮によって珠孔が形成されている (外珠皮性 exostomal) 。
内珠皮から形成される珠孔を内珠孔 (エンドストーム endostome)、外珠皮から形成される珠孔を外珠孔 (エクソストーム exostome) という。内珠孔と外珠孔は同一線上にある場合と、ジグザグに配置している場合がある。
珠孔には、ときに珠心や珠皮からの分泌物が蓄積されたり、膜が形成されたりする。これらは、胚嚢が形成する花粉管侵入のための走化性物質の局在化に役立っているらしい。また受精後には、栓が形成されて珠孔が閉鎖される。これはおそらく乾燥に対する耐性や病原体の侵入を防いでいるのだろう。
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閉鎖組織
花粉管が珠孔へと伸長するのを助ける、胚珠に付随した組織を閉鎖組織 () という。閉塞組織の形態はさまざまであり、その起源は珠柄、胎座、花柱などさまざまである。
最もふつうに見られるのは、珠柄の一端が膨潤してできたものであり、モクレン科、ウルシ科、シソ科、キツネノマゴ科などに見られる。Tetragonia (ツルナ科) では珠柄基部から毛状組織が発達し、一部が珠孔まで伸びている。トウダイグサ科やネナシカズラ (ヒルガオ科) では胎座起源の閉塞組織が形成され、Aegle (ミカン科) では胎座と珠柄の両方に起源をもつ閉塞組織が形成される。ジンチョウゲ科では、花柱溝の細胞が伸長して珠孔にまで伸びて閉鎖組織になっている。
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珠心
珠皮に包まれた珠心 (nucellus) は大胞子嚢 (megasporangium) であり、内部で大胞子 (megaspore) を形成し、それがそのまま発生して雌性配偶体 (胚嚢) を形成する。
ふつう珠心は珠皮の中に収まっているが、珠孔から突き出したり、くちばし状に突出していることもある。このような珠心はタデ科、ナデシコ科、オシロイバナ科、トウダイグサ科、ヤナギ科、ウリ科などに見られる。
珠心の発生初期には、表皮直下に胞原細胞が存在する。以下に示すように、胞原細胞が大胞子母細胞になるプロセスには多様性があり、これが珠心構造や内部の大胞子 (→胚嚢) の位置と関連している。
- 薄層型 (crassinucellate)
- 胞原細胞は直接、大胞子母細胞になるため、大胞子も表皮直下に存在する。大胞子を取り囲む珠心組織は1層である。被子植物における派生状態であり、キク目群やラン科などに見られる。
- 厚層型 (tenuinucellate)
- 胞原細胞は縦に分裂し (並層分裂)、外側の側膜細胞と内側の大胞子母細胞に分化する。側膜細胞はそのまま留まるか、さらに数回分裂するため、大胞子は珠心内部深くに埋め込まれた形になる。大胞子を取り囲む珠心組織は複数層である。厚層型珠心は被子植物における原始的状態である。また大胞子が埋め込まれるにあたって、珠心表層細胞の分裂が寄与することもある。側膜細胞を形成せず、珠心表皮の分裂のみによって珠心組織が多層化するものは偽厚層珠心 (pseudocrassinucellate) として区分することがある。
いくつかの植物では、珠孔付近の珠心表皮細胞が分化してキャップ状構造をつくることがある。この細胞はリグニン化し、高い活性を示すことが多い。このような細胞からなる組織はエピステース (epistase) とよばれ、Costus (オオホザキアヤメ科) や Castalis (キク科) にみられる。
珠心は発達中の胚嚢または胚・胚乳に栄養を供給し、ふつうはやがて退化・崩壊する。カワゴケソウ科などでは、珠心がかなり初期に崩壊してしまい、胚嚢の周囲に偽胚嚢 () とよばれる間隙ができる。植物によっては、珠心は栄養を貯めて成熟した種子の時期にまで残存し、外胚乳として機能する。
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ハイポステース
珠心内において、胚嚢の直下から珠柄の維管束に至る位置の細胞が特化してハイポステース (hyposthase) とよばれる組織を形成することがある。ハイポステースの細胞は、リグニン化された厚い細胞壁をもち、ふつう細胞質は貧弱であるが、デンプン、脂質、タンパク質などを含むことがある。ハイポステースは発達して胚嚢の一部を取り囲んだり、珠心の半分近くまで伸長する場合がある。ハイポステースはウマノスズクサ科、トウダイグサ科、グミ科、ツバキ科、セリ科、ヒガンバナ科、ショウガ科など多くの科に見られる。
ハイポステースの機能についてはいくつかが示唆されており、胚嚢と胚珠基部との隔壁、胚嚢と珠柄の維管束を結合した水・養分輸送、養分貯蔵、酵素・ホルモン合成などが考えられている。
Quercus gambelii (ブナ科) では、珠心組織の一部が胚嚢の合点側に突出してポスタメント (postament) とよばれる構造を形成している。おそらくポスタメントも合点から胚嚢への栄養供給に関与していると考えられている。
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大胞子形成
珠心の表皮直下には胞原細胞が形成され、これが直接または数回分裂して大胞子母細胞になる。被子植物では、ふつう1つの胚嚢に胞原細胞は1個であるが、ボタン科やヤドリギ科、クロッソソマ科では、多細胞性の胞原組織が形成される。ただし、この場合でもふつうただ1つの胞原細胞が機能する。
大胞子母細胞は、減数分裂によってふつう4個の大胞子 (megaspore; 四分子) を形成する。この4個の大胞子は、ふつう縦に線状に配列されているが、タデ科やラン科では2個の二分子において減数第2分裂が直角におこるものがあり、この場合大胞子がT字型に配列する。
ある植物では、大胞子形成において細胞質分裂が伴わないことがある。減数第2分裂での細胞質分裂が起こらないものでは、2核性の二分子が形成される。また減数分裂において細胞質分裂が全く起こらない場合、ただ1個の4核性大胞子が形成される。これらの違いは胚嚢とその遺伝的構成の多様性に関わっており、詳しくは次章を参照されたい。
胚嚢のタイプについて
大胞子母細胞は、最初は原形質連絡を通じて周囲の細胞とつながっているが、減数分裂にはいるとこの原形質連絡は絶ちきられる。同時に大胞子母細胞、形成中の大胞子の細胞壁にはカロースが沈着される。特に大胞子間の隔壁にはカロースが多量に沈着する。この現象は、大胞子間の隔離に働くと考えられている。最初、大胞子母細胞壁の全体にカロースが出現するが、そのうち機能する大胞子の周囲ではカロースが減少・消失する。これはおそらく外部からの物質の移入をたやすくするためだろうと思われる。ただ1個の4核性大胞子が形成される場合には、カロースの沈着は見られない。
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裸子植物の胚珠
裸子植物の多くでは、珠孔は受粉時に開孔して受粉滴 (pollination drop, pollination droplet) を分泌する。受粉滴にトラップされた花粉は、受粉滴とともに珠孔から内部へ引き込まれる。
ソテツ目やイチョウ目では、珠孔の内側に花粉室 (pollen chamber) とよばれる空洞があり、とりこまれた花粉粒はここで発芽、成熟する。
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