つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 8-9.

特集:生物多様性

被子植物はなぜこれほどまでに多様なのか? ―被子植物の多様性研究の現状と展開―

横山 潤 (東北大学大学院 生命科学研究科)

はじめに

 陸地を緑で埋め尽くしている植物の大部分は、いわゆる「花の咲く植物」(被子植物)である。現在約25万種が記録され、今なお数多くの新種が報告されている被子植物は、単に種類が多いだけではなく、さまざまな環境に適応し、目を見張るようなかたちの上での多様性を見せる点でも、生物界随一である。可憐な高山植物や、豪奢なランの花、作り物かと見まがう珍奇な多肉植物や食虫植物など、例を挙げればきりがない。被子植物のかたちの多様性の解明には、自然科学の黎明期から人智が費やされてきたが,今なお謎は深まるばかりである。ここでは被子植物の多様性研究はどこまで進んだのか、未だなにが明らかにされていないのかについて述べたい。しかし被子植物の多様性研究の地平は果てしなく、それを語るにはこのスペースはあまりに限られている。そこでここでは、多様性研究の基礎情報として重要な系統関係と、今後発展が期待される実験進化学の研究に絞って話したい。

被子植物の系図をひもとく−分子情報に基づく被子植物の系統解析−

 被子植物がなぜこんなに多様化したのか考える上で、彼らがたどった歴史(系統関係)を正確にひもとくことは、進化のステップについての情報が得られる点でとても重要である。被子植物の系統は、100年以上に渡って議論されてきた。互いに縁が近いか遠いかを見た目の情報でしか議論できない時代は、根拠となる性質が違えば別の系統関係が描かれ、いずれが正しいか結局水掛け論に終わるという状態が続いた。状況が収束してきたのは、客観的に評価可能なDNAの塩基配列情報が容易に得られるようになってからである。主な被子植物の系統関係の研究は、1993年を皮切りに次々と発表され、1999年には、(1)アンボレラ(Amborella trichopoda:ニューカレドニア固有の原始的被子植物)をはじめとするANITA(アンボレラの他、スイレンの仲間、シキミの仲間などで構成される)が、被子植物の中で最も古く分化したこと、(2)それ以外の被子植物は、単子葉類、"eumagnoliid"(モクレンの仲間、 クスノキの仲間、コショウの仲間など、ANITAとともに原始的なグループと考えられていた。単子葉類もこの中に含まれる可能性がある)と"eudicot"(eumagnoliid以外の双子葉植物)に大まかに分かれること、(3)さらに"eudicot" は大まかにrosid(主に離弁花類)とasterid(主に合弁花類)に分かれること(ただしキンポウゲの仲間、ナデシコの仲間などは、このどちらにも属さない)などが示された[1][2]。

 分子情報によって大まかな系統関係が明らかになり、古くから繰り返された議論、最も古くに袂を分かった被子植物はなにかについて、答えが見えてきた点は大きな進歩である。しかしまだ系統関係が曖昧な部分も多く、検討すべき点は数多く残っている。たとえば、ANITAの中のどのグループが被子植物の中で最も古くに袂を分かったのか、議論が絶えない。分子系統の研究は、アンボレラをその有力候補に上げている。しかし一方で、最近の胚嚢の構造の研究から、アンボレラを除くANITAのグループの中に、反足細胞を欠き,4核4細胞性(一般的な被子植物は8核 7細胞性)の胚嚢を持ち、重複受精(2精細胞が卵と極核両方と受精する受精様式)で2倍体の胚乳を形成するものがあることが明らかにされた[3]。これは受精なしに半数体の胚乳を作る裸子植物と、重複受精によって3倍体の胚乳を作る大部分の被子植物の間の移行的な状態であると考えられ、最も古く分化した被子植物がアンボレラ以外のANITAにある可能性を示唆している。分子系統解析は被子植物の進化の歴史の解明を飛躍的に進めたが、同時に新たな問題点も数多く提示している。その解明のために分子情報以外の性質(上記の胚嚢構造のような発生学的性質など)の検討も精力的に進められ、被子植物の系図をひもとく伝統的な研究は、現在では分子からかたちまでさまざまな情報を統合解析する多様性研究の巨大な分野に発展している。

進化の歴史を再現する−被子植物の実験進化学の展開−

 多くの問題が残るとはいえ、水掛け論の時代からすれば、被子植物の系統の理解は格段に精度を増した。歴史がわかれば、なぜあるかたちや性質が進化してきたのか、解明が可能になる。近年はかたちを支配する遺伝子の解析などが進み、一歩進んだ解析が行われるようになってきた。しかしここではさらに進めて、「実験進化学」の試みについて述べたい。「実験」ができるなんてと思う方も多いと思うが、植物のかたちや性質を自由に変化させることができれば、進化の過程を再現する試みを比較的短期間で行うことが可能である。そのような例として、北米のミゾホオズキ属(Mimulus)の研究を紹介する。

 北米のミゾホオズキ属の一種、M. cardinalis(以下MC)は、この仲間としては特異な、赤く細長い花をつける。これはハチドリに花粉を運んでもらうための適応である。濃度の薄い蜜をたくさん分泌したり、雄しべや雌しべが花から飛び出しているなどの性質も、ハチドリに花粉を託すための性質である。一方、ハナバチが花粉を運ぶM. lewisii(以下ML)という種は、MCとはにてもにつかない花を咲かせる。こちらは他のミゾホオズキと同じようなピンク色で幅の広い花を咲かせ、ハチが潜り込むことで受粉するため、雄しべと雌しべは花の中に隠されている。蜜があることを示す黄色い蜜標をもち、濃い蜜を少しだけ分泌する。このように花の性質では対照的なこの2種は、実は非常に近縁で、交配すれば全く稔実率が下がらずに、雑種第2代まで得ることができる。雑種第2代では、両親の性質をいろいろな程度で受け継いだ、さまざまな子供達を得ることができる。この2種は、遺伝学的な解析でかたちを支配する遺伝領域を特定することが可能なのである。この点に目をつけて、Bradshaw et al. [4] は、花の性質を決定する遺伝領域の解析を行った。実はこれだけ大きく異なる花のかたちの違いを支配する遺伝領域は、各性質につき、大きな効果を示す領域が1-2個と,とても少ない。わずかな遺伝的な違いで花のかたちが大きく変わることが、ハチドリに花粉を運んでもらうように適応するMCの急速な進化を可能にしたと考えられる。この研究には続きがある。彼らはさまざまなかたちをした雑種第2代を実際にハナバチとハチドリに見せる実験を行った。その結果、花が赤くなる変化はハナバチの訪花を妨げ(ハチは赤が見えない)、蜜の量が増える変化はハチドリの訪花を促進した[5]。この2つの性質は,いずれも遺伝学的解析から1つの非常に強い効果を持つ領域が支配していることが示されており、これらが、ハナバチからハチドリに、受粉のパートナーを代えた進化の最初のステップであることが示されたのである。

 このようにかたちや性質の異なる複数の遺伝型を、自然界で予測される選択圧にさらすことで、いずれの遺伝型が残っていくのかを実験的に検証する方法は、被子植物の進化の究極要因を直接検証する手法として今後さらに多 くの努力が払われるべきものである。制約も多いが、実験進化学は、被子植物の進化研究の究極の手法として、今後の動向が注目される分野である。

今後の展開−おわりにかえて−

 シロイヌナズナ[6]とイネ[7][8]の全ゲノムが決定され、今後ゲノム中に含まれる遺伝子の機能や、相互作用の解析を通して、被子植物のさまざまな生体機能の解明が進むだろう。このようなモデル系の研究は、多様性研究に応用できる。機能が明らかになった遺伝子が、野生植物の進化にどのように関わっているのかを研究したり、変異体を用いた実験進化学的な研究の展開が可能だろう。せっかくの恵まれた情報を余すところなく多様性研究に応用すべきである。一方で、多様性研究を展開する上で、特定の性質に注目したモデル系を個々に構築していくことも視野に入れる必要があるのではないだろうか。

 また私たちは、多くの植物が絶滅に瀕しているという現実にも目を向けなければならない。これらの植物を守るためには、遺伝学的、生態学的な基礎情報が不可欠である。これらの情報を網羅的に収集してゆくことも、今後の多様性研究を支える重要な活動となるだろう。ゲノムレベルだけではなく、このようなマクロな情報を統合解析していくための生物情報学の方法論の発展が、今後さらに重要になってくるだろう[9]。

引用文献
  1. Soltis, P.S. et al. (1999) Nature 402: 402-404.
  2. Qiu, Y.-L. et al. (1999) Nature 402: 404-407.
  3. Williams, J.H. and W.E. Friedman (2002) Nature 415: 522-526.
  4. Bradshaw, H.D.,Jr. et al. (1995) Nature 376: 762-765.
  5. Schemske, D.W. and H.D. Bradshaw, Jr. (1999) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96: 11910-11915.
  6. Arabidopsis Genome Initiative (2000) Nature 408: 796-815.
  7. Goff, S.A. et al. (2002) Science 296: 92-100.
  8. Yu, J. et al. (2002) Science 296: 79-92.
  9. Ytow, N. et al. (2001) Biological journal of the Linnean Society 73: 81-98.
Communicated by Isao Inouye, Received December 28 2002, Received January 7 2003.

©2003 筑波大学生物学類