つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 12-13.

特集:生物多様性

水族館は「ためになる」ところ?

佐久間 茂雄 ((財)ふくしま海洋科学館(アクアマリンふくしま))

 水族館を一言で表現すれば、「水の世界の覗き窓」と言うことができます。人間にとって水中は非日常の世界ですが、そこに行けば、ガラス1枚隔てた向こう側にその世界が広がっています。普段は感じることのできない、もう 1つの世界を身近に感じることができます。

 ところで、水族館の果たしている社会的役割とは何なのでしょうか?日本の法律では、水族館は博物館の1つと して、社会教育施設であることになっています。しかし、一方で水族館を見てきた人の感想の中に、「面白かった」、または反対に「つまらなかった」、と表現されることがよくあります。その「面白さ」とは、大方、生物の何気ない 動作やその姿に関する素直な感想であって、職員が考えぬいて作った解説や水槽レイアウトなどについての批評で あることは滅多にありません。確かに、生きている物が持つ魅力は絶大です。どんなに工夫された解説も、そこに 泳いでいる魚の存在感に負けてしまうことも事実です。しかし、本来、社会教育施設である水族館において、来館者に対し、単に生物の持つ面白さしか伝えることができないというのでは、あまりにも寂しい気がします。では、水族館において、「面白さ」だけでなく「ためになる」活動は可能なのでしょうか?私が勤務している水族館、アクアマリンふくしまに当てはめて考えてみたいと思います。

ふくしま海洋科学館(アクアマリンふくしま)水族館の外観

 その活動として、第一に環境教育を挙げることができます。アクアマリンふくしまは、ガラス張りの外壁を持ち、太陽光がふんだんに射し込む構造です。そのため、陸上植物だけでなく、今までの水族館では維持することの難しかった、マコンブやアラメといった大型藻類も展示可能になっています。そのため、動物だけでなく、植物を含めた生物の生きている環境を再現する生態系展示が行えるのです。しかも、展示テーマが「潮目の海〜黒潮と親潮の 出会い〜」であることから、福島県の川の上流から沿岸部までの環境だけでなく、2つの海流の源流域である熱帯 アジアからオホーツク海までのさまざまな生態系を再現しています。そして、それらの展示生物を実際に観察することで、それぞれの環境における生物の相互作用を学び、それを比較検討することもできます。第二に、進化・生物多様性教育が挙げられます。アクアマリンふくしまには、動物では脊索動物(魚を主体とする脊椎動物、ホヤ)、棘皮動物(ウニ、ヒトデ、ナマコなど)、軟体動物(イカ、タコ、貝類)、節足動物(エビ、カニ、ヤドカリ)、環形 動物(カンザイゴカイ、ケヤリ)、刺胞動物(サンゴ、イソギンチャク、クラゲ)などと、普段思いつく多くの分類 群が展示されています。それに加え、先程述べたように、藻類や海草(アマモなど,海に戻った被子植物を海藻と区別して海草とよぶ)から樹木まで、植物もふんだんに展示されています。しかし、現状では、そのあり余る材料を抱えながら、進化や生物多様性をあまり意識せずに見せているだけです。自然史博物館で生命を失った標本を使って説明できることが、生きた生物を飼育している水族館でもできるはずです。今後は、生物の持つ自然史をより意識して、展示を構成し直す必要があるかもしれません。

 水の世界を眺めてみても、そこにはただ水面しか見えません。水族館は、そこから自然の中にある驚きを取り出すだけでなく、そこから一歩踏み込みで、理解へと導くための場所なのだと考えます。そして、美しいものや不思議なものから得られる感動を大切にしながら、自然や自然科学に対する理解への橋渡しができればと思います。

生態系展示

海藻の展示風景

Communicated by Isao Inouye, Received December 7 2002, Accepted December 15 2002.

©2003 筑波大学生物学類